トンネル

麦倉尚

小説

9,938文字

実験的な小説です。読んでみてください。よろしくお願いします。金魚屋新人賞の最終選考に残った作品です。

トンネル

 

森の中を通り抜け、浦岡恭哉は身体に重い疲労を抱え大きい道路へ出た。往来する車の灯りが夜の黒に光る。浦岡はサービスエリアがあるのでは道路の脇の小道を沿って歩いたが、トラックとすれ違う時に危険を感じて、恐怖で足がすくみ、もっと安全に歩ける場所は無いかと頭を動かした。あるのは一定の距離ごとにある電灯のみだ。一番近くの電灯に歩み寄りもたれかかった。足が棒になりそうだ。浦岡は自分の腿を手のひらでこすった。ここにいても何も解決しないがこう疲れていてはどうにもできない。浦岡はやはりサービスエリアを目指して進むことにした。

 視界の奥には山がある。浦岡はそれを眺めてしまうと自然の恐怖を感じてしまうので、わざと目線を足元に落とし、小さい歩幅で進んだ。右手に池が現れた。

 浦岡はその池を横目に歩いたが、池の近くには休憩所があるかもしれないと思うと池の方へ視線が向く。ドライバーが運転の疲れを癒しに池の近くに停車して、そこで身体を休める。自動販売機、古臭い公衆電話もあるかもしれない。そう思うと彼の足の疲れは癒されて、小道から彼の身体は逸れた。土を踏みつけて彼は池に近寄るが、柵が見えてきてしまった。

 彼は自分の背より高い柵ごしに池を見た。浦岡は目的が池に臨むことではなく、休憩所を探すことだったと思い出し、柵にそい歩くものの、明りがどこにも見えない。休憩所なら電灯のひとつはあってもいいだろうと彼は思い、またもとの小道へ帰ることにして身体を反転させた。

 コンクリートの上に足を載せると、なんて無駄なことしたのだろうと彼は自分のばかさ加減に幻滅した。彼は疲労で思考もままならなくっていた。しかしとどまる恐怖も強く進むしかない。彼は歩く。

 トンネルの入り口が見えた。浦岡の疲労はピークを越えており、一歩進むごとに足の裏に痛みが走るのでどうしても座り込みたかった。彼はトンネルに着くとその中側に座り込み、内側の壁にもたれかかった。トンネルの中は黄色い電灯が明るく照らしている。奥を眺めると緑色に光る、非常口のライトがある。彼はトンネルの外を見た。もし雨でも降ったら濡れてしまうと思い、立ち上がり非常口まで進んだ。そこにあった階段に腰をかけ、背中を丸める足を抱え、浦岡は目を瞑った。

 

浦岡はスキューバダイビングをしていた。顔に付けたシュノーケルが肌に痛く、背中の酸素ボンベが重いが、ヘルパーが同行しているので恐怖はない。浦岡は光の差し込む浅い海で黄色い魚の群れを眺めた。ヘルパーに促されその群れの中へ入り、彼はその輪の中心になった。突然黄色い魚の群れが散ったと思えばいるかがやってきて浦岡を鼻先でつつく。浦岡はいるかの大きさと存在感にたじろぐが、ヘルパーがいるかの鼻を撫でている様子を見て、彼も同じように鼻先を触る。

 いるかと遊んだ後にヘルパーがもっと奥へとジェスチャーをするので、浦岡は言う通りに海の深いところへ泳いでいく。差し込んでいる光が少なくなっていく。たよりなくっていく。

 彼は薄暗い海の底に足をついた。目の前のヘルパーが水中を歩くように進む。浦岡は引き返したいと思うもののヘルパーの視線は海の奥を向いている。浦岡は恐怖で歩けなくなった。ヘルパーは進んでいき背中が見えなくなる。

 浦岡はヘルパーをほおり戻ることにした。焦る気持ちと呼応するように心臓が早く動いた。その時水の流れが速くなり、浦岡は流れに身体のコントロールが効かなくなり、流されてしまう。

 

 目が覚めると同じく緑色の光が照らす階段の上だ。顔に付いた脂の汚れ、昨日の分のシャツの汗、首回りの垢、脚の鈍い痛み。様々な要素が彼を不快にさせている。緑色のにぶいひかりすら彼には明るい。

