第四章 第二節 北への侵略

暗黒竜の渇望(第17話)

西向小次郎・らんた

小説

3,489文字

闇は闇である限りどこへでも行ける。ヴィシャップはさっそく夕闇にアルボルズ山
脈の洞窟で闇の中へとろけさせ、西のアララト山の洞窟に移動した。南側は相変わら
ず光が強き世界だった。だが、光の弱い北方はアフラの信仰もなく、人々の行き交い
も巨大な山脈のせいでほとんどなかった。
アララト山の洞窟の奥深くで空間が揺らぎ、闇がゼリー状になりそこに狼の頭を頂
くヴィシャップが姿を現した。ヴィシャップは運動さながらに手を握ったり開けたり
した。
力が漲っている。それだけでは無かった。魔女時代ですら修得できなかった闇の魔
法を千も操ることができるようになったのだ。アジ・ダハーカの化身となった代償と
して、であるが……
洞窟で出て、巨体を蛇行しながら山を下るとそこは大草原であった。遊牧民が次々
行き交う壮大な空間である。
―わかっておるな。ここを惨劇の場にして、闇と絶望の大地にするのだ……ヴィシャ
ップよ。
ヴィシャップにアジ・ダハーカの思念が頭に語りかけてくる。
―もちろんでございまする。
自己の目を通して主が我の思念に語りかけている。試されているのだ。
我が本当の闇かどうかを……
―さっそく近隣の村を殲滅いたしましょう。狼の時よりも惨酷に、大量に。
―そなたの体は我が瞑想すればお前の目を通してお前の目の光景をみることができる
。惨劇は我の糧となるよう期待しておるぞ。
―言うまでもない。復讐の時さ―
そういうと翼を広げ、下にある村に業火の炎を浴びせた。突然の襲撃に戸惑う村人
達。
次に破滅に導く爪を裂いた。容易に鉄の剣が折れ、鎧を切り裂いた。横真っ二つに
分かれる遊牧民の戦士。
次に右の指で魔法陣を描き、雷を浴びせた。炎がさらに広がり、焼け焦げた夫婦の
姿が見えた。左で魔法陣を描くと氷の矢が次々村人を刺していく。
特攻していく騎馬兵を尾でなぎ倒し、落馬していく兵。
瀕死の兵に大蛇の尾がからみつく。尾をからめ引き締めるとにぶい音が響きやがて

兵士は動かなくなった。
村が全滅し、残ったのは死体と燃えさかる廃屋だけであった。
次の村で同じことを繰り返した。次の村ではさらに牙の威力を試し、村人を突き刺
した。流れ行く毒液。やはり炎を吐きすぎると飢餓感が襲った。さっそく食事をすま
せ、獲物を歯牙にかけ、血を堪能した。右の指で魔法陣を描き村人を石化させた。出
来上がった石造を見て、すぐさまヴィシャップは尾で石造を叩き割った。
―つまらん。そうだ。いいことを思いついたぞ。かつてのタルウィのように破滅と破
壊だけをせず……ははっ。人間にはもっと深い絶望を味わせてやろう。
そういうと飛翔し、さらに次の村を襲った。
襲ったあとに家家に炎を撒き散らした後、村長の村に行き、尾で村長の家を破壊し
、そこにいた村長を握り締めてこう言い放った。
「先々の村のようになりたくなければ降伏せよ。命まではとらん。ただし、条件があ
る」
村長が握りしめられたまま掌にあわててひざまつく。さらに懇願するようにかすれ
た声で言った。「何でも従います!! 村人の者だけはお助けください」「してその条
件とは?」
ゆがんだ笑みを浮かべながら答える暗黒の大蛇がそこにいた。
「それはな、全て力のある者に服従することと、全ての自由を認めること、そして魔
のものどもの支配に甘んじることの3つじゃ。何、簡単じゃ。力こそ全てという世じ
ゃ」
「このようにな」
そういうと尾で支柱なぎ倒し、家を破壊した。壊れたことによって納戸に隠れてい
る青年が見つかってしまった。それを左手でつかむと右手でつかんでいた村長をそっ
けなく投げた。鈍い音が床に響く。
「よく見ておるのじゃ、村長。これが力が全ての世じゃ」
―われとて闇空間そのものになる時のみ命は永遠に維持されるが、肉を得た姿でこの
世に居る限り、それは永遠ではない。ならばここで人と交わり、我の腹を孕ませてお
くとするか。人間に殺された分の命をここでな―
舌の位置を変え、青年に紫の煙をかける。青年の身体はしびれたまま無抵抗な状態
となり、床に倒れる。大蛇はさらに桃色の煙を吹きかけた。青年は恍惚に浸る。
次に、爪で青年の服を器用に切り裂く。さらに暗黒の大蛇は手足の鍵爪を引っ込め
た。その代わり、引っ込めた爪からは大量のゼリー状の油が生じた。
「大切なものを傷つけてはいかぬからの」そう言うと、その油を指でそっと丁寧に青
年の全身を塗り上げた。

