足王神社

足王神社

応募作品

諏訪真

小説

4,953文字

十年近くテコンドーをやっていた人が、膝に矢を受けてテコンドーを一時断念した、というだけの話。

合評会2021年1月参加作品。お題は「初〇〇」「〇〇初め」「〇〇始め」

岡山県赤磐あかいわ市の西の端、山陽団地の西側の区画に足王神社という社がある。創建は江戸時代まで遡る。地元の住民が自宅に足名椎アシナヅチ命と手名椎テナヅチ命を祀っていたところ、ご利益があったので改めて社を建てたというのが創建の由来らしい。日本神話に多少詳しいなら分かるといった神を祀り、地元の人間以外ではあまり馴染みのない神社の初詣に来ている。

当道場の創立して間がない頃から、新年はここにお参りすることが道場の習わしになった。理由は単純で足とつくから、テコンドーなら足という具合に。実際足の病や怪我にご利益があるというが、私はよく膝を悪くする。ご利益があるからこれで済んでいるのかも知れない、と前向きには考えている。

年によって車で来たり、バスで来たりしていたが、今年は車で来た。車で入ってくるには、岡山市からの県道から神社への脇道に入り、道沿いに進んで池を回り込んで入ってくるか、あるいは団地への道を通って、一度拝殿を回り込んでから降りてくるかのどちらかの道になるが、池沿いは狭いので上から回り込んで降りてくる方を選んだ。

 

時間より早くつくと本当に何もすることがないほど辺鄙な場所だ。南側に大きな池、北側には団地しかなく、時間をつぶすような場所もない。池を背にした場所か、あるいは鳥居の近くがいつもの待ち合わせ場所だった。

この神社の面白いところは、狛犬の代わりに足のモニュメントが置かれていて、自分の足の悪い部位を擦るとご利益があるらしい。私は毎年膝のあたりを触っていた。効果は知らない。

 

やや待つこと数十分、同門の先輩や後輩がやってくる。毎年恒例の挨拶を交わす。遅れて師匠がやってくる。話題が昨年末の千本チルギ突きの事になった。

昨年の中頃に昇段審査を受けた。一級から長いこと停滞し続け、ようやくの受験になったらもう緊張とは無縁で、高をくくっていたら一度目の試割りで全滅し、再審査で三ヶ月も延期になってしまった。ようやくの黒帯の授与が年の暮れだった。正直年明けになるかと思っていたが、サプライズも兼ねていたのだろうと思う。

ただし、その流れで前に出て千本チルギ突きのカウントまでやらされるとは、想定していなかった。有段者が前に出て百本ごとのカウント交代だが、リズムがずれたら最初からやり直しになる。私が六百一から七百までの間の担当となってしまった。ここで緊張と不慣れとが重なり、二度もズレるという失態を犯し、総計で二千二百以上も延々正拳突きをやる羽目になった。笑って許してくれる同門には感謝しか無いが、当時の私はそのまま穴に埋まりたかった……。

 

という話題を笑いながらしていた。ようやく段持ちになったがそのことについては繰り返す通り実感がない。今年で入門して九年目になる。就職や転勤で時々抜けはしたが、道場でも古参の部類に入るようになっていた。どちらかというと年明けの試合のことを考えていて、初詣もそのことについて祈願していた。

 

年明け早々から新しい現場で仕事が始まるかと思ったら、折り悪く四月末で一旦契約が切れてしまい、五月は社内無職となってしまった。この間色々契約を探して東西に駆け回ったが、ようやく営業地区の最東端となる姫路で契約が取れた。つまり、六月から姫路に引っ越すことになってしまった。

 

前述の通り慌ただしい事情の中、五月の連休の最初の日が試合だった。参加人数の関係もあって、中重量級で纏められ、私はその中で最軽量の選手で参戦した。結果負けた。

個人的には最初の試合でカウンターの跳び後ろ横蹴りが相手に当たって先制のダウンが奪えたことは割と満足できた内容だった。結局、後にポイントを取り返されてしまった。押し返そうにも体重差は覆せなかった。

試合には神戸の面々も来ていた。来月から姫路に行くのでよろしくおねがいします、と挨拶を交わした。その約束は結局果たされることはなかった。

 

姫路に行く前日のことだった。途中参加のマッソギ組手の最中に事故を起こした。右足の飛び回転踵落としの際、左足で着地した時、猛烈に嫌な音がした。激痛の後、麻痺が走った。というより正直にいうとこのあたりの記憶があまりない。寧ろ全力で忘れようとした覚えがある。それくらい嫌な感触だった。膝蓋骨が外側に外れていた。