 浦岡は立ち上がり手を揉み、脚を揉みまたトンネルの奥へ進んだ。車の通りが少なくなっていた。今、トンネルのどのあたりにいるのか彼は知りたかったので、視線をトンネル内の壁には這わせてみたが、何も表示は無い。歩く間しばらくずっと壁を眺めてみたがある表示は動物注意のみだ。いたちが出るらしい。

 いたちで浦岡の思い浮かんだのはかまいたちだった。昔、ブラックジャックの話で読んだ、あの身を切り裂く恐ろしい暴風を起こすかまいたち。ただここにいるのはふつうのいたちである。ふつうのいたちというものは、ただの愛玩動物が野生化したものを予想した。それなら出ても問題ないと浦岡は考え、この単調な歩行の旅に、その愛玩動物が参加したなら嬉しいとも思えた。

 進んでいくとまた非常口のライトが見える。その下につけると同じように階段があり、そこへ腰を掛け休んだ。私は靴を脱いで足を伸ばし、筋肉の疲れを癒そうとした。背をその階段へ付けてしまおうと足場の上を手で払い、寝転んだ。浦岡の背中は土埃で汚れた。

 

 私は疲れている。背中にある土の温もりは昼間の日光を引き込んでいるからだろう。背中を上げてみると遠くには山がある。振り返れば川がある。私は立ち上がり、進み川で顔を洗った。冷たい水が顔に沁み込む。私は顔を水につけ飲もうとしたがうまくいかず、手を丸目救い口へ運んだが、それだと少しずつしか飲めないと気付いてしまい、私は川へ立ち入る。流れの緩いところに立ち、流れてくる方向を向いた。また口を開け水に浸けると自然と水が口に運ばれる。それを見てるのは杉坂優圭という女だ。

 杉坂と私は幼少期の友人であるが、中学に上がったころから疎遠になり、いつの間にか結婚していた。私の家族と杉坂と家族とで海へ遊びに行ったものだ。

 夏の入り口になると両家族が顔を合わせへこへこし、車二台でビーチへ向かう。

 杉坂は私を見てにやけている。私だって、川に口をつけている男をみればそうなるだろう。私は口を水面から引き揚げて杉坂を見て「なんしてるの?」と話しかけた。杉坂は「見てるだけ、何もしてないよ」と言い私に近寄り、「まだひげ生えてないの?」と聞いた。

 小六の時だったと思う。同じクラスに〇野という男子生徒がいて、そいつの髭が人よりも濃いのでからかいの対象になっていた。私はその様子を見て自身に髭が生えていないのか、毎朝よく確認した。自分では見えないところにも生えているかもしれないと思い、不安になり、写し鏡で確認しようとするもののうまくいかない。親兄弟に相談するのも恥ずかしいと感じ、仕方なしに心を許している女子生徒の杉坂に話を持ち掛けた。その時、杉坂はさっき、川から私をみていたようににやけ、私の周りを一周して「ない、ない、ない」と言って笑った。

 その年の夏、また家族ぐるみで海へ出かけた。海へたどり着き遊び、帰り際の車で杉坂と同じ車になった。バンの二列目に二人で横並びになった。その時杉坂が私の顎のあたりをじろじろ見まわして、「まだ、ひげ生えていないよ」と言う。親が聞いているのに!私は「なにがだよ」と強く言い返した。すると杉坂はにやにやしたまま言い返さない。車には海水で濡れた靴のにおいが充満している。私はそのまま目を閉じて眠ろうとした。私の最後の海旅行だった。

 杉坂も川へ入り水を浴びた。シャツを着たまま川に浸かり私を眺めている。きもちいいよ、浸かれば?と杉坂は言う。私は川から上がり、ほとりで胡坐をかいて杉坂を見た。

 

 顔の粘り気は増している。車の通りもまた増えている。長い時間眠っていたと浦岡は背筋を伸ばしながら考えた。彼の顎には汚らしく無精ひげが生えている。

 浦岡はこのトンネルを早く抜けたいと思い早歩きで進んでいく。車が通ると叫び声のような音が反響するので心臓に悪い。より早くと思い進むとまた足が痛んだので、浦岡は轟音が着た時指を耳へ突っ込み音を聞こえにくくすることにした。

 歩いても歩いても入口にたどり着かない。浦岡は音が鳴る都度耳を塞ぎ、目も閉じた。何度かその動作を繰り返した後、また「動物注意」の看板が見えた。彼はそれを通り過ぎた。すこしすると黄色いライトに照らされているいたちがいる。浦岡はそれを遠くから見て通り過ぎるのを待っていたが、動かないので不審に思い近寄ると弱っている。車両にひかれたらしい。

