永遠の欠落(後編)

堀井たくぞう

小説

7,799文字

はたして玲央は人類終焉のトリガーを引くのだろうか。それとも――?

(前編より続く)

 

「うちのチーフ、ほんと、ムカつく。今日だって『お前の猫が腹をすかせて泣こうが知ったことか。お前は仕事をなんだと思ってるんだ』なんて抜かすのよ」

舞華の愚痴が始まった。
「お前こそ人の生活をなんだと思ってんだ、って言ってやりたいわ」
「猫?」俺は訊き返す。
「ん? ……あ、そうそう。それ、玲央のことね。私、最近、猫を飼い始めたことにしてるの。それで残業とか飲み会を断ってるわけ」
「……なるほど」
「さすがに残業ゼロってわけにはいかないけど。今日だって結局、二時間も残業したし。そのぶん玲央といる時間が短くなるってのに」

俺は少し肩をすくめたが、舞華がそれを気にとめる様子はなかった。
「あんまりムカついたから、今日はテスト結果をちょっと書き換えといてやった。チームの成績が下がるように」
「へえ……」舞華がアハハと笑うのにつられて俺も苦笑気味になる。
「あ、心配はいらないのよ。テスト自体は複数のチームが何重にもやるんで、ソフトの品質には影響しないの。チームの成績が悪くなって、あいつの評価が下がるだけ。別にそれで私の給料が減るわけでもないしね」
「なるほどね」

口に出して舞華はスッキリしたようだった。そんな彼女の様子に俺も悪い気はしない。別に何かしら彼女の役に立ちたいなどと思ったりはしないが、一緒にいる人間の感情は常に俺にも微妙に陰を落とす。彼女の機嫌が良ければそれに越したことはない。

それにしても「猫」とは言い得て妙だな、と思う。まさに今の俺は舞華の飼い猫のようなものだ。

そのことに俺は別に忸怩たる思いを抱いたりはしない。さすがにそこまでは人間的な感情に染まっていないというわけだ。

俺がこの部屋に来てから、月が一度満ち、それからまた元のように欠けた。

舞華が仕事に出ている日中、俺は基本的にこの部屋にいるが、掃除や洗濯をしたりするわけではない。出番を待つ役者のように合図を待っているだけだ、時にテレビを眺めたり、あるいは窓から外を眺めながら。

たまに昼に出歩くことがある。

世界の求めに応じて、俺は出かける。何か果たすべき役割がそこにある時、自然と俺はそこに導かれる。

そこでの俺の役割は、大抵は些細なものだ。ただ人の目に触れるだけが目的であったり、誰かと目が合って微笑みかけるだけとか。

だがそれが及ぼす影響は計り知れない。

世界の均衡を守る重大な役割だ。

それを担うのは、

同胞はらからたち――。

む……。俺の、同胞……。それは、どんな奴らだ?

俺には仲間がいたはず……。なぜそのうちの一人として思い出せないのか――。

 

その翌日、俺は朝のうちから部屋を出た。

雲ひとつなく、風もほとんどない。冷え切っていた空気が俺の歩くアスファルトの上で急速に温まっていく。

無意識のうちに足は駅へと向かっていた。なぜだかはわからない。普段の俺がひとりで電車に乗ることはない。切符を買う金を持っていないからだ。

ところが、駅前へと続く通りに出る手前の細い路地を抜けたあたりで、俺は地面にカードが落ちているのを見つけた。

それを拾い上げた。

そのプラスチックの表面には擦れた印字で、目の前にある駅の名と「新宿」という文字が読めた。定期券である。

世界の意図は明白だ。

俺はそのカードを手に駅の自動改札を抜けた。

電車の来る気配がしたので、ホームへと続く階段を駆け上る。

ホームに電車が滑り込んで来る。それを見守っている乗客がちらほらと立っている姿が階段を登り終えようとしていた俺の目に映った。

電車に乗った。もう通勤通学時間はとうに過ぎていたが、それでも立っている乗客がそこそこいた。見回すと空席も点在していたが、俺は外の景色を眺めたいので自分が乗ったのとは反対側のドアの脇に立った。