練習は一時中断し、救急車が呼ばれた。救急の人が来るまでの間になんとか外れた膝蓋骨は元の位置に戻したが、痛みは続いていた。膝は伸ばし切ることも、曲げることもできなかった。

やがて救急の人が来た。左右に別れた板を背中から敷かれた。どうやらこれが担架かと気づき、前後の人に持ち上げられたまま救急車に乗せられた。

救急車に乗るのは初めてだった。車内の名前の知らない機器や、救急隊員のトランシーバーでのやりとりなど、それらの光景が否応なしに自分を重傷者に思わせるような気がした。

近くの救急病院まで搬送された後、レントゲンを取られた。症状は見たとおり膝蓋骨の脱臼で、左膝を固定された後、明日病院で見てもらうように言われた。なんとか徒歩で駐車場まで戻り、家まで帰った。

 

本当に大事だったのは、翌日の新居入りだ。姫路駅から最寄り駅まで移動した後、徒歩で残りの荷物を抱えたまま満足に動かない左足を引きずっての移動だった。

そこからの生活は非常に難儀した。自転車を片足で漕ぐ技術、階段を片足ずつ上り下りする方法など、今までで一度も経験したことのない方法での生活を強いられた。姫路でも行きたい場所はいくつかあったが、大体この足がボトルネックで移動を制限された。

リハビリは二ヶ月続いたが、結局手術なしでの回復は見込めない、と言われ三ヶ月目にして岡山に戻ることを決めた。会社には無理を言って変わりの人を入れてもらい、急な引き継ぎをなんとか済ませた。

岡山に戻った後、何度かの診断の後、手術の日程を決めた。手術とは、膝の滑膜が癒着してしまっているので、それを剥がすものだった。

 

三月の頭になった。盲腸以来の十数年ぶりの入院となった。手術自体は入院後の夕方に始まった。前来たときより手術センターが広く清潔になっているような気がした。少なくともイメージしていたものとも違う。白い壁と廊下がストレッチャー上からはどこまでも続くように見えた。

そして手術が始まった。曲を流すけど、何か希望はあると事前に聞かれていたが、クラシックの適当なので、とだけ答えていた。背中への麻酔は、以前の盲腸のときと同様、麻酔のための麻酔を背中の周りに打ち、その後に脊椎麻酔を打つというものだ。背中側が見えないので想像だが、相当太い針が背骨に打たれている感触は、あまり気色がいいものではない。やがて下半身がじんわりと麻痺が広がっていった。更に左腿に痛み止め用の針も刺された。

 

手術中は特に問題なく進んでいた。幕で覆われているので、左足は見えない。感触として膝の中に細いワイヤーのようなものが通り抜け、ガリガリとひっかく感触と、水で洗い流す感触が交互に続いた。これは手術後に患部を見て知ったが、膝蓋骨の周りに三箇所ほど細い穴を空けてそこから内視鏡を通して行ったと思われる。

盲腸のときのように、途中で麻酔が切れるということもなく、無事手術が終わった。終わるときに一度足を力任せで曲げてもらったら、以前は絶対に無理だった、踵が腿裏までつくくらいに曲がった。ただし、腿の筋肉が猛烈に引っ張られている感触があるので、これは後々リハビリで解決していくことになる。

手術後の夜、背中が動かせない上に、背中へのあまりの圧迫感の強さと、左腿に刺さった麻酔液が通る針が気になって(神経まで刺さっているんじゃないのかという想像がある)、身動きが取れなかった。次第に吐き気がしてきて、洗面器に吐き散らしてしまった。

 

翌日からもうリハビリは始まった。激痛といえばそうだが、筋トレの激しいもののような感触だった。要は曲がらないものを曲げるというのが目的なのだ。その原因として筋肉がなかったり固まっているんだから、ストレッチと筋トレが一緒くたになったようなものだ。

まず膝を曲げるために専用の器具で可動域のリハビリを行った。これは左足を固定して、一定時間で膝を曲げ、また伸ばすというものを繰り返すもので、最初は角度をゆるくし、徐々に角度を上げていくものだ。最終的には140度くらいまで上げていけば、階段は上り下りができるだろう、という話だ。なお初日は90度がギリギリだった。後はマッサージだったり椅子から立ち上がる訓練をしたりと、各種のリハビリをこなしていった。

 

そんな生活が二十日ほど続けた。途中師匠が見舞いに来たときは、器具でのストレッチの最中だった。今現在の膝の曲がりが110度くらいですね、とか後は世間話をしていた。次は誰が試合に出るとか、いつ復帰できそうか、とか当たり障りのない話をしていた。