 浦岡はしゃがみいたちを見た。踏まれた一部が完全に元の形を失っている。彼はそれを道の端に移動させ、持っていたハンカチで怪我を覆ってまた進んだ。

 足の痛みが遠のくほどに浦岡は歩いている。膝から下の感覚が麻痺している。しゃがみこんで首回りの汚れを手で拭い、ハンカチをいたちにやってないことを思い出して、シャツをたぐりよせて首を拭く。浦岡は進行方向を見た。まだまだ出口は遠いと見え絶望感が彼の内心に湧き出る。どうすればいいのか、どうすればいいのか。浦岡はこれまで、行き詰まりを感じた時はそれを日記に書きだして、問題を客観的に見ることで解決しようとしてきた。

 しかし浦岡は今、紙もペンも持っておらず日記は書けそうにない。また彼の気持ちは沈むが、これからは足元を見つめ歩いて、紙やペンの代わりになるものを探すこと決め、彼は目を閉じ現実世界から逃げようとしたが、どうしても気持ちが休まらない。彼は仕方なくシャツを脱ぎ丸めマクラの代用品を作った。それに頭を置いて寝転んだ。

 

 杉坂は「寒い」と言い川を上がった。私は杉坂の身体に期待していたが、何故か着ている服が水気を含んでいない。私が手を出して布に触ろうとしたら「なによ」と杉坂は手を払いのけた。杉坂は機嫌を悪くした。杉坂が川から離れていく。私は彼女の背中を追うように歩いた。杉坂は広場の中心に着くと立ち止まった。

 私は難と声を掛けて言いやらそのまま彼女を見ていた。話さなくても問題ないように思えた。杉坂が座ったので私も座った。ここでは自然が楽しめる。

 空には雲がある。それは夏の入道雲であり感傷的な気分になれる、俳句でも読めばいいものが書けそうだと思ったが、紙とペンが無い。杉坂が「ねえ」と私に差し出しのはボールペンとメモ帳で、私はそれを受け取った。「俳句詠んで」杉坂の視線は私への期待を含んだものだった。

 私は受験で有名男子中学高校へ行き、そこからエスカレーター式に高校、大学と進んだ。なら女ッ気がないのでは?とお思いだろう。その通りである。なので私は電気工学にひたすら打ち込んだが。

 私は背筋を伸ばして紙に文字を書いて、杉坂に見せたが「意味わからない」と言われてその紙を手のひらで潰し、口に入れた。それを杉坂は咀嚼した。

 まだメモ帳の紙はたくさんある。私は思いついたままに俳句を詠み続けた。頭上にあった日が落ち、星と月が輝いて杉坂と私は見守るようになった頃、俳句の何たるかが分かったような気になった。その時できた俳句は最高傑作に思えたがこれ杉坂が良くないといい、口に運んだらどうしようと不安になり、私はその最高傑作を背中と地面に挟み、また新しい俳句を書き始めた。次にできたものの質は中の下、私は人に見せられるものではないと恥ずかしく感じたが、杉坂の期待のこもった視線を思い出して、杉坂へ「いいのできたよ」と差し出した。杉坂はそれを見て、「いいじゃん!やるね!いけてる!」と言い、ポケットへしまった。すると眠った。寝顔は昔のままだなあ。私は背中と地面に挟まった紙きれを口へ含んで食べた。髪は唾液を含むとしなり、歯で擦るように食べた。

 

 起きると頭はマクラから外れていて、目の前に地面があり埃っぽくむせ込んだ。浦岡はトンネルに入りどれほどの時間が経ったのだろうと考えたが、時間を確認する機器はない。睡眠時間も入れれば丸一日ぐらいだろう。浦岡はまた歩き始めた。

 

 〈読者は気付くだろう。主人公・浦岡はまだ水分を得ていない。著者が忘れているのかと感づいた方もいらっしゃるだろう。その通りである。そこで、脈絡なく「トンネルを進む主人公」と「主人公が見ている夢」を書いているのだから、突然湧き水のシーンを描いたり、給水所があったりしても問題ないわけである。だた、丸一日喉が渇いたということに主人公が気付いていないのだから、無視してしまえばわからないとも私は考えたが、私自身が気付いてしまったのだから仕方ない、ここらで浦岡に水でも飲ませるか、じゃあ歩いて進むとドリンクバーがあったことにしよう。となればご都合主義になってしまう。ご都合主義にしてしまってもいいのだが、取り敢えず、浦岡は喉の渇きを忘れ、このままトンネルを歩くことにする。〉

