ゆきずりの祈祷

谷田七重

小説

977文字

街灯しかない雪道に亀頭がふるえているだけの掌編です。ゆきのまち幻想文学賞に出すには短すぎるのでこちらに。1分で読めます。良いお年を。

 しんしんしずかな雪道を歩いていると、ぽつりとむき出しの亀頭がふるえていた。
 寒さのためか、それとも孤独のためか、どちらともか、どちらでもないのかわからないけれど、とにかく亀頭は街灯に赤くふるえていた。
 自分の来た道すらおぼつかなく、ゆく道も先人の足あとは白く消し去られていて、そもそもこの道を通った人がいたのかどうかさえわからない、確かめようもない。まさか亀頭に尋ねてみるわけにもいかない。
 目が合った、とはいえ亀頭に目があるはずはないけれど、その気配に惹きつけられた瞬間に、自分の中であたりまえに流れていた時間の感覚がぴたりと止まったように感じた。身体じゅうを循環する血液が、ふたつの目玉に注がれたみたいな気がした。
 もしかしたら自分は、だれか憎い人を殺しにいく途中だったのかもしれない、わからない、どうしてこんな雪道を歩いていたのかもわからない、家路を急いでいたのかもしれない、家で待つ猫のためにあたたかいストーブを点けてやろうとしていたのかもしれない、でもわからない、わからなくなってしまった、ただこれだけはわかる。今こうして亀頭と見つめあっているあいだにも、この道を来た自分の痕跡を雪がしずかに、白くやさしく清めてくれている。
 もしかしたら自分は人を殺した帰りではなかったのか、とふと思ったものの、それが特に問題だとも思わなかった。
 人ひとりいない。
 風邪をひくよ、と亀頭に声を掛けそうになった、馬鹿げている。でも触れかかった瞬間に思った、ああ、こんなにも、こんなにもこいつは生きている、熱を持っている。というのも、降りかかる雪が亀頭に触れる前に、ふうっと溶けて消えていくからだった。
 熱源が最後に咲かせた徒花だろうか、それこそ椿みたいに、首からぽとりと落ちてしまいはしないだろうか、かといって亀頭をもいでポケットに入れるわけにもいかない。
 せめてもと、自分のマフラーを解き、亀頭に掛けてやりながら、こんなおとぎ話があったな、と乾いた唇をほころばせて、ついでに目を瞑り、手を合わせてみる。
 目を開けると、亀頭の先端にひとしずく、我慢汁が滲んでいた。思いが通じたのだろうか? でもべつに、何を祈ったわけでもない。何を祈ったわけでもないし、どこへ行くでもない。
 でもまたどこかへ歩き出さなければいけないような気がして、コートの襟をかき合わせながら、まっさらな雪を踏みしめた。

2020年12月18日公開

© 2020 谷田七重

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"ゆきずりの祈祷"へのコメント 4

  • 編集長 | 2020-12-18 20:11

    雪道でなお縮まない、素晴らしい亀頭だと思いました。

    • 投稿者 | 2020-12-18 20:53

      ありがとうございます!

      著者
  • 投稿者 | 2020-12-20 21:14

    こんなに美しい亀頭の存在を初めて知りました。
    僕の亀頭にカリの垢を煎じて飲ませてやりたいです。
    とてもよかったです。

    • 投稿者 | 2020-12-20 21:23

      カリの垢笑
      ありがとうございます!

      著者
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