UFOを操縦するカナリアボーイソプラノ 4/5

千本松由季

小説

9,117文字

カナリアだけに感染する疫病。ワクチンが足りない! 幻のソプラノ歌手、加南は不安障害を抱えながら寄付金を集めるためにコンサートツアーに出掛ける。彼女の幻覚に現れる色とりどりのカナリア。ワクチンで助かった雛達がUFOを操縦してボーイソプラノで歌いまくる。

 こんなことって長いことなかった。少女の頃。ただ嬉しかった。いつもと違う私。私にだけ光が当たって。お伽噺のお姫様になれた。どんな魔法も使える。思いだす。前奏が厳かに始まる。私の身体が音楽に揺れる。

 あの川が現れる。ゴルフ場が建つというあの草原の。流れは自然に逆らって、私の目の前から、三階席の一番高い天井まで伸びる。あの川は意外と深くて、意外と冷たかった。川はまだ成長して、会場を超えて薄暗い空に向かう。その川を死んだカナリアが流れていく。天に向かって流れていく。翼を閉じて、目を閉じて。レクイエムが始まる。あの時、川に沈んで歌ったあの曲。悪戯な天使との大コーラス。全然レクイエムじゃなかったレクイエム。

 私は歌いながら火を点けて。川に。死者を弔う灯篭をいくつも流す。灯篭は上に向かって流れて、三階の屋上を過ぎて、もっと、もっと、もっと、遠くの空に向かう。

 十人のボーイソプラノと一緒にヘンデルの『ハレルヤ』を歌う。ウイーン少年合唱団みたいな、セーラー服を着てて、可愛い。二階と三階席の手すりにカナリアがたくさんとまって、大合唱になる。機械仕掛けの小鳥のように、首を左右に動かしながら歌う。私はカナリアに負けないように歌う。指揮者がもう少し抑えるようにと指示をだす。でもこのくらい大きな声を出さないと、小鳥達に負けてしまう。私の手の中に何羽もカナリアの雛がいる。私の手が暖かいから、私に当たるライトが暖かいから。私はその子達を空に戻す。観客は私がなにをしているのか分からない。でも大きな声援をもらう。

 私の腕に降りてきた死んだ鳴きカナリアと一緒に歌う。あそこで見た。私を川から拾い上げてくれた井川さんが連れていってくれた、鳴きカナリアのブリーダーさん。あの庭にいっぱいあった十字架の、あの下に埋葬されている。あの時、病気が重いのに私のために歌ってくれたカナリア。私の腕に乗った、その亡くなったカナリアとデュエットする。観客はまた私がなにをしてるのか分からない。

 

 札幌公演が終わった。批評家達は私の奇行について、死んだカナリアが憑依しているといった。それは正しかった。

 昔からのファンがこぞって私の動画をネットに上げた。少女の頃から大人になるまでの。優夜が動画を撮ってくれた。私がカナリアのワクチンを買うための寄付を呼びかける

 二回目の公演は東北で、優夜が、製薬会社と連絡が取れた。国内でワクチンの大量生産が可能になるかもしれない。実現すればワクチンの値段が随分下がるはずだ、と報告してくれる。製薬会社は加南利亜にCMに出て欲しいといってるそうだ。そんなのすぐにでもやりたい。

 公演中、私はどこにもいかずにホテルの部屋に籠っていた。みなが呆れるほどよく寝ていた。静寂が怖かった。それなのに、少しの音でも目を覚まして、それがなんの音なのか確かめた。空調の音だったり、上の階や下の階の音だったり、加南の頭の中の、カナリアが羽ばたく音だったりした。音楽史上、有名な『レクイエム』を歴史の順に手を繋いで、ラインダンスで、歌うカナリアが、私の夢に現れた。窓を叩くコツコツいう音が聞こえる。窓枠にとまったカナリアが、嘴で硝子を叩いている。どうしてそんなことするの? 私は歌っている。ワクチンのために。それ以上なにを求めてる? 