 

 浦岡は進んでいくがトンネルの中の景色は変化が無い。彼は道中、目を閉じて歩いたり、歌を歌ったりしたが、どれもじきに飽きてしまい、最終的には何もせずひたすら歩くことを選んだ。

 歩いている時も思考は生まれてしまう。ここに迷い込んでくる前は良かったと浦岡は日常の生活を思い返していた。

 

 浦岡はユーチューバーだった。名前は完全に売れきっていて街を歩くと若い人に声を掛けられる。日常に彼は帽子を深くかぶり、隠れるように買い物・ゴミ捨てを始めとして生活を送っていた。彼は一般的な人間である。

 朝起きて、今日は会議の日だったなと体を起こし、歯磨き、洗面、シャワーを済ませ浦岡はパソコンを開いて書類の準備をする。時間が着て仲間が彼の家に集まってくる、が誰もが時間を守らない。一時間の遅れならだれも何も言わない、二時間ならおくれちゃったごめんで許される、三時間なら罰金一〇〇円、四時間以上は何も言われない。浦岡は石丸は三〇分遅れ、カノコは二時間、佐藤は四時間と予測を立てた。印刷された書類は机の上にある。

 浦岡はコーヒーを入れて飲んだ。もうすっかり春だなあ。桜を見に散歩に出も出ようかと玄関に向かったら呼び鈴が鳴った。今は一〇時一五分、一五分遅れで来たのは佐藤だった。佐藤は小さく「おはよう」と浦岡に挨拶をしてリビングに向かう。浦岡もそれに続く。「早かったじゃないか」と浦岡が皮肉(?)を言うと佐藤が「うん」とだけ答えた。佐藤は椅子に座りスマホを触っている。浦岡が資料を手渡したすとそれに一瞥をくれまたスマホを見つめている。次に来るのはカノコだ。カノコはこのグループの紅一点だがアホな女で何かできるということではないが、顔がかわいいので人気がある。仮にカノコがブスだったら誰にも相手にされずひとり虚しく暮らしていたのだろうなあ、と浦岡はカノコをおかずにして抜くとき思っていた。

 佐藤が立ち上がりパソコンを取り席に戻ってきた。佐藤が浦岡の印刷した紙の上にパソコンを置いた。「編集どう?すすんでる?」浦岡が聞くと「まあまあだね」と佐藤が答えた。

 一〇時四八分、カノコが来た。今日はみんな早く来るなと浦顔は内心で嬉しく思っていたら「何笑ってんのよ、気持ち悪い」カノコが浦岡に言った。「笑ってないけど」「笑ってるよ、時々あなた一人笑いしてるわよ」その後にカノコの暴言が始まりそうになったので、浦岡h屋外へ逃げた。道なりに植わっている桜の木に、風が吹きつけてピンク色の花弁が散る。成功出来て良かった。浦岡は春に嬉しくなり、軽やかな足取りで自宅へ帰った。

 佐藤は髪を伸ばしているのか、ただ切るのが面倒なのか顔の側面を紙が覆っている。最近、動画の企画で染め、奇妙な色をしている。頭部は黒で、毛髪の先へ向かうほど緑に変化している。その髪の毛がカノコの鎖骨に触れている。ソファーの上でカノコは全裸で佐藤は下半身のみ衣服を身に着けておらず、今挿入する場面だ。浦岡はカノコを見た。足の先、ふくらはぎ、腿、臀部、陰毛、腹(薄く筋肉が浮き出ている)、肋骨の浮き出ている様子、乳、鎖骨(緑の髪の毛がかかっている)、首、顔。止まっていた時間が進みだして浦岡はその場を去り、廊下をうろついてまたリビングに帰ると二人は平然と着席している。浦岡も素の顔で椅子に腰を下ろした。十一時になった。まだいつもは早く来る石丸がまだ来ない。

 浦岡はカノコで抜くが佐藤はカノコを使っている。佐藤はパソコンを見つめて作業をしている。佐藤はスマホを見ている。そういえば時々、二人が同時にここへ集合するとがあった。ゴミファクトリーを結成する前、グループ内での男女交際は禁じた。しかし佐藤とカノコがくっついているとなれば、この禁が破られていることになる。

