第四章 第一節 新たなる闇への渇望

暗黒竜の渇望(第16話)

西向小次郎・らんた

小説

4,350文字

―古代ペルシャ。常に光の神と闇の神が戦う場―
人々は病におののき、飢えに苦しみ、神への怒りとあきらめと反逆と背徳にふけっ
ていた。しかし、絶望と闇は光の戦士によって再び光の大地に戻りつつあった。しか
し、そんな光を再びもたらした戦士は光へと戻ってしまった。闇がその隙を狙うべく
闇の逆襲が始まったのだった。
―ザリチュよ、また友が光に倒されたのか?また友愛を求める日々はやり直しだな。
ふふっ笑う声が響く。どことなく闇の洞窟に声が響いた。暗黒竜王子の声であった

―はっ、もちろんタルウィは生きております。私とともに。闇の煙が我の体躯に戻っ
て来たことで確信しました。また私は完全に絶望している闇を渇望している人間に鱗
としてタルウィを与えるのみでございまする。闇を