 

 脳に不安感が流れ込んでくる。何度目の公演か、私は覚えていない。今夜も公演がある。ここは関西のどこか。大阪のどこか。私は、エージェントの佐山さんを呼んだ。彼はいつもみたいに、品のよいスーツを着ていた。なんとなくうつむき加減なのが素敵で、ロマンスグレーっていう感じ。彼が私のことを路上でスカウトしてくれたんだから。責任あるんだから。

 彼は私をホテルの外に連れ出してくれた。いい匂いの花が咲く公園があった。眠くて眠くてその場に崩れ落ちそうだった。

「仲間のカナリアが、まだたくさん死んでるから、それが加南に影響してるんだよ。優夜がワクチンの映像持ってるから、観にいこう」

優夜の部屋にいった。製薬会社が送ってきた映像を見せてくれた。優夜が説明してくれる。

「まだワクチンは貴重なので、雛から順番に与えてるんです」

映像には、まだ産まれたばかりのカナリアの姿が映っている。巣に入って、身体に綿毛が生えている。可愛いけど、ちょっとグロテスク。

「経口ワクチンで、スポイトで一滴飲ますんです。親は感染しているかも知れないので、産まれた順にすぐ親から離して、人間の手で育てます。これでカナリア人口が大分増やせます」

私は、カナリア人口、といったのが可笑しくて笑う。

「これで生後十日くらいです」

優夜がまた別の動画を見せる。五、六羽の雛が餌をせがんで大きな口を開けて鳴いている。

「ボーイソプラノ」

私がいって、今度は優夜が笑う。

 佐山さんが少し歩きましょう、と私達を促して街に出た。私は大阪は初めてだったので、そこが道頓堀だと知らずに、道頓堀を歩いていた。観光客がたくさんいる。カラフルな街やエネルギッシュな音が勇気を与えてくれる。

 大阪公演は思い出深いものとなった。お客さんの反応が違う。大勢の男が口笛を吹く。私の腕に並んで、大きな口を開けて歌ってるカナリアのボーイソプラノ。お客さんにもきっと見えてる。私はそう思った。いつもやるみたいに、カナリアのワクチンの話をして、量産ができるように寄付のお願いをした。帽子や袋が会場を回って、現金が集められる。これも他の土地ではないこと。

 最後にフォーレの『レクイエム』を歌った。あのドイツのピアノメーカーのCMになった曲だから、みんな知ってる。黄色や赤や白や緑のカナリアが私の頭や肩に乗る。私と一緒に歌を歌う。狂ったような激しい喉を転がした歌い方。父の好きな。

 

 最後は東京公演。私は自分のマンションに泊ってもよかったけど、ホテルをとってもらった。ずっと一人で部屋にいた。朝、ロビーにいると、いつか父のことが載った写真週刊誌がある。「幻のソプラノ」加南利亜は有名宝石商の令嬢だと書いてある。そして父と女優の新しい写真が出ている。二人で映画祭に出席するところ。レッドカーペット。彼女はエメラルド色の、胸が大きく開いたロングドレスを着て、父はタキシードを着ている。彼女のゴージャスなエメラルドとダイヤモンドの首飾り。彼の目は、あの目は、私のことだけずっと見てきた。あんな風に。

 ショックじゃなかったし、ジェラシーも感じなかった。ただ、私の人生が目に見えないスピードで変わっていく、そんな気はした。公演も最終日になって、自信がついたのだと思う。それでも頑固に不安はこびりついていて、そんな時、いつもやるように、私は小さい声で歌った。

 一緒に公演したボーイソプラノの子が酷いホームシックになって、毎日携帯でお母さんとお話ししながら泣いてて。今、ホテルに母親がきて彼を抱き締めている。よかったな。私には最初から母親がいなかったから、なにか映画か、夢でも見ているみたいだった。

 

