標本地獄

帯に短し(第2話)

松本惜露

小説

3,126文字

家の裏に手が生えている話です。みんなも育てたことがあるんじゃないかな

家の裏には、たくさんの手が咲いている。赤い爪の右手、指の足りない右手、中指だけたてている左手。たくさんの手の群生地が、家の裏にはあった。私はそのたくさんの手が咲いた庭が大好きで大好きで、幼い時分など宿題をほっぽりだして手の中に飛び込んで行ったものだった。時には手から取れる爪を小さな鉢植えに入れて、二階の子供部屋に飾った。育って手が生えて、風が吹く度にひらひらと手を振るので、夏なんかは涼しくて良い。二本生えてしまったら時々拍手をし出すのでうるさい。二本生えたら片方間引くのがよいよ、と婆さんが言っていた。マ、一本でも指鳴らしている厄介なものもあるにはある。
手を育てることで情緒を豊かにしようだなんて、大人たちは考える。みんな一度は鉢植えに手を育てたことがあるだろう。夏休みに観察日記、なんて宿題も出るもんだから、終業式の日なんかは近所の小学校から下校する子供たちが、小さいぷくぷくした手の生えた鉢植えをえっちらおっちら抱えて帰るのである。微笑ましい光景だ。だいたいの子は手をしわしわにしちまうか、干からびさせちまうかする。まただいたいの子は、綺麗な手を保つ。またまただいたいの子は、大切にし過ぎちまったんだろ、水をやりすぎてふやけちまって、とうとう腐らすこともある。腐った手は臭い。それに尽きる。ドロドロとした液体を垂れ流すのが、見た目にも悪い。他の手の肥料になるので重宝する人もいる。
うちの地元の、だいたいの学校、だいたいの家じゃあ、手を育てるんだけれども、ちょっと他所へ行けば、別のもんを育てているとこもある。足とか、腹とか、臀とか。足は低木に生るから、家じゃ育てても学校じゃあ育てない。何より育てるのが難しい。靴を履かせてやらにゃならんし、靴下被せてやらにゃ虫がつくこともある。これは友人の談であるのだが、
「手ならまだいいわ。うちなんて足が咲くものだから、毛の処理が大変なのよ。刈り取っても刈り取っても濃くなる一方でしょ」
「爪先を虫が喰うこともあるの。そうなると定期的に薬を塗布しなきゃでしょ。面倒なのよね」
とのことであったので、やはり子供たちに育てさすには向いていない。
じゃあ腹や臀はどうなんだというと、これは地面の下に生っているから、家庭はもとより学校でも意外と扱う。学級菜園、とか。はやいとこだと保育園や幼稚園で育てたなんて奴もいる。春の初め頃に臍の緒や尾骶骨なんかを蒔いて、秋頃にはもう採れる。臀は青けりゃ時期じゃないと分かるが腹は難しい。そこは経験を養うためにわざと子供たちに時期を決めさせたりする。これでホントに情緒が育つかはまこと不明であるが、やって不利益はない。私のように育てるのが趣味になるやつもいる。土いじりは楽しい。ただ時々我儘な手にあたるもので、この土は嫌だと暴れることがある。土を変えろ、土から出せ、と言うふうに。しかし育ててやってるのはこちらなので、上手く育たないと腹が立つ。腹が立つので、我慢ならずにぶちぶちっとしてしまって、他の手の肥料にすることがある。その後、他の手が大人しくなるので定期的にぶちりとかます。これもまた楽しい。寂しい一人暮らしの慰めとなるのだった。
さて、友人のひとりには、これが珍しい、顔を育てている奴がいる。顔って何から生るんだい、と尋ねると、髪の毛を植えてやればいいと言う。ほう、と感心して、それでは自分でもやってみようと思い立った。
「嫌いな奴の髪の毛はやめておけ。嫌いな奴そっくりの顔が生って、嫌いな奴の声で話すから、苛苛してしまって処分するしかなくなる」