 

入院が続くと、必然朝方になる。といっても根っから夜型なので、結局は昼にリハビリの予定がなければ寝るのだが。朝になると病院の廊下をまだ満足に動かない左足に無理やり歩き方を教えるように徒歩で往復していた。まだ左足での歩き方を思い出せていない。

待合の休憩スペースで、適当にコーヒーを飲みながら、倉敷の町並みを見ていると、何かしらの不安を覚え始めた。きっと回復するだろうという希望的観測がありながら、そして復帰後に一体どこに戻れるのだろうか、と。

そもそも今から取り戻せるのかという思い以前に、仕事でもある思いが大きくなってきていた。テコンドーへの情熱のはけ口が無くなった分、その情熱をエンジニアリングに向け始めていた。その結果、技術者としてもっと大成したいという欲が前よりも湧いてきていた。転職サイトにも登録して、引き合いも来はじめている。このチャンスを逃してはいけないんじゃないのかと。

 

無事退院後も、リハビリは続いた。手術後は劇的に効果が出始めて、四月には階段の上り下りも両足で出来るようになっていた。その頃にはもう転職活動を初めていて、七月末に東京に再び行くことに決めた。師匠には、一応足が完全に治ったら向こうの道場にお世話になるので、と伝えていたが、正直それがいつになるのかの見通しは、まだ立っていなかった。

 

上京後も仕事に明け暮れつつ、リハビリは続いた。年末には走れるようになっていた。だが、あの事故に伴うショックで、左足に関わる技の記憶は依然失われたままだった。特に左足を軸として外側に回転する蹴り技は、全くヴィジョンすら描けなくなっていた。全力で思い出すことを忌避していた。

正直に白状すると、十年近い修練で得たものすら、その時の痛みに耐えかねて、これが治まるなら手放してもいいと思ってしまっていた。だから、技にまつわる体が覚えた記憶も、どう動かしていたのかという記憶も、両方徐々に薄れていったのはその思いがあったからだろう。

 

年末は岡山に戻り実家で過ごした。一応足王神社の初詣の連絡はLINEに届いた。例年通り、一月二日の予定で参加の有無を聞かれ、私はそれ対し不参加の旨を返した。一月二日の初詣は、過去行ってた吉備津神社に向かった。そこで祈ったことは、無病息災とエンジニアとしての大成だった。

翌日思うところがあって、足王神社に向かって車を走らせた。山陽道を走り続け、昼下がりに到着した。ここで何を期待していたのかはわからない。足のご利益があるという触れ込みの神社に何度も初詣に行っているのに、足の大怪我をした。これだけでもう二度と行きたくない気持ちもあるが、きっと本当に最後にするには何かが足りていない気がしていた。

正月三ヶ日だけあって、地元の人は幾らかいた。見知った人はいない。私はそこで改めて足の完全な回復をもう一度祈願した。参拝者の記帳欄に、師匠と先輩や後輩の名前があった。ここに私の名前を彼等の隣に追記しようとしたが、やめた。

 

年明けの三月、ひっそりと退会のメールを送った。短い挨拶の後、残念だ……と一言添えられていた。

それ以降、師匠とは会っていない。

 

<了>

2021年1月13日公開

© 2021 諏訪真

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"足王神社"へのコメント 16

  • ゲスト | 2021-01-20 19:57

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    • 投稿者 | 2021-01-21 20:25

      実験的も何も、「ほんの少し」うそを付いただけです。というより、本当の理由、或いはもう一つの大きい理由を意図して隠したというか。
      ろ理由はそれが巨大な文脈を含みすぎてこの話を根こそぎ食い潰してしまうのでそれが嫌だっただけですけども。

      著者
    • 投稿者 | 2021-01-23 17:14

      本当にどこら辺が実験的なのか全く分からず、自分にとってはありふれた作風でしかなく、正直戸惑いが隠せませんが、もしかしてあんまり本とか読まれない人ですか?