 私はもう大人なんだ。脳が変だ。動揺しているのではない。脳が熱い。あの夜、窓を開けて寝て、起きたらセントポーリアが死んでいた、あの朝。あの草原。あの川の真っ直ぐ通ってた、果てがよく見えないほど長いあの川。草原にいきたいな。あそこで歌いたい。溺れるくらい深い水の中で。深くなると、水が冷たくなる。死という言葉が浮かぶ。あそこは私有地だから、入る前に許可をもらうこと。そうしないとお巡りさんに捕まってしまう。

 後ろから優しく肩を抱かれた。振り向いたら、井川がいた。私のお巡りさん。制服に制帽も被っていて、素敵に見える。君の歌が聴こえた。ねえ、貴方今夜、きてくれるの? 少し甘えた声で言った。彼は隣に座って、私の握っている週刊誌を私から取り上げた。そんなのどうでもいいわよ。気にしない。私は私。カナリアを助ける。そのために歌う。カナリアみたいに。

「俺、渋谷区に戻ってくることにした。加南の近くにいたい」

「そしたら余計忙しくなって、なかなか会えない」

ずっと惜しまれてたから。俺、仕事できるから。彼は自分でちょっと笑った。今夜と明日は休みにしたから、観にいくから。

 父のスキャンダルがあって、かえってよかったんだ。色んな媒体がただで宣伝してくれる。あれは私の父。そして私の本名は、菊川加南。加南利亜は私の芸名。カナリアみたいに囀るからそんな名前がついた。カナリアを助けるために歌っている。それは理屈に合う。山崎さんのうちの木の下に刺さっていた、多くの十字架を思いだす。埋葬されたカナリア達。あの病気が消えてしまうまで働きたい。

 

 今夜の衣装は短いスカート。薄いピンクの。あんまり客席に近付くと下に着てるのが見えちゃう。オーガンジーでフリルがいっぱいで、胸のところに小さな赤い薔薇の花がいくつもついてる。会場は世界の一流の音楽家が公演するような会場。人生の忘れられない一つのできごとになる。それを思った。

 ほんとにカナリアが乗り移ったみたいに、私はただ早く歌いたい。囀りたい。そう思っていた。会場を覗く。警備員が何人もいる。どうしてだろう? テレビカメラが何台か舞台の左右に置いてある。優夜が相変わらずファッション業界にお勤めみたいなカラフルな服で現れる。

「テレビ局、僕が呼んだんですよ。若林春奈もきますよ」

あの女優。じゃあ父もくるんだ。関係ない、って思ったけど、気持ちが沈んできた。父は有名女優のフィアンセで、有名宝飾店の御曹司で、アーティストで、宝石デザイナー。

 その娘が私。長い間、表舞台から退いていた「幻のソプラノ」。優夜が、ゴメン、こんなことしない方がよかった? いい。カナリアのためだし。お金持ちがいっぱいくるから、お金集めよう。私は私で、もう私じゃない。父は関係ない。これはただの宣伝。

 またあの草原を思いだす。胸から声を出して、すっかり胸が痛くなって、でも発狂が止められなくて、雲の後ろから天使がバタバタでてきて、一緒に歌った。楽器もあったりして、かなりの騒ぎになった。

 もう私のバロックの小オーケストラは舞台に上がっている。続いて可愛いボーイソプラノが並んで登場する。さっきまであんなに歌いたかったのに、気持ちが沈む。父はどこにいるんだろう? テレビカメラが追っている方向を見る。一階のVIP席に座っている。

 私はまだ父以外の男を知らない。父の可愛いお人形は頭が壊れて、おもちゃ箱の隅に捨てられて、忘れられて。父は他に誰かを見付けた。身体が硬くなって、顔の表情が固まって、蝋人形になったみたい。頬に触ってみる。

 私の先生に手を握られる。教えることは全部教えたから。励ましてくれる。いつも先生にいわれた。声楽家は身体全体が楽器なんだ。上手くいけば上手くいくけど、だめになったらほんとにだめになる。どういうことですか? 私は今、蝋人形になっている。しっかりしないと。私の口癖。

 父の後ろに吉野さんを見付けた。彼がいったんだ。私の歌で人類が救えるって。だから鳥類も救える。優夜がいう。井川さんにもVIPのチケット渡したから、くるはずです。私はなかなか舞台に進めない。

 もしかしてこれが全部夢で、父は婚約なんてしてなくて、ただ頼まれて女優のスキャンダルの相手をしている。じゃなかったら、どうして私のコンサートなんかにこられるの? そうだったら? そうだったら? もしかして、もしかして、そうだったら?

