おれには4歳年下の弟のケイスケがいて、27歳年上のかあさんがいる。32歳年上のとうさんはもうずっと昔に病気でしんだ。
ケイスケはまだ小学校2年生で、おれのわきにぴったりとくっつきどこに遊びに行くでもついてくる。かわいいけど、たまにうっとおしい、なんて言ったらケイスケがかわいそうだ。
おれとケイスケはよく一緒に駄菓子屋に行って、ケイスケはだ菓子がとっても好きだから、おれは自分の小づかいからケイスケにお菓子をかってやる。
「にいちゃん、にいちゃん」とケイスケがおれの服をひっぱって、「おれ、今日も友だちにムシされたんだ」とむくれる。
「友だちのかあさんが言うんだって、おれとあそばないでって」
「そうか」おれはうなずくしかない。おれも同じ状況を体験したけど、今もしているけど、おれだって傷つくからケイスケにロクなアドバイスもしてやれない。
「かあさんが宗教なんてやってるからだ」というとケイスケは口いっぱいにうまい棒をほおばって、サクサクと音を立てて食べて、河川敷に包み紙を捨ててしまうもんだからおれが拾う羽目になった。
かあさんは宗教にハマっている。とうさんがしんでからだ。今日だって仕事をしてから宗教の集まりに行ってしまった。家にはばあちゃんも住んでるけど、ばあちゃんはおれたちに申し訳ないっていうから、なんだか一層気まずく感じる。かあさんはたまに学校の行事に顔を出せば友だちのかあさんや、先生を宗教に勧ゆうするから、友達のかあさんもそれに迷惑をしていておれらと友だちしないでねとか子どもに吹き込んでるんだ。おれはケイスケが不びんだった。ケイスケを産んでからかあさんはずっとあの調子だから、ずっと子どもより宗教を優先してるもんだから、ケイスケはさみしそうだ。おれもさみしいけど、ケイスケはまだ8歳だ。母親に甘えたいに決まっている。だけど、おれはかあさんの気持ちもわかる。かあさんはひとりでずっとおれらのことを育てて、おれらはかあさんになにもしてあげれない。まだ宗教を始めたころ、かあさんは宗教が「心のよりどころ」だって言っていた。よくわからないけど、かあさんは宗教をやめたらだめになっちゃうからって、ごめんねっていうから、もっとおれがちゃんとしなきゃいけないんだ。おれがちゃんとしていたら、かあさんは宗教じゃなくておれのことを「よりどころ」にしてくれる。
「たん任の先生に相だんしたんだよ、かあさんが休みの日になったらおれたちを集会につれていくけど、おれは行きたくないんだって」
「先生はなんて?」
「行きたくなかったらいかなくていいって」
「じゃあ今度の週末はにいちゃんといっしょにゲームしようか」
「うん・・・」
ケイスケはかろうじてうなづいたけど、本当はケイスケはかあさんといっしょにいたいんだ。おれはそれ以上ケイスケに何も言わなかった。
―――
その日かあさんが帰ってきたのは夜の9時を回ったころだった。
ケイスケはかあさんがいないと寝れないから、その時間をまわってもテレビの前に座っていて、お笑いの番組だけどクスリとも笑わないで眠たそうな目をこすってかあさんの帰りを待っていた。
かあさんは帰ってくると「遅くなってごめんね」と言った。おれはお帰りなさい、と声をかけたけれどケイスケはうんともすんとも言わずかあさんのほうに見向きもしなかった。
「今日は学校どうだったの?おもしろいことあった?」タバコに火をつけながらかあさんが尋ねるから、「いつも通りだよ」おれがかあさんの顔を見ないようにして答えたら、ケイスケが声を上げた。
「かあさんは集まりどうだったんだよ」
かあさんのタバコのけむりがもくもくと家の空気をよどませて、「そうね」とかあさんがいう。「普通だったわよ」
「週末もいくの?」
「ええ、今週はまた子どもたちもくるのよ、ケイスケもお友達できたでしょ」
「できないよ」ケイスケがこちらを振り返って「かあさんのせいで、学校の友だちにムシされるんだ」と泣いた。「かあさんなんで宗教行かなきゃいけないんだよ、おれはもう行ってほしくないよ。週末は家族で、動物園とかいきたいよ」ケイスケはしゃっくりをあげて、だんだん言葉にならなくなっていって、「宗教なんかきらいだ」と床を叩いた。
「下の階の人に迷惑だから、叩いちゃだめよ」と言いながらかあさんは悲しそうな顔をして「いやならいかなくていいわ」とだけつぶやいた。「かあさんはお風呂に入ってくるから、布団しいといてね」かあさんの涙はおれだけに届いた。
おれは、どっちにも何もしてやれなかった。ただ、ケイスケはまだ8歳だから、さみしい思いをしてほしくないと思って、ケイスケによりそってやりたくてそばに行ったけれど、なんて声をかけてもなんだかちがうから、「もう寝よう」と言うと弟はおれに抱きついて、おれのTシャツで鼻水をぬぐった。
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