―その後、大蛇は人間には思いもよらぬおぞましき行動に出た!
やがて青年が発する人間の声とは思えぬ悲鳴が村中に轟く。その光景を見ていた村
長が胸を抑えながら泡をふ吹きけいれんを起こしながら倒れ、やがて動かぬものとな
った。絶えられぬ光景であったのだ。
大蛇は己が行っている作業を縦長の瞳孔を通して冷徹に青年を見つめている。だが
大蛇も己の欲望に負け、知らず知らずゆっくりゆっくりとゆがんだ三日月の笑みを牙
を覗かせながら浮かべはじめる・・・悦楽の波動を受けるたびに己の爪が元の長さに戻
り始める。
やがて大蛇の歓喜の声が村中に響いた。青年はその声を聞き、思わず狂気と絶望の
叫びを吐いた。青年が出した狂気の絶望はすべて暗黒の大蛇が我が物とした。
――まだだ。まだ足りぬ。我が受けた絶望はこんなものではない!
さらにそれだけでは飽き足らずヴィシャップは巨大な己の体を何度も何度も上下左
右にゆさぶり、青年が持つ絶望を何度も吐き出させた。その絶望をさらにゆっくりと
堪能する。最後に長き沈黙の後、己に突き刺さった剣をゆっくりとゆっくりと余韻に
浸りながら惜しみつつ抜いた。食事は終わった。
事を終ると裸の青年を大事そうに大蛇が床に置いた。青年は大蛇の血を大量に浴び
ていた。毒の血を浴びた青年の体に異変が起こる。まず体中の幾筋もの赤黒い血管が
浮かびあがった。血管の筋は四肢にひろがり、やがて全身に広がる。やがて自我を失
った身体がびくびく痙攣を起こし始める。痙攣が次第に大きくなりながら、青年の体
がさらにみるみる赤みがかった皮膚に変っていく……
やがて痙攣が突然止み、息絶えた。だが次の瞬間、目の瞳孔が縦長に変った目をか
っと見開いた。だが、自我は無いようだ。
「お前の役目は終った。……にしても、くくく、なかなかであったぞ」
自らの唇を2つに割れた舌で舐めながら大蛇が述べた。
「すまぬ。言い忘れたの青年よ。実は我の血は人間にとって猛毒。我の血に少しでも
触れるだけで普通の人間は死ぬのだ。だがお前のためにと思っての、お前を魔物とす
ることとした。我の油には人間には我の毒と同調して免疫が生まれ、魔物として変化
するのじゃ。お前はたった今新たな命を得たのだ。そのままの姿で生き恥をかきなが
ら生きるかはおぬしの選択にまかせる。何せ「自由」じゃからの。もっとも絶望が苦
しいのなら、心までこの我の鱗で完全なる闇に染めてもよいぞ。お前はなんせこの子
の父なのだからな……」
―だが、青年は放心状態のまま火が放たれた村を出た。
―ふっ、そのまま野に生き、野垂れ死にを選ぶか?それも魔物にして人の心の選択。
絶望よの。その絶望も我の糧とするか――
―くっくっくっくっ。見ているだけで糧となるわ。ヴィシャップよ。悦楽も味わせて
もらったわ。
―分かっていると思うが、そなたはその国の王となりながら我に従うのじゃ。さらな
る快楽と力を与えようぞ―
―当然でございまする。大魔が集まるときはよろこんで行きまする。
……これ以後、後にアルメニアと呼ばれる大地は魔の支配下に置かれた。
ペルシャから大量に魔のものどもがおしよせ人間を支配下に置き、人間を奴隷とし

たのだ。力こそ全て。力なきものは何されても服従することとなった。
こうしてさらに人と魔との間に竜人や獣人も生まれ、魔となるものも増えた。
ヴィシャップは奴隷となった人間に宮殿を作らせた。闇の力で守らせた宮殿は強固
であった。6角ある城にはそれぞれ魔法陣が描かれ、さらに全体に魔法陣が描かれた

ヴィシャップは魔の希望の星と呼ばれ、その国の女王となった。今や光の国となっ
たペルシャから逃れてきた魔が次々と移住し、混血した半魔ともいえる竜人や獣人、
鳥人などが一大都市を形成した。
―やがて子を産んだ。それは上半分が人間、下が暗黒の大蛇であった。「アジ・ラー
フラ」と命名された。将来の王となる子であった。ヴィシャップは惜しみなく愛を注
いだ。
正面から人間社会を攻めることが失敗した魔の奇策とは、内部から人間の血を薄め
、魔に染め上げ、人口を増やすことであった。
半魔と純粋な魔の差別は「自由」の名のもとに絶対的に禁じたため、暗黒の都市は
急激に拡大した。
こうしてアルメニアは暗黒の大地と化したのであった。

2020年12月6日公開

作品集『暗黒竜の渇望』第17話 (全39話)

© 2020 西向小次郎・らんた

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