風景が流れ出す。俺は注意深くそれを見る。街並みや、道をゆく人々、それに空模様。世界からのメッセージを探る。俺はどこの駅へ向かうべきなのか、それは新宿なのか、それとも途中のどこかか。

空は真っ青な快晴だったが、遠くにひとつだけ雲があるのが目に入った。下が平らで全体的に伏せたボウルのような形状の灰色の小さな雲。俺はその雲を眺めていた。見ているうちにその雲は少しずつ形を変え、ぼやけたような形に広がっていった。

電車は高架から地下へと入っていった。俺は目を閉じ、耳をすました。そして思う――俺に翼があったら、さっきの雲をめがけて飛んでいくのに、と。

俺はそのまま電車に揺られ続け、ターミナル駅で乗り換え、新宿に向かう電車に乗った。

再び俺はドアの窓から空を見上げた。ガラスに色がついていて空の色がよくわからない。青のはずだが。

流れる景色の中にサインを探す俺の頭上に、雲のかけらのようなものが見えた気がした。電車は減速し始めている。急に緑の木々が俺の視界を遮った。電車が停止し、ドアが開く。迷うことなく俺はそこで降りた。原宿駅。

改札をくぐり、前を歩いている数人のグループの後ろについて俺は駅舎を出た。

空を見上げた。さっき見た気がした雲はそこにない。すでに霧散してしまったのだろうか。青い空だけが広がっていた。

そのままなんとなく前の集団について歩くうちに大きな公園に出た。かなり大きな公園である。好天のせいか、平日にも関わらず多くの人が訪れている。学生やら、小さな子供を連れた主婦、それに老人たち……。

俺は足の向くままに公園の中を進んだ。思い思いに散策を楽しむ人々の間をスタスタと歩く。

やがて俺は噴水のある大きな池の前に出た。そこにはベンチが並んでいる。そのうちのひとつに腰掛けている人物に俺は目を奪われた。こちらに向けられたその背中に、折りたたまれた翼が見えた。非実在の翼。

近寄ると、みすぼらしい格好をした男だった。ホームレスのような。

俺はその男の隣に座った。男の横顔を見やる。髪も髭も伸び放題だが、歳は若く、目には生気が宿っている――同胞か。翼を持っているからには人間ではあるまい。
「玲央……」

男は噴水の方に目を向けたまま、そう口にした。俺は男に顔を向けた。
「あなたは……?」

俺の問いに男は目玉だけを俺の方に向けて、しばらく沈黙し、それから言った。
「……記憶がないのか。なるほど世界がそれを選んだのだな。心配はいらん、使命を果たせば記憶は戻る」

男の言葉に俺は勢い込むように尋ねた。
「翼は――?」
「翼?」男は顔を少しだけこちらに向けた。
「翼も無くなった」
「……翼を持っていたことは覚えているのか」男は再び顔を前に向けた。「――翼は今もお主と共にある。ただそれを見い出しさえすればいい。今はその時ではない、というだけのことだ」

俺も男と同じように顔を噴水に向けた。男の次の言葉を待った。当然、何がしかのメッセージを受け渡しするために俺たちは会っているはずだ。
「儂の名は魁斗かいと。お主とは長い付き合いだ。共に戦う戦士としてな――。

今日は、重要なメッセージを伝えるためにお主を呼び寄せた。言葉の形で直接、伝える必要のあるものだ。

儂は今、その件にまつわるオペレーションを指揮しているため、ここから離れることができない。だからお主のほうにご足労願った」
「メッセージとは?」俺は魁斗と名乗った男に顔を向けた。
「では、伝えよう」