 井川さんが、警察の、いつもと違う礼装をしている。肩から金色の紐みたいなのが下がっていたり、あちこちに金色の飾りがたくさんついてたり。一人で入ってくる。かなり目立つ。吉野さんの隣に座る。制帽を取る。警察官とヤクザ。吉野さんに若林春奈を殺してもらう……。色んなことで頭がいっぱいになる。父を見なければよかった。タキシードの似合う。今は幻のように薄く見える。私の過去は幻だった。壊れた頭の見せる妄想だった。父なんていなかった。最初から。

 観客席では私がなかなか登場しないので、客もなんか変だなって、きっと不思議に思い始めている。また先生が私の手を握る。

「俺が教えたことは忘れていいから、加南のやりたいようにやれ」

でも。私の心が色んなことでいっぱい。私は父の膝の上で育った。でも今は他の人と一緒にいる。馬鹿みたいな妄想。もしかしたら、もしかしたら、私を父から独立させるために、お芝居をしている。父はまだ私を愛してる。恋人として。ちゃんと。でも、もう巣立ちさせないと、って思ってる。色んな憶測が苦しいほど湧き上がる。

 先生が私の手を離して、一人で舞台の中央まで歩く。観客に挨拶する。観客の拍手。私、なにしてるの? 私、なにしてるの? 叫びたい! あの川の中で。天使達と一緒に。涙が流れそうになる。

 

 脳が熱い。身体が動かない。三階席の一番奥に、私から一番遠くに、薄緑色の光が差す。その緑色には私の狂った脳を沈める効果がある。脳の温度が下がってくる。薄緑色は二階席をゆっくり降りる。指揮者の先生のところまで。

 光の源から、小さいものがたくさん、ゆらゆら揺れて、くるくる回って飛んでくる。一つ捕まえたら、それは薄緑色のUFOに乗った。カナリアの雛だった。ボーイソプラノ。UFOはプラスティックで縁日で買ったみたいな、すぐ壊れちゃいそうな、安っぽい感じで、でもみんな上手に操縦している。でも、なかなか真っ直ぐに飛べなくて、危なっかしいのもいる。百くらいいる。でも、もっと、もっと、もっと、でてくる。あのワクチンを飲んで。元気になって。私に会いにきた。一緒に歌いにきた。

 私は思いっ切り微笑んで舞台に出る。観客は待たされてたから、余計拍手が高まる。励ましにきた、何百もの小さい命。私の頬の一粒の涙に気付いた人はどのくらいいるのだろう? 先生の側に立つ。私に緑色のスポットライトが当たって、ドレスの色が、胸に付いた薔薇が、何色か分からなくなる。

 歌が。私の歌が。心からでてくる。UFOの一つが私の手に乗る。テレビカメラが私の奇行を映している。UFOは私の手の中で回る。一緒に歌を歌う。幸せの歌。テンポがどんどん速くなる。だって、雛は生きている。だから。

 先生は私のテンポを下げようとする。無理なのが分かって、オーケストラもボーイソプラノも必死でついていこうとする。これは幸せの歌。でもほんとはレクイエム。死んだ人への曲。でもこんなにUFOが飛んで、ボーイソプラノの大合唱が聴こえるうちは。

 次はアヴェ・マリアを讃える歌。三百個の空飛ぶ円盤と一緒に。ボーイソプラノはそんなに強い声じゃないんだけど、三百も集まると大声になる。私も負けずに歌う。先生は私の声を小さくしろ、と指図する。でも無理なのが分かって、舞台のボーイソプラノも声を張り上げて、バロックのオーケストラも音を上げる。

