初恋のあの子様

応募作品

松下能太郎

小説

2,713文字

合評会2021年1月応募作品。「初恋」について書きました。

「年々減ってきてるよな~」

と、隣の席で年賀葉書の道順組立をする班長がぼやく。

「ほんとそうですよね~」

そう言いながら、ボクも班長と同じように、年賀葉書を配達箇所ごとに青い輪ゴムで束ねていく。

ボクがこの作業に取り組むのもこれで六回目だ。つまり郵便局の配達員として働き始めて六年目。

六年かぁ~。

ふり返れば短かったような、あっという間だったような。

って、どっちも早いじゃん。

なんてことを一人、頭の中でつっこみを入れながら、年賀葉書とにらめっこする。

六年っていったらさ、中学の三年間と高校の三年間を足すとちょうど六年になる。

ねえ、昔のボクよ、あれだけさんざん勉強してきた数学も、大人になって使うものといったら、せいぜいこんな簡単な足し算ぐらいのものだよ。

六年前に配達先で出会って仲良くなった女子小学生は、今いくつなんだろう。外で遊ぶ姿をもうずっと見ていない。

ボクはずっと同じ顔で同じ身長のまま郵便配達をしている。

高校二年の時に一緒のクラスだったあの子が、二年前ボクの配達地域に引っ越してきた。もちろん誰かは言わないよ。でもその子は今、結婚して子どももいる。郵便配達をしているとそういう情報がイヤでも入ってくるんだ。

その子は高校時代、制服につける名札をなぜかいつも裏返していた。クラスでいちばんボブヘアーの似合う女の子だった。

その子とは一度か二度、話したことがある。下校していたらその子と偶然同じ道で鉢合わせたんだ。ボクは家に帰っていたのに、その子はなぜか学校に向かって自転車をこいでいた。「あっ」って気づいたその子、ボクの名前を呼んで通り過ぎていったんだ。ボクも小さく手をふったりなんかして。

あぁ~、なつかしいな~。あの子がボクの初恋。まぁ、実りはしなかったけどね。ボクが告白しなかったから。

それにしても、高校を卒業して十年。

十年かぁ~。

ふり返れば短かったような、あっという間だったような。

って、さっきもこれやったじゃん。

「じゃあミーティングするから、みんな集まって~」

と、班長が班員を集める。

「今日は残業四時間までみっちりやるように、以上」

その言葉に、一同、礼!

じゃなくて、一同、「「げえぇ!!」」。

 

なんとか残業四時間を乗り切り、ようやく帰宅。

一人暮らし、ビールをグイッとのむ。

社会人になるとさ、終業式や卒業式がないから、だから急にさ、

ババン! 問題です!

入社三年目と四年目の違いは何?

なんてクイズを出されても、ぜんぜん答えられないと思う。

たぶん、「2009年は平成何年か」ぐらい答えられない。

まぁ、これは人によっては答えられる問題か。

今は令和二年。来年は令和三年。

二の次は三だもんね。

でもボクの運転免許証は平成34年4月が有効期限。

平成は31年で終わっているから、平成34年っていったい西暦何年のことだろうね。令和でもいいけど。

昔のボクよ、今ではこんな計算もできなくなっているよ。

一つだけ言えることは、平成34年は2009年では絶対にないってこと。これはボクみたいなバカでもすぐに分かるね。

2009年ってつまり、ボクが高校二年生の頃で。

その頃は、震災っていったら東日本大震災じゃなくて阪神淡路大震災のことで、ケータイっていったらスマホじゃなくて折りたたみ式のやつで、SNSっていったらツイッターとかインスタじゃなくてモバゲーとかグリーのことで、その頃、全校生徒がマスクして登校していたのは新型コロナウイルスのせいじゃなくて新型インフルエンザのせいで、チャットモンチーっていったらスリーピースのバンドで解散もまだしてなくて、あの子といったらボブヘアーの似合う子で制服の名札を裏返しててボクの初恋でまだ結婚もしてなくて、K-POPにハマッてたあの子の影響でボクもK-POPを好きになって、だから去年そのグループの一人の訃報をきいた時は、何かがこぼれおちたような気持ちになって……。

って気がついたら、ボクは泣いていた。

いったい、この涙は何だろう。

もしかして、ボクは2009年に帰りたくて泣いているのかな。

そりゃあ今から思えば、何もかもが素敵で無敵だったようにも思うよ。だって今より断然若いから。でもよくよく考えるとさ、そんなに素敵で無敵だったかな。今よりもずっとずっとしんどい思いをしてきたことだってたくさんあるもんな。

だからあの頃、十年後の自分を名乗る人物が突然現れたとして、「今の君は、素敵で無敵だね」って親指を立てられてニッコリ微笑まれても、「は、はぁ……」ってドン引いた顔しかできないもんな。

結局、何が言いたいのかというと、つまりは恋がしたいってこと。

えっ、そうだったの? と思われるかもしれないけど、実際そうなんだよ。片思いでもなんでもいいから恋がしたいんだ。なんなら失恋でもいいから。

あぁ~、恋して結婚して数年後に離婚して、元妻のことを未練たっぷりに考えながら一人暮らしライフを満喫したいな~。

なんて離婚の辛さを知らないからこんなことが言えるんだよね~。

だれかぁ~。

未だに初恋のきれいな部分だけをなで回しているボクに、強めの喝を入れてください。それでなければ痛くなく殺してください。

って殺してくださいは言いすぎか。

というかなんであの子、結婚しちゃったんだよ~。

ボクと結婚すればよかったのに~。

幸せにしたのに~。

ほんとだよ~。

それになんで髪伸ばしたんだよぉ~。

ぜんぜん似合ってないよぉ~。

切りなよ~。

……なんてね、うそうそ。

アハハハッ。

ハハハ。

ははは……。

ははっ…………。

…………はぁ……。

…………。

……………。

…………………くそっ。

……………。

なんてね。

いやほんとボクってさぁ~、ほんと頭悪くてさぁ~。

この前だって配達先でさぁ~、チャイム鳴らしたと思ったら隣にあった火災報知器を押しちゃってさ~。

それにここずっと残業続きでほんとイライラしててさぁ~。

自暴自棄ってやつ?

なんかもう、こうなったらほんと、逆にって感じ?

マジで逆にやっちゃうって感じ?

そもそも裏切ったのはあっちの方なんだから、逆にひと思いに。

べつにやってもかまわないよね。

……えっ、誰をって?

もちろん誰かは言わないよ。

アハッ!

アハ、アハ、アハ!

ハッハッー!

アハッ。

なんてね、うそうそ。

びっくりした?

びっくりしたでしょ?

ちょっと怖かった?

だれかをひと思いにやっちゃうって思った?

しないよ、しないしない。

そんな危なっかしいこと、するわけないじゃん。

それやってボクにごほうびがあるわけでもないんだから。

ねえ~、フツーはしないもんねぇ~。

アハッ!

アハハハハハッ!

アハ、アハ、アハ、アッハーッ!

アハッ。

でもさでもさ。

考えようによっちゃ、その逆にって感じ?

逆に逆に逆に?

2021年1月14日公開

© 2021 松下能太郎

これはの応募作品です。
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"初恋のあの子様"へのコメント 13

  • ゲスト | 2021-01-20 19:34

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  • 投稿者 | 2021-01-21 06:42

    なんか、何かのきっかけで、破裂しそうな感じの人でしたね。郵便配達員も大変だ。情報が入ってくるって言うのも大変だ。月並みですが、そう思いました。それから初恋の方が犬でも飼ってて幸せそうに散歩してたら一端バイクですれ違ってからUターンしてなんかしそう。この人。

  • 投稿者 | 2021-01-21 22:43

    頭の中で思考がぐるぐる回る感じがよく出ていると思います。何周も回った挙句行きつくところは、最後のシークエンスでしょうか。
    詮索する気はありませんが、私的なものかどうか気になるところです。

  • 投稿者 | 2021-01-22 23:42

    軽いノリの語り口で、自分に突っ込み入れてみたり、初恋の子を回想したりしながら、激務に疲弊しつつ、思考がだんだんヤバい方向に回って行く様子が良く書けていると思います。
    情動があらぬ方向に突っ走るのはブラック企業のせいと思いたい。

  • 投稿者 | 2021-01-24 12:49

    初恋も妄想も脳内で完結している。この段階であればまだ安心だ。今なら戻ってこられる。とりあえず休め。きれぎれの言葉はSNSに垂れ流すつぶやきを思わせた。

  • 投稿者 | 2021-01-24 14:28

    郵便配達バイトやっていたので入り込みやすかったです。願望からの呪詛への変遷がこの人物の本質を物語っているようでホラー感もあり、そこも軽い言葉でごまかそうとしているところが現代的だなと感じました。

  • 投稿者 | 2021-01-24 17:51

    よじれよじれよじれて三回転半ぐらいぐるりぐるりと回りますね。
    不思議な読了感でした。

  • 投稿者 | 2021-01-25 00:13

    クソみたいだったゼロ年代を象徴する良作だと思いました

  • 投稿者 | 2021-01-25 12:57

    一人家に帰ってビールを飲みながら恋愛に限らず意味のないこと訳の分からないこと答えの出ないことをずっとぐるぐる考えることってありますよね。実際文章にするとこんな感じなんだろうなあ。あと高校を卒業して10年ならまだまだ十分無敵で最強です。

  • 編集者 | 2021-01-25 15:05

    絵を見た時に指サック?と思ったがすぐに郵便局かと分かった。味があって良い。閉塞し続ける年代にあって、私は郵便配達員ではありませんし6年も働いておりませんが、ウーバー配達員として限りない同情を送るものであります(会場拍手)。

  • 投稿者 | 2021-01-25 16:43

    名札が裏返しだったことから、何かを読み取ってしまいますわ。。

  • 投稿者 | 2021-01-25 18:19

    正月から4時間も”超勤”なんて、小うるさいお上もずいぶん優しいじゃないか、お年玉がわりだと思ってグチグチ言わず働け働けとちょっと毒づきたくなる主人公のウジウジぶりでした。プライドが高すぎるんじゃよ……なんて。インターホンと間違えて火災報知器ならすの東京03のコントであったなあなんて。

  • 投稿者 | 2021-01-25 19:16

    残業四時間とか絶対無理と思いながら読んでいました。
    自分だったら速攻辞めます。
    最後の壊れ方はちょっと置いて行かれる感じでした。連れていってくれたらよかったのにな。

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