 「出来たよ、前の動画」佐藤が話した。パソコンの画面をこちらに向けた。佐藤は編集を始めてまだ一か月も経っていおらず、まだいいできとはいえないが「いいね」と浦岡はいった。画面内でカノコが佐藤に小突かれている。浦岡は勃起した。

 「これさ、私の子の顔、なんかいつもと違う」カノコが画面に指を差している。「何も違わないのに」佐藤は動画を一時停止した。浦岡も何も違わないと思った。「いや、違うよ。わたしこんなのじゃない」カノコは声を荒らげたした。「わたしが違うと思うから違うの」馬鹿な奴はどこまでいっても馬鹿だ。先週カノコは誕生日を迎え、二十二歳になった。高校を出て専門学校へ行くものの辞めてしまい、地元でアルバイトをして過ごしている時、佐藤がカノコを誘いゴミファクトリーに参加したものだった。つまりカノコは初期のメンバーではない。結成時は浦岡、石丸、佐藤、庭野サケルの四人だった。庭野は就職と共にメンバーを抜け東京へ出た。残った三人でしばらく活動していたものの、何も結果が出ず解散しようかという話が出ていた。しかし、そこへカノコが加わり、今活動を辞めたらカノコがかわいそうだし、カノコが可愛いから続けよう、と元からいた三人は決めた。カノコ加入から一か月ぐらい経った後、ネットニュースに取り上げられ注目を浴びた。公園の鳩を素手で捕まえる動画が中高生を中心にうけた。もちろん鳩を掴むなんて汚い、鳩が可愛そうだという批判もあったが、その動画の影響で一定数のファンを獲得できた。それ以降出す動画の再生数は伸び続け、いつのまにか中高生の間では名を馳せていた。カノコが入ったからこうして成功できたのかもしれないと佐藤は言う。確かにそうだと浦岡・石丸もそれを認め、カノコの強運に縋るべく彼女を甘やかしていた。それに顔がかわいいので甘やかしていた。最初は男がジュースを買ってやる、荷物を持ってやる、程度の甘やかしだったのが、昼飯を奢る、服を買うまで発展した。カノコはモノを買う金を十分に持っているはずだった。しかし彼女は権力を振りかざすべく男性メンバーを顎で使っていた。この辺りでこのままではだめだと三人は気付くべきだったが、仮に強運と美貌を兼ね備えているカノコに強く注意したとして、機嫌を損ねて彼女がチームに協力しないとなれば、運が逃げてしまう。ユーチューバーとして収益をあげられなるかもしれない恐怖と、単純にかわいいカノコちゃんとおしゃべりできなくなってしまう恐れがあり、今に至る訳である。

 「この顔嫌だ、どうにかして」佐藤は頭を縦に動かし編集をし直している。浦岡はそれを横目で見ながら、先ほどの光景を思い出していた。佐藤とカノコは普段からセックスしているのか?浦岡はイヤな気持ちになった。

「直したよ」

 佐藤は画面をカノコに見せた。

「いいじゃん、よし」

 カノコは嬉しそうだ。かわいいけどアホみたいな顔してるなと浦岡は思った。

 一二時になった。石丸が来ない。ラインの既読もつかない。「お腹空いたなあ」カノコが立ち上がった。「昼何にするの?何か宅配頼む?」佐藤が「どこか出る?」と浦岡を見ながら言う。まだ石丸が来ていない。「宅配頼もうよ」浦岡はノートパソコンを持ってきて宅配のサイトを開いた「適当に頼むよ、いい?」「いいよ」浦岡は少し考え、良さそうな弁当を四つ頼んだ。一三時には到着するらしい。それまでに石丸は来るだろうか。カノコが「何頼んだの?」と浦岡に聞いた。「弁当」と返事をしたらカノコは「いつも通りだねー」と不満げだ。浦岡は石丸に電話を掛けたが出ない、石丸が寝坊とは珍しいなと浦岡は考えていた。

 弁当が着て三人で食し石丸を待つ。カノコが退屈退屈とうるさいので浦岡が「編集でもしてろ」というと「そういうことじゃない」とカノコが逆上した。その時佐藤のスマホが鳴る。相手は石丸らしく今すぐ車で〇〇山まで迎えに来てくれと佐藤に伝えている。

