郷愁

帯に短し(第1話)

松本惜露

小説

1,393文字

このご時世になる少し前に書いたけれど時勢を鑑みてどこのサイトにもアップできなかったものです

明日僕はこの町を出る。
だから、思い出の場所でも巡ろうかと考えた。
コンビニで手に入れたインスタントカメラを持って、手土産に写真を撮っていくことにした。

***

 公園を訪れた。保育園に通っていた頃、よく父さんに連れてきてもらった。なんども砂場で山を作った。父さんはやたら日本の城を作るのが上手かった。僕はトンネルを作ろうとして山を崩した。風にならされている砂場を写真に撮った。

小学校を訪れた。低学年の頃は、授業参観で母さんが来てくれるのが嬉しかった。中堅学年になって気恥ずかしくなって、もう来なくていいよと言った。母さんは一瞬固まって、そう?とだけ。実は悲しかったのかもしれない。そう思うと、少し申し訳ない気もする。静かな教室を写真に撮った。

商店街にあるカラオケに来た。本当は子どもだけで行っちゃダメだって言われていたけど、中学生の頃、こっそり行った。当時はバレなかったし、今でもバレていない。やってはいけないと言われることは、やりたいなって思ってしまう。人間の性は幼かろうが関係なく有効である。黒い画面のままのカラオケマシンを写真に撮った。

近所のファミレスに来た。センター試験前に、よく遅くまで居座った。少しザワつくくらいが集中出来る。同じ考えのやつが他にもいて、一時期学生だらけの店内であったことを覚えている。その分料理やデザートもちゃんと頼んだんだから勘弁してほしいところ。料理の匂いが消えた店内を写真に撮った。

大学の講義室を訪れた。受験会場でもあった部屋である。さっさと灰色の受験生を終わらせたい気持ちで試験用紙に臨んでいた。浪人せずに済んだから、一番重要なのは絶対受かるんだという気持ちだなどと、後の合格体験記に書いた。受かった後は堕落した。酒がとても美味しいのがいけない。かつてサークルの皆とこっそり飲み会をした講義室を写真に撮った。

自宅に戻った。生まれてからずっとこの家で育ってきた。僕が描いた壁の落書きは、まだうっすらと残っている。扉の下方には、シールが無造作に貼られている。これも小さい頃にやらかしたやつだ。宿題をしたリビング、水鉄砲で散々遊んだ風呂場、赤ん坊の頃に転げ落ちたらしい階段。勿論すぐ病院に連れていかれた。異常はなかった。あちこちを写真に撮った。もう撮れる枚数ないかも。

自室に入る。ベッドに潜った。物が乱雑に置かれた机が見える。それも写真に撮った。スマホが光る。

明日、迎えに参ります。通知が届いた。

それならばこれで最後にしようと、自分にカメラを向けた。

この町にはもう、僕以外の誰もいない。

明日、僕もこの町を出る。
先に町を出た皆に、この町を思い出して欲しかった。写真を見返して、たくさん撮ったなぁ、独り言がこぼれおちた。

新型のウイルスに冒されたこの町の住人は、別の町にある、大きな病院へ行った。この町の診療所では、対処出来なかったから。感染したら、分かりやすい症状が出る。僕にも当てはまったから救急に連絡した。明日は、別の町から迎えが来る。僕よりも先に同級生、先生、近所のおばちゃん、父さんも母さんも感染した。町からどんどん音が消えていった。そして、消えた音は帰って来なかった。残った音は、自分の声と、テレビの音だけである。けれどもう、明日には全ての音が消える。

ベッドの上で、目を閉じた。今日撮った写真が、かつての思い出と共に瞼の裏に映された。

さよなら、僕のふるさと。

2021年2月10日公開

作品集『帯に短し』第1話 (全3話)

© 2021 松本惜露

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