 薄緑色のUFO。みんな教会で着るみたいな、白いガウンを着ている。教会で歌うみたいな、透明な声。一つのUFOが操縦を間違えて、木の葉が落ちるように、ぐるぐる回転して舞台に着陸する。雛はUFOから投げ出されて、私は跪いて、それをそっと拾い上げて、泣いてる雛をなだめて、キスしてやって、UFOに戻してやって、空に返してやって。テレビ局のカメラがそれを撮っている。

 今のなんだったの? って客同士が突き合って笑ってる。私にしか見えない。きっと週刊誌は私の母のことも探りだす。父が愛してた母の。父を思いだしたら少し気持ちが暗くなって、次の曲がヘンデルの『ハレルヤ』だったからそれは、まずいことで、今度は先生がどんなに声を大きくさせようと思ってもできない。

 そうしたら、私の身体が薄緑色のスポットライトに吸い込まれて、どんどん空中を飛んでいく。父が見える。隣の女優も見える。吉野さんも見える。井川さんも見える。でもみんな舞台を見ている。ほんとの私はあそこにいるんだ。私はもう三階まできてしまった。空を飛んだことなんてないでしょう? 面白い。光線の正体は大きなUFOだった。やっぱり夜店で売ってるみたいな安っぽいUFO。操縦しているのは、赤とオレンジのカナリア達。みんな死んでなくて、ほんとに生きてるカナリア。私はUFOの上に座って『ハレルヤ』を歌う。

 小さい子には見えるんだよ。まだ言葉が喋れないくらいの小さい子。何人かきていて、私を指差して笑う。雛のUFOも見て笑う。あとを追って走りだす。大人が追い駆ける。みんなこの会場に起こっている奇跡を心の奥で感じている。だってあそこで歌ってるのは私じゃないから。私は大きなUFOに乗って、気が違った機械仕掛けのカナリアみたいな『ハレルヤ』を歌っている。

 先生はさっき、加南のやりたいようにやれっていったくせに。また私の声を沈めようとする。そんなに狂ったみたいかな? 世界チャンピョンのカナリアが。父に何度もいかされて、辛いほどで、加南の囀る声が聴きたいって、止めてくれなくって、今、私はそれを歌ってる。父のためではなく、誰のためでもなく、私自身のためでもなく、カナリアのためでもなく……狂気のために歌ってる。狂気が止められない。

 

 舞台の上の私を見る。私ってあんな風に見えるの? 可愛い? そんな気はする。狂ってるっていえば、そんな気もする。カナリアはなにかを伝えたくて狂っている。狂って鳴いている。お母さんは、私の知らないお母さんは、狂ってビルから落ちて死んだ。狂ってるみたいに鳴いているカナリアは、父の、アーティストとしてのミューズだった。インスピレーションの……。私はもう父のものじゃない。

 曲が終わって、舞台の上の、私の私は、お辞儀をして、大盛況で、客の方へ歩いていって、そんなことしたら短いスカートの中が見えちゃう。誰があんな衣装考えたの? テレビのカメラは、もう女優のことなんて映してない。私のことをずっと追っている。

 私のほんとの私はまだ大きなUFOに座ってる。私の私は、十代の時、渋谷のスクランブルで歌った、そのあとファンに追いかけられた、あの歌を歌っている。あれもヘンデル。あのくらいの時代はよく教会で合唱されたから。女性は教会で歌うのが許されてなくて、それでボーイソプラノが歌った。

 三百の雛達はおやつの時間になって、大きなUFOに戻った。私も私の中に戻った。会場の中を、空中を飛んで……。その曲のあと、インターミッションになった。先生が青くなってる。

