第七章 第二節 別れ

暗黒竜の渇望(第26話)

西向小次郎・らんた

小説

2,511文字

突然の光の戦士登場は魔物を混乱に陥れた。
かつての光の戦士カーグの再来と恐れ魔都は恐慌状態に陥った。
半魔をなぎ倒して我先とペルシャに逃げる者、闇へと溶けてペルシャに戻るもの、
様々であった。魔の力は虚構であり、大軍であるのは虚実であった。だが混乱の後に
静まり返ったヴィシャップは冷静にその光景を眺めていた。
「ふふふふ……。あの時の再来じゃのう。わしももう潮時かの」
「じゃが、我の家族を滅ぼした恨みはまだ晴れぬぞ」
そこに幼き半人半蛇であるアジ・ラーフラが出てきた。息子だった。
「ぼくも闘う!」
あまりに幼き声に戸惑いと悲しみの声を浮かべたヴィシャップは言った。

「そなたは齢4にすぎぬ。闘うことなどできやせぬ。この国ももう終りじゃ。せめて
半魔のものどもを救い、後に王となるようがんばるのじゃ……」
「何を言っているかぼくにはわからないよ!」
そなたにこれを……。
それは黒い石版でこう書かれていた。
「魔と人の共存を求め、平和を求める者に王となる資格を与えん」
「お前にこれをさずける」
「よいか、絶対に人間を憎むではない。魔もじゃ。いつかこの光と闇との戦いは終り
が来る。そなたはこの地を平和にすべく平和の教えを広めるのじゃ」
そういうと半魔の一群が母の後ろからずらりと並んだ。
「新たな王は私たちが守ります」
狼人、狐人、猫人、牛人……さまざまな武装兵がいた。
「さらばじゃ……わが息子よ。お前を死の国へと向かわせるわけにはいかぬ……」
「首謀者の正体は単なる光の戦士などではない。先日伝令から光の大蛇を見たという
報告が幾度も無く着ておる。おそらく奴じゃ。我はこの種をまいた原因として始末せ
ねばならぬ」
「息子ラーフラは北のカザンに向かわせよ!そこなら光の戦士も来ないであろう」
「なぜです?」
隊長である狼人が質問する。
「首謀者はそなたと同じ半魔だからじゃ。ただし、元人間じゃがな。絶望を教えたの
にもかかわらず光の教えにかぶれたものよ。蛇なら凍土の大地なら普通越冬はできん
はずじゃ。もっとも下半分のラーフラとて同じ。じゃが、半分は人じゃ。防寒対策さ
えすれば動かぬ状態になる事は無い」
「はあ」
「ゆけ、行くのじゃ。もう時間が無い。騎馬の大軍が迫ってきておるぞ」
「女王様、この短い時間、至福の時でした!」
半魔たちは人間との魔と交わったため、実質は2級市民扱いである。理念など建前
であった。そしてラーフラ同様幼いものばかりであった。一番の年齢が行くものでも

8歳であった。少年隊を急遽結成し、城から逃げ延びさせたのだ。
とうとう城にはヴィシャップ1人となった。
見せたくなかった。己の醜き姿の本性を。わが子に地獄を見せることは、いかに血
に飢えた魔といえども出来なかったのだ。それは人間時代の心の名残か……
ヴィシャップは魔法陣の間に行き、魔法を唱えた。
魔法陣に黒き光の筋がいきわたる……
さらに呪を唱えるとアジ・ダハーカの声が聞こえる。
―主よ。力をお貸しください。迫り来る人間どもを1人残らず返り討ちにしてみせま
す。我の力を借りて主に悦楽の場面をお見せしたいのです。
―主の下に逃げた魔はおります。どうか再びこの地を攻める軍としてお使いください
。我は最後の1人として戦う所存であります。
しばらくすると声が返ってきた。
―よかろう。約束する。そなたは自らの破滅と破壊を望むのだな?
―3度目の変化はもう命を永らえることはできん。数日後には肉の負担に耐え切れず
、溶解して消えてしまうのだぞ。
―はっ、その通りでございます。それも運命。死は覚悟の上です。
―よかろう。ならば力を貸そう。思う存分殺戮するがよい
声が聞こえたかと思うとヴィシャップと魔法陣の周りには赤黒き血と闇の煙が充満
する。背中の鱗には契約の証である紋章の痣が生じた。煙はやがて己の鼻腔に入り込
んでいく。その直後、肩に瘤が生じ、やがて瘤が音たてて裂けた。肩から新たに大蛇
の頭が血をからめながら生えてくる……。それは蛇であった。肩に生じた蛇は腹を食
い破ると毒牙から黒き命の水を体内に注ぎ込む。すると母体が爆発するかのように体
躯がさらに大きくなっていく。
毒の力によって体躯が大きくなったわき腹には次に4つの瘤が生じた。まもなく瘤
が破裂し暗黒の鱗を纏った4本の腕がわき腹を突き破った。新しき4本の腕と指と爪
も左右同時に生えながら成長し、伸びていく。
―すべてを破壊せよ
声が呼びかけてくる。
―ああ、言われなくてもわかっているさ。
呼びかけに答えるマーサ。呼びかけに答えるやいなや体中の骨音が鳴り響き、変化
していく。

母体の血肉を二匹の蛇が吸い上げていく。肩に黒き血筋が広がり首より上の鱗は暗
黒色よりもさらに濃い黒に変化した。
体躯はさらに黒き猛禽の翼が根元から落ち、代わりに暗黒色の蝙蝠の翼が生じた。
新しき皮膜の翼をさっそく誇らしげに広げる自分がいた。
変化がようやく終った。その姿は三口、三頭、六眼をそなえ、尾は再び三つに引き
裂れ、中央の首のみ狼竜の姿となっていた。それは紛れも無く暗黒竜王アジ・ダハー
カの化身。
ヴィシャップはさっそく三頭の首をひねらせ6つの手を握り返し、力を測る。する
と全身から闇の煙がじわりと昇り、己の身を隠した。
変化による痛みからも解放されて残されたのは快感と悦楽と憎悪であった。そして
全身からはゼリー状の油が生じていた。すでに己の体が溶け始めていたのであった。
「実験は成功だ。ヴィシャップ。だが時間はない。その力ですべての被造物を破壊す
るのだ。それでは我はそなたが消えるまでそなたの化身として破壊の宴を楽しむとす
るかの。」
―くくく。ではこの実験成功の成果を人間の身体にも応用するかの。今度は人間の狂
気と絶望に犯された脳漿でも堪能するか。
「主よ、感謝いたします。」ヴィシャップがいうやいなや城から飛び立つと三口から
赤き光を充満させ、光を吐き出した。それは巨大な閃光であった。強大な力が城下町
の周りを次々砂漠や巨大な穴へと変えていく。
―さて・・・それでは始めるとするか。殺戮の宴を。
そこにはわが子を想う母はすでにいなかった。暗黒の殺戮者がそこにいただけであ
る。ヴィシャップは深淵なる絶望の帳を誇らしげに広げ、羽音を鳴らす。

2020年12月6日公開

作品集『暗黒竜の渇望』第26話 (全39話)

© 2020 西向小次郎・らんた

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