「聞いてたよね?どうしよう」

 佐藤は浦岡を見ている。浦岡は「行こう」と焦る気持ちを隠し、車のキーを持って屋外へ出た。外は曇っている。浦岡が運転席に乗った。二人が後部座席に乗る。車が走り出し〇〇山へ向かう。「昼の弁当、やっぱりエビフライ弁当にすればよかった、ハンバーグじゃなくて」カノコが不満を口にした。「そうだよね、ごめんね」佐藤がなだめる。ゴミファクトリーはもっと尖ったグループだった。庭野がいなくなってしまいふやけたものだなあ。浦岡は悲しく思いながら二人の会話を聞いた。ナビ上ではあと三十分で目的地に着くと示してある。浦岡は前を向いて車を走らせた。なんだか街がざわついている。

「まだー、目的地、遠いよ」

 カノコはスマホを触っている。「石丸どうしたんだろ、大丈夫かな?」佐藤は石丸の安全を案じた。目的地に着くころにはカノコは完全にふてくされていた。

 なんで山に行かなきゃならないの?私は家に居ても良かったんじゃないの?すごく気が疲れた、昼の弁当も嫌だったし、石丸くんは本当に大変なんでしょうね?本当に大変なら電話できないんじゃないの?ただのタクシー代わりなんじゃないの?車の中は完全にカノコの苛立ちに支配されていた。

 石丸が居た。道路の脇に座り込んでいる。車を路肩に停めて浦岡と佐藤が石丸に駆け寄ると、石丸が「肩を貸してくれ」というので二人は石丸を挟んで立ち上げた。「すまん、昨日飲んで、何故かここにいたんだ」とんでもない馬鹿だ。浦岡と佐藤の不安は吹き飛んだものの問題はカノコの苛立ちである。浦岡と佐藤は後部座席・カノコの隣に石丸を座らせた。「何、なんか臭いけど」カノコはまだまだ怒っている。「ねえ、なんでこんなところにいたの?」「何でって、それは」「私が来た意味あったんでしょうね?」「え?」「私、無理やり連れてこられたんだけど」「俺に言われても、知らんよ」

 私、私のおかげでしょ、このグループが売れたのは。そう叫びながらぐったりしている石丸につかみかかるカノコ。浦岡はミラーで後ろを確認しながら車を運転している。浦岡は佐藤が見てみぬふりをするのに苛立ち目線を送るが、佐藤は無視をする。「やめろよカノコ」浦岡は叫んだがカノコは止らないので、仕方なく車を停めた。「なあ、石丸にもいろいろあるんだよ、やめろよ」「私が悪いの、無理やり連れてきたのふたりじゃん、ねえ佐藤」佐藤が後部座席を向いた。「そう、俺が悪い、ごめんごめん」「なによその言い方!」カノコは激昂して暴れ始めた。手や足が車内に当たるが彼女は暴れ続ける。浦岡は車から降りた。外はのどかな山景色だ。綺麗な濃い緑が三角を作っている。空には雲が無く海のような青色が広がっている。

 カノコが居ない方がゴミファクトリーにとって幸せなんじゃないか、浦岡は気付いてしまった。女の力だけでなく実力でも売れたはずだ。だからカノコを追い出しても問題ない。リーダーである浦岡はそう心に決め、また車に戻り暴れ疲れ息を切らしているカノコに言った。

「カノコ、お前は今日でくびだ、もう来なくていい」

「なんで、そんなのだめだよ」

 佐藤が話し始めた。

「勝手なこと言うな、カノコがいないとこのグループは売れなかっただろ、カノコがいるから俺たちは伸びてるんだよ、それに気付けよ、視聴者はカノコ以外どうでもいいとも思ってるんだよ、カノコを辞めさせるなら俺も辞める」

 浦岡は何も話さない、石丸が話し始める。

「俺も辞める、それで三人でグループを作ってまた動画始めよう」

 浦岡は車から追い出され道で一人になってしまった。カノコとセックスしていなかったのは浦岡のみだった。

 

 浦岡はトンネルを脱したとして、その後どうしようと考え始めていた。ゴミファクトリーの仲間に謝りまた輪に加えてもらうことはできるのだろうか。顔を上げて先を見たが、真っ暗である。永遠にここを歩くのと、未来とでは大差ないかもしれない。

 進む行き止まりに着いた。どうしようもない、浦岡は振り返ったが帰るにしても途方もなく時間がかかる。浦岡は行き止まりの壁を調べると右下にくぼみがあると気付き、浦岡はそこを蹴ってみた、何も起こらない。振り返ると無限に思える行き道がある。戻るのか。戻るのは嫌だ。浦岡は行き止まりで座り、どうしようか考えたが答えが出ない。

2021年2月7日公開

© 2021 麦倉尚

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