      著者
  • 投稿者 | 2021-01-21 06:36

    不参加のメールを返した時、凄くあっさりしてました。きっともう一切の未練が無いのだろうなと思いました。未練や煩悩にまみれてる私だったら、きっと悩む。悩んでその悩みを一、二行書くと思うんです。それに神社に見知った顔がいないというのもあっさりしてました。私だったらもっとドキドキしている。もう一切の未練はないんですね。そう思いました。悲しみも何もないのが悲しかった。

    • 投稿者 | 2021-01-21 20:28

      上でも書きましたが、もう一個の理由を落としたせいで変に淡泊になった感は否定できませんね。。

      著者
  • 投稿者 | 2021-01-22 23:27

    テコンドーに打ち込む話でもなく、闘病記でもなく、エンジニアとして新たな人生を歩み出す方向へ軸を置いているわけでもなく、その時々の苦悩や葛藤を表すでもなしで、なんとなく流れてゆく人生の時そのものを描いているのかなと感じました。好きか嫌いかと聞かれると好きな作品です。

    左足首を骨折したのを知らずに、痛みに泣きながら家まで歩いて帰ったことがあるのですが、膝を外した翌日引越しとか信じられません。

  • 投稿者 | 2021-01-23 18:36

    身体の変異とそれに伴う人生の進路変更について、あまり起伏のない感情を混ぜながら書かれていますが、その淡々とした表現が諦念や別離といったテーマと噛み合っているように感じます。
    ただ、「何を期待していたのかはわからない」まま足王神社に向かった主人公の行為にはなにか抑揚のようなものが現れているような気がしました。

  • 投稿者 | 2021-01-23 21:54

    エンジニアの大成を願うことで、それまでのテコンドーの「章」が幕を閉じ、また新たな章が始まるのだろうなあと思いました。情熱を向ける対象は変わっても、なにかに情熱を注ぐことのできる心は素敵だなあと思いました。

  • 投稿者 | 2021-01-24 12:47

    見切りをつけることに伴う葛藤や切なさを描こうとしたのだろうか。神社にせよ、道場にせよ、本気で信じてコミットしたからこそ、見切りをつけることがつらくなるのかも。たぶんこの神社にご利益はないだろうし、道場の人間関係は(少なくとも本作から受ける印象では)いたって淡白で、主人公のコミットメントが一人相撲に終始している感じもしないでもないが。

  • 投稿者 | 2021-01-24 14:37

    足王神社、熱い存在過ぎて掴まれました。藤城さんも指摘されていますが、師匠や同門の人物像が垣間見える会話やエピソードがあると個人的に好きな作風になったと思いますが、それは個人的願望ですね。

  • 投稿者 | 2021-01-24 17:55

    なんか実話っぽい感じですね。
    諏訪さんの足は今は大丈夫でしょうか。

    一生懸命努力していてもいきなり断ち切られる事はあって、でも時間と人生は訥々と進む感じですね。

    足の痛みで技をどんどん忘れる、のが妙なリアルで迫ってまいりました(^^)

  • 投稿者 | 2021-01-25 00:21

    怪我でスポーツを諦めた身としては、わかるーの一言なんですが、やっぱ最初の痛みの時点で断念しちゃってるんですよね。あとは折り合いつけるだけなんだけど、俺の時は足裏の腱鞘炎で、怪我の痛みよりも治療の痛みが絶大すぎて心が折れた。

  • 投稿者 | 2021-01-25 12:40

    淡々と書かれているからこそ、テコンドーを辞めることへの葛藤は大変なものであったのだろうなと想像できます。最後にもう一度、足王神社に参拝した意図は未練なのか断ち切るためなのか行間の読み方で変わってきますね。

  • 投稿者 | 2021-01-25 14:15

    鎖骨を折ったときのことを思い出してなんか痛かったです。
    うちの実家のすぐ近く(中国地方)にも足王様という社があって、子供の頃は大人たちから「眼にいい」「足にいい」とばらばらのことを言ってて結局何によかったのか分からずじまいでした。たぶん由緒は同じなんだと思います。

  • 編集者 | 2021-01-25 15:16

    神社に行く過程だったり、スポーツを止めたりと言った、個人の目に見えない思いを淡々と描いている。(自作品にも絡めて恐縮だが)「スカッ」「ハッ」としないことが人生の99%であることを、良く示してくれている。そんな中で神社(宗教施設、メモリアル)に行く描写に何か強い意図を読み解こうとしてしまうのも読者の弱みだが……。

  • 投稿者 | 2021-01-25 18:31

    ノンプロでスポーツ、格闘技にいそしむ人がその競技人生にピリオドをうつとき、プロと違いその葛藤が雑誌のナンバーなんかに取り上げられたりするわけでもなく、こういいう形でひっそりと離れていく、それはケガなのかもしれないし、家庭の事情なのかもしれないし、それとももっとデリケートなことだったりもする。道場のメンバーの横に名前を書けずに去っていく、あっさりした退会の旨に対する返信。切り取られている。「人生のスナップ」なんて言葉もあるけれども、4953字のなかにいわゆる人生の一瞬、それがキチンと切り取られている気がしました。

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