魁斗はそこで一呼吸置いた。
「世界は――、人の世を終わらせることを決めた。

すでにそのための仕込みを終え、機は熟している。

儂は全てシナリオ通りにことが運ぶよう、細かな調整を行なっている。多くの同胞を通じてな。

あとはトリガーを引くのみだ。それはお主の役割だ」
「俺? 俺がトリガーを引く?」

魁斗は頷いた。
「どうやって?」
「躊躇するな。思いのままに振る舞うのだ。お主が記憶を失くしたのは、記憶それがお主を踏みとどまらせるかもしれないからだ。お主が雑念に囚われることなく意のままに行動することが求められている。そうすることで自然にことは為される」
「しかし――」俺は魁斗の顔を覗き込むように前傾姿勢になった。
「伝えるべきことは伝えた。行け」

 

人の世が終わる――。

その話にはさすがの俺でもショックを受けた。それとも俺がそれだけ人間的感覚に染まってしまっている、ということなのだろうか。わからない。

こんなことで大役が果たせるのだろうか。あの魁斗という男は俺がこんな状態であるということを把握できているのか。俺が記憶を失くしているということすら、さっき気づいたようだったが。

それにしても、俺がトリガーを引くなど――。いったい俺の周囲のどこにそんなトリガーがあるというのか……。

帰りの電車に揺られながら、そんなことばかりを考えていた。考えたところでどうしようもないのだが。

思い煩う、ということも人間的な振る舞いだ。いつのまにか俺は随分と人間のようになってしまった。これはいいことなのか悪いことなのか――、そう考えつつ、物事をすぐに善悪で判断しようとしてしまうのも人間的だ、と思い直す。あがいたところで俺には受け入れることしかできないのに。

元の駅に戻った俺は、使った定期券のカードを拾得物として改札脇にいる窓口の駅員に渡した。「あ、どーも」と頭を下げられただけで、それ以上は何も言われなかった。

駅舎を出た。

いつもの街のいつもの風景。

この光景もまもなく終りを告げる、わけだ――。俺が使命を果たすことによって。

複雑な気分だ。

――俺がもし、使命を果たさなかったら? 人の世は終わらず、すべてはこれまで通りのままになるのだろうか。いや、それはないだろう。起こるべきことは遅かれ早かれ起きるものなのだ。俺が使命を果たさなければ、別の同胞が別のタイミングでそれを果たすだけ。それに俺が与えられた使命を果たさないはずがない。それがなんだかわからないが、結局俺はそれをすることになるだろう。そういうものなのだ。

風が出てきた。来たる木枯らしを予感させる冷たい風だ。見上げるといつのまにか空にはいくつもの雲が浮かんでいる。

俺は舞華の部屋に戻った。ソファに座り、テレビをつけた。とりあえずテレビをつけるのは舞華の癖が伝染ったのか――。画面が映ったが、脳にはなにも入ってこない。チャンネルを変えることなく俺はただ流れる画面を眺め続けた。

「どうしたの? 電気もつけないで」

舞華が帰ってきた時、俺は真っ暗な部屋の中でテレビの画面を眺めていた。いや、あるいは寝ていたのかもしれない。日が暮れたことにも気づいてなかった。

部屋の電気が灯された。
「おかえり」俺は口を開いた。声が少し嗄れている。
「ただいま。――めずらしいね、玲央が『おかえり』って言ってくれるなんて」

舞華は嬉しそうに言った。その嬉しそうな声が俺には微かに痛みに感じられた。
「言って欲しければいくらでも言うさ」

俺は言った。
「すぐにご飯にするね」

舞華は台所で食事の支度を始めた。

俺はソファの肘掛を枕にする形でそこに横たわった。狭いので膝を立ててもう一方の肘掛に足をつく姿勢をとるしかない。

天井を眺めた。もはや見慣れた天井――。

俺は大きく息をついた。

料理は事前に仕込みが済ませてあったらしく、すぐに香しい匂いが漂ってきた。
「できたよ」

舞華の声に俺はテーブルに着いた。並べられているのはシチューの皿とパン、それにワイン。

あの日以来、晩餐時にワインが供されることが多くなった。それまではなかったワインが常に数本、冷蔵庫で冷やされている。

 