「あっちに厳しくて有名な、音楽評論家がいた」

優夜は興奮している。

「きてましたか? 僕が呼んだんですけど、チケット送って。ほんとにきてくれるとは思わなかった」

今度は私が青くなる。

「どうするのよ、悪くいわれたら?」

「あのくらいの評論家になると、批評を書いてもらっただけで、いい宣伝になりますよ」

宣伝活動に熱心な男だ。

 これからまたステージに出て歌う。三百匹の雛達もおやつでお腹がいっぱいになって、少し眠くなって、ゆるゆると揺らいで、私はまた空中を泳いで、私の私と一緒に歌う。薄緑色のUFO達に囲まれて、舞台で歌ってる私の私を見ている。父と女優が手を重ね合っている。吉野さんの優しい顔が見える。私の歌が人類を救えるって。井川さんを見るのはちょっと恥ずかしい。だってみんなにスカートの中が見えちゃう。

 

 ……これもすぐ過去になる。いつでも、今、起こってることはすぐ過去になる。あの草原で狂っていたことも、もうこんなに過去になってしまった。あそこでカナリアの墓を見て、私の人生が変わった。神妙な気持ちになって、前より教本に従って歌おうとする。でも、そしたらオペラの曲になって、感情を込め過ぎて歌う。先生はもう破れかぶれになっている。オーケストラもやけっぱちになっている。人間の本物の十人のボーイソプラノは夜遅くなってきて、眠そうにしている。

 私の私は、衣装を着替えた。今度はロングドレスで、後ろが裾を引いている。水色と青の中間くらい。スタイリストさんが、これ、ちょっと短いから、申し訳ないけど靴なしでいってくださいと、びっくりすることをいう。私は裸足で舞台にでて、客からは見えなくて、私が歩くと床が冷たい。でも、ハイヒールより好きに歩き回れるから便利ではあった。

 

 コンサートが終わって、私は私の中に戻って、花束をもらう。アンコールが二回あって、とても嬉しい。これでツアーは終わりだ。会場のVIPルームでパーティーがある。優夜がレコード会社やスポンサー、それに製薬会社のお偉いさんに私を紹介する。カナリアの命を助けてください、と頼む。このツアーで集めた寄付で、ワクチンの量産がさらに進みそうだ、とお礼をいわれた。

 私は佐山さんを見付けた。この人といると心が落ち着く。彼はドイツのピアノメーカーさんと一緒だ。またCMを撮ろうといっている。ドイツ人は、加南はいつも見えないものを見ている。あれはなんなんだ? あれを現実にして撮ろう、といっている。UFOに乗ったカナリアの雛が、ピーピー鳴きながら、ゆらゆら飛んでいる。そしてボーイソプラノで歌う。私はほんとに見たことをいう。佐山さんは頭を抱えて、それを撮るのは難しそうだという。

 礼服を着ている井川さん。金色に光ってる彼に、立派な紳士が話しかける。よく見たら、例の辛口音楽評論家だった。顎鬚を生やして、眉間にしわを寄せて、確かに意地悪そう。

「貴方は自衛官ですか?」

「私は警察官です」

井川さんがこういうと、部屋の中にいた数人がバタバタ部屋を出ていく。私達は可笑しくて笑ってたけど、井川さんは真面目で、どこかへ電話をかける。

「今、外に出てくる奴等がいるから、摑まえて調べてくれ」

外に警察官がいるんだ。私はしょっちゅう警察には捕まるけど、頭が沸いてるから、補導も逮捕もされたことがない。

 VIPのパーティーはこのツアーでも何回かあったけど、これほど食べ物やワインが豪華なのは初めて。父と若林春奈はテレビカメラに捕まって、二人は私と話すチャンスがない。父とはしばらく会ってなかった。あの週刊誌がでてからは。

 私はまだ衣装のままで、それは水色と青の中間で、私はまだ裸足で、カーペットの上を歩いていた。狂人っぽい。でも他の人達は私が裸足なのに気付かない。時々長く裾を引いたスカートの部分がなにかに引っかかって、ドレスを上げると、多分チラって足が見えてしまう。やっぱり狂人っぽい。父と女優を追ってるカメラは芸能番組で、見たことのある司会者がいて、インタビューしている。女優のはめているダイヤモンドをカメラがアップで撮る。

2021年5月10日公開

© 2021 千本松由季

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