と、語っていたので、それじゃあと恋人の髪の毛を失敬した。恋人の髪は、元は艶々とした黒だったのだが、白髪が生えたのでと茶色に染めてしまっている。これでちゃんと顔が生るのかと心配であったが、まぁなんとかなるだろうと楽観的に土に埋めた。ある程度生るまではと、鉢植えにキュッキュと埋めた。毎日水と一緒に残飯を撒いてやった。すると鼻が出てきた。息苦しそうにふんふんと言うのが煩くて、鼻にティッシュを詰めてやった。私は安眠できると思っていたのだが、数週間経つと鼻はしわしわに萎びてしまった。友人に聞くと、最初のうちは煩くても我慢しなければならないという。なるほど、水と栄養だけではなくて酸素も必要なのかと学習して、もう一本、恋人より髪の毛を拝借した。ふんふんと鳴る鼻息を我慢すると、口や目が出てきた。土が口に入ると、汚いことにペッペと唾を飛ばす。目をしぱしぱと瞬かせる。目ヤニとかいうものが湧くので、仕方がないなと、土を避けてやった。この頃になると、愛着が湧いてくるので、ついつい水や残飯をドッサリ口に詰め込んでしまう。顔は恋人によく似た音でウゥ、ウゥと唸る。残飯に嫌いなものが入っていると、オェ、と言う。その音が汚くて、私は眉をひそめるのだが、まぁ、恋人の顔だし、と自分に知らん顔をするのだ。またしばらく経って、ちゃんとした恋人の顔が生ると、なんだか生きるのが楽しくなる。デートが終わって家に帰っても恋人の顔があるもんだから、そりゃウキウキもするってものである。
しかし顔ってものがいつかは枯れるものであるのは自然の理なので、だんだん萎びてくる。しわくちゃになっていく恋人の顔を見て、なんて醜いのだろうと思ってしまって、私は恋人に別れを告げた。きっと年寄りになるまで一緒には居られないと思った。顔はいい指標となってくれた。別れた後には顔は燃えるゴミに出した。土から生えるものは大抵が燃えるのである。
友人に、他に育てるもので、オススメのものは無いかと尋ねた。最近手術をしたとかで右目に眼帯をしている友人は答えた。
「目や、口なんかを理想の形にするために研究しているんだがね。交配ってやつのね。どうだい、一緒にしてみないかい」
なるほど、面白そうだと思った。どうせなら元恋人の顔で、萎びても美しいと思える顔を育ててみたいと思った。
「僕はすでに研究を進めていてね、温室へ案内しよう。もう耳や鼻はいい感じにそだっているんだよ」
友人は目と、口と、鼻と、耳と、皮膚をそれぞれ別々に育てていた。育てきって、一番よく出来たものを一緒にして、理想の顔を作るのだと嬉嬉として話した。私もなんだかわくわくしてきた。
「目っていうのは、何から生るんだい」
「角膜から生るのが最近分かったよ」
「鼻は」
「鼻毛だね」
「耳は」
「耳小骨ってあるだろ、あれだ」
「口は」
「親不知だ。吃驚びっくりだろ、他の歯から口は生えてこないんだぜ」
「へぇ」
感心しながら温室へ通してもらった。中は少し暑いくらいで、何度にしてるんだいと聞くと、内臓と同じくらいさと返ってきた。自分のを測って決めたらしい。ふぅんと見渡すと、大きいのから小さいのまでたくさんの鉢植えがあって、そこから耳がびん、と生えて、鼻がずん、と生えていた。友人はブチブチと耳を二つ、鼻を一つ採って、ほら、形が良いだろうと見せてきた。皮膚だけが生っている鉢植えに、鼻と耳を付けてみる。この作業は福笑いと言うんだと友人は教えてくれた。私はウンウンと頷いて、目や口も見せてくれと頼んだ。
「最近自分の角膜を取ってもらってな、今育ててるんだ、だからまだ見せられない」
「なるほど」
「自分はもう親知らずがなくてな、お前のをくれないかい」
「いいよ」
友人はニコニコと嬉しそうに笑って、ペンチを取り出した。アハハ、と私も笑って、アと口を開けた。自分の口が理想の形とは思わないが、これから研究を重ねていく上で自分の歯を踏み台に出来るなど、なんと嬉しいことだろうと思った。
グギャリ、親知らずが抜かれて、それが土に埋められる。楽しみだなァと、私と友人は笑いあったのであった。

2021年2月6日公開 (初出 Twitter2020年8月21日

作品集『帯に短し』第2話 (全3話)

© 2021 松本惜露

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