夜に舞華を抱いた。

ことを終えると彼女は俺の横にくっついたまま、満足そうに寝息を立て始めた。その息が俺の首筋をくすぐる。彼女の柔らかい胸が俺の脇に押し当てられている。

――これらすべてが無くなる定めなのだ。

いや、もともとあらゆるものは、いずれ無に還るのが宿命。それが迅速か、緩慢かだけの違い。

人は、自らの愛するものを、少しでも長く手元に置くことを欲する。できることなら永遠にそれを形に残そうと、むなしい努力を繰り返す。

執着。

人間の愛情は常に執着を伴う。それが世界の大いなる愛とは異なる点だ。ありのままに受け止め、包み込む愛ではなく、自分にとって好ましい状態を際限なく拡大し維持しようとする愛情。

今の俺にはその心情が理解できるようになった気がする。

そもそも人の命、いや、ありとあらゆる命は儚い。その儚いものを、儚いものであるからこそ、いとおしむ気持ち。儚いものが少しでも長く続いて欲しいという、切なる人の願い。確信のうちに世界の大いなる愛に繋がっていたままの俺には到底理解しうるものではなかった。

翼を失い、血を流し、重力に捉えられ、様々な欲望にも囚われて、はじめて俺は人間的な愛を学んだのだ。

そう、今になってわかった。俺は舞華がたまらなくいとおしい。

彼女を失いたくない。

この日々を失いたくない。

 

数日がなにごともなく過ぎ去った。

俺は、舞華が仕事に出ている間、俺が引くことになるトリガーについて考えを巡らし続けていた。

――もし、そのときにトリガーを引くか引かないかの選択をする余地があるとしたら。

そうしたら俺は、たとえそれがごくわずかな期間であったとしても、少しでも長く舞華と一緒に過ごすことのできる道を選ぶべきではないのか。つまり、俺はトリガーを引かず、代替となる別の同胞がそれを遂行するのに任せる、という選択。

だがそれは俺が使命を放棄することを意味する。それはありえるのか。世界の信頼を裏切ることができるのか。世界と断絶してしまったら、俺も人間世界とともに死を迎えることになるだろう。もちろん失われた記憶も戻らない。それに翼も。

しかし舞華のいなくなった後に俺だけが存在し続けることに意味があるのだろうか。もし彼女を失えば、俺は永遠の欠落を抱えて無限の時間をただ耐え忍ぶことになるのではないだろうか。

もちろんトリガーを引く引かないの選択などできない可能性もある。いや、むしろその可能性の方が高いだろう。今までだって、自分がなにかを選択したという記憶がない。いや、その記憶は失われているだけなのかもしれないが、そういう生き方をしていた感覚がないのだから、これまでもなにも選択などしていないのに違いない。

おそらくは考えたところでどうしようもないことなのだ、と思う。なのに考えてしまう。

舞華を失った自分について――。

すでにこの時点で俺は欠落を抱えていると言えた。昼間の彼女の不在がもたらす欠落。彼女だけが満たすことのできる欠落。

俺はひたすら彼女が帰宅するのを待つ。

時間というものがこんなにも長く感じられるものだとは知らなかった。

この数日、舞華の帰宅時間はいつもより遅い。佳境を迎えたプロジェクトとやらの進捗がよくないらしく、彼女は連日、愚痴をこぼしていた。

明日が土曜日だということだけが救いだ。週末は二人の時間を満喫できる。

ようやく玄関のドアが開く音がした。

だが、帰宅した舞華の顔色は暗かった。
「明日、仕事になっちゃった……」

食卓の向こうの彼女の放ったセリフに、俺は言葉が出ない。ただ口をポカンと開くばかりだ。
「ゴメンね」

俺はただ頷く。
「月曜が納品なのに、まだテストが完了してないのよ、まったく……。私の指導してる新人がね、ちゃらんぽらんな奴なのよ、なんでこんなのがクオリティ・アシュアランスに配属されてきたんだか、ってくらいのね。そいつの担当分がぜんっぜん終わんなくて」
「そうか」俺は舞華の愚痴に力なく相槌を打つ。
「もう二回も納品を延期させちゃってるから、もう絶対延期できないって営業サイドからは言われてるしね。なにがあっても月曜には間に合わせろって」
「うん」

