サンダーバード

蝶子

小説

2,206文字

好き嫌いがないというのは立派な才能であります。

自分は特別だとか、自分は何か役割をもって生まれてきた人間だとかいい大人がそういうふうに思ってるのってサムいんだよね。

私にできることと言えば、食べ物の好き嫌いがないことと、溶けてドロドロになったアイスクリームを飲み物みたいに飲み干してもおいしいって思えることくらい。「私って何でもおいしくたべる才能があるの」と得意になって言うと「それは才能じゃなくて味覚音痴なんじゃないのかい」と当時の彼氏に言われて彼の話を流すように聞いていた私は「なんだ、あなたには味が音階で聞こえる・・・・の?」と言ってしまって、三日後に彼には別れを告げられた。

 

自分に生まれてきた意味なんか存在しないと思ったのは小学校3年生のころ。別に絶望していたわけでもないし、子どもながらにむじゃきだった私に何が起こったかというと・・・実際にはそれは私じゃなくてその瞬間世界で一番運がなかった野良鳩に起こったのだ。

 

一羽の鳩が羽ばたいて、一階、小学生の頭より低く低く滑空したところ、教室の外側、ウサギを飼っていたところのモルタルの壁に思いっきりぶつかった。白い壁は鳩がぶつかったところがわからないくらい白いままだったけれど、その鳩が横たわったコンクリの床に五百円玉の三倍くらいの血を吐いてぐったりと、うんざりとしていたんだ。私は一番に駆けつけて、すぐにちらほらと同級生が集まってきたけど、誰も助けることができなくて、何ならみんな触ることさえ嫌がって、どうしようもないから理科の先生を連れてきたらその先生は眺めただけで「頭を強く打ったんだ、もう死んじゃってるね」って言った。ビニールでその鳩を包んでつかみ上げて、体育館の裏にみんなで埋めて墓標のフリした木の板をさしてやった。墓標には名前を書かないとねとか言って、死んでから初めてその鳩は名前をもらって、土にかえっていったとさ。「空を飛べるくせに、何であいつは壁にぶつかったの?」って先生に聞いたら「飛べるって才能に甘えたんじゃないか。きっとあのハトは低く飛べることがかっこいいとおもってたんだよ、あいつにも翼がなければ、壁に当たって頭蓋骨をかち割ることもなかったのになぁ」と先生が適当なことを言ったから、私は才能ってやつは“そういうもん”なんだなって思ってしまったんだな。

それともう一つ、これも私が小学生のころ、私の祖母は才能あふれる書家だったんだけれど、その思想の強さのせいでこの世に絶望してしまい、精神を病んで自分で命を絶ったんだ。その時の周りの人間の落ち込みようったら見ていられなくてね。文字を書く才能はあった祖母なのに、幸せに生きる才能はなかったんだ。晩年はただただ虚構に苦しんで泣きじゃくってただけだ。だから、生き物っていうのはきっと、才能がないほうが長生きするのさ、ただ生きるっていうつまらないことができる生物が、「健康で文化的な」生活をできる最低条件ってわけだ。たぶんちょっとバカくらいがきっと長生きするんだよ。

 

 

という話を、一週間前に出会ったこの吉沢という男にしていたら除夜の鐘が鳴った。

私と吉沢は近くの寺が鳴らす除夜の鐘の音をききながら缶ビールを片手に公園のブランコに座り込んでいた。指先がキンキンに冷えて、新年のにおいと、焦燥感にかられていたら、吉沢が

「あのタコの滑り台に座って手をつないだまま滑り降りよう」と言い出した。タコの滑り台には滑れる溝が三本あって、私は真ん中、吉沢は私の右隣の穴から滑ることにした。ぎりぎりまで手を伸ばして吉沢の手をつかむと、吉沢の手のひらが予想以上にしめっていて、するりとその手を放ししまった。反対の手に握ったままの缶ビールが悲惨なことにならなかっただけ万々歳だ。

 

「残念」と吉沢が笑った。

「吉沢は自分が生まれてきたことに、特別な意味があると思う?」

「さあ、だけど僕は誰もが傲慢で高飛車で、自分が特別で生まれてきた意味があるんだって思ってるような奴らで構わないと思うよ」

「傲慢なヤツってのは嫌われるのよ」

「確かにそうかもね。でもきっと君は嫌われないよ」

「どうして」

「特に理由はないさ」吉沢は道化めいたトーンで私に言った。

 

「君はさっき鳩の話をしてくれたけど僕がその死んだ鳩に名前を付けるとしたらサンダーバードって名付けるよ」

「どうして?」

「サンダーバードは自由に雷を落とせるんだ、君の人生の序章に雷を落として若芽がいっぱいだった草原を勝手に火の海にして死んだその鳥にぴったりの名前だろう」吉沢は酔っぱらっているのか、大真面目な顔をしてそんなことを言って、若く才能あふれる君に乾杯といって私のほうに仰々しいお辞儀をして見せた。

「火の海、なんて言ったらサンダーバードなのかフェニックスなのかわかったもんじゃないね」

「きっとどっちも兼ね備えた鳥だってことだ。焼き畑だと思えばいい」

「じゃあうちのおばあちゃんにも名前を付けてあげてよ」

「そうだな、おばあちゃんは白雪姫だ。きっと毒リンゴを食べただけで今も棺桶の中で白馬の王子様のお迎えを待っているに違いない」

「うちのおばあちゃんが入ってるのは棺桶じゃなくて骨壺よ。燃やしてやるんじゃなかったわ」と私がむくれると吉沢はビールをグイっと飲みほして手に持った缶をかかげながら「缶蹴りしよう」と私を誘った。「負けないわよ」と自分のビール缶をひっくり返した。

 

2020年12月7日公開

© 2020 蝶子

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