彼女は俺のグラスにワインを注ぎ足し、それから自分のグラスにも注ぐ。
「テストで不具合が見つかれば修正しなければならないから、延期せざるを得ないのにね。どうすんのかしら、その場合」

俺は舞華の愚痴の内容を完全に理解しているわけではないが、いちいちその意味するところを確認するようなことはしない。彼女の好きに喋らせて、ストレスを発散させることだけを目的に話を聞く。

彼女の話は止まらない。
「どうせ今やってるのって、万が一の万が一にしか作動しない制御システムだしね。実際に使われる可能性なんて限りなくゼロなの。そんなもののために私たちの大切な休日が潰されるなんて、許せなくない?」
「そうだな」俺は心から同意した。
「隔離弁の制御なんて、ホント、知ったこっちゃない」
「カクリベン?」珍しく俺は聞き返す。
「原子力発電の原子炉についてるやつね。このところ、ずっと原子炉の緊急停止系のシステムの事案なの。このまえは非常時用の冷却システムだったしね」
「ふむ」説明を理解したわけではないが俺は頷いた。
「前の震災みたいなことでもなければ活躍の機会が決して来ないものばかり。あんなの、二度も三度もあるわけないのにね」

俺はぼんやりと思った――ああ、それが人の世の終わりとやらに関係するのだろうな、と。でも俺の引くトリガーがどこにあるのかは全く見当がつかない。

その後も舞華の愚痴は続いたが、俺はそれを聞き流していた。ただ彼女のよく動く唇に見入っていた。

愛おしい唇。俺はまもなくそれを失うことになるのだ。そのことに俺は耐えられるだろうか。

 

俺たちは抱き合ったまま眠りについた。

俺はよく眠れなかった。何度も舞華が腕の中にいることを確かめるために眠りが断続的になる。いつのまにか朝が訪れていた。

舞華はぐっすりと寝ていたようだ。それだけが俺にとっての救いだった。

部屋が明るくなり、やがて彼女も目を覚ました。

彼女は俺が目を開けているのを見て「おはよ」と言った。俺は頷く。

舞華はベッドの中で伸びをした。
「ああ、今日、仕事かぁ。めんどいなあ」

彼女がそう言いながら起き上がろうとした、そのとき、

――思いのままに振る舞うのだ

魁斗の声を聞いた気がした。

体を起こしかける舞華を俺は抱きとめた。彼女はびっくりしたようだが抵抗はしなかった。逆にピタリと体を寄せてくる。
「今日は仕事に行くな。ずっと一緒にいよう」

俺の口から、思いがけず、そのセリフが飛び出した。

舞華は、ウフフ、と笑い、
「うん、そうする。――風邪ひいたことにしちゃお。仕事は新人君が自力でなんとかすればいいんだわ」

と言った。そして俺の頬にキスをした。
「玲央のほうが大事だもの」

続く舞華のその言葉を耳にしながら、俺の頭の中では急速な変化が起きていた。

俺は自分が誰なのかを認識しつつあった。

記憶が、最初は徐々に、それから奔流となって頭の中に湧き上がってきた。

あまりもの情報量に思わず俺は目をギュッと閉じた。

舞華は俺の胸に頭を載せている。彼女の背中に回している俺の腕の力が強まった。彼女もそれに応えるかのように俺にしがみついた。

突然に俺は重力から解放され、自分の体がベッドに浮き上がっているような不安定さを感じた。その一方で、舞華の体はずっしりと重く、リアルに感じられた。

俺は自分の使命が果たされたことを知った。

――彼女を仕事から遠ざけ、制御システムに不具合が仕込まれるのを助けること――。

最後の歯車がカチリと嚙み合い、止まることのない流れを生み出す。

俺は、遠くない未来に俺が抱えることになる永遠の欠落を思い、舞華の体を、一層、強く抱きしめた。

目からはとめどなく涙が流れ出した。それは俺が世界に存在するようになって初めて流した涙だった。

 

2021年3月12日公開

© 2021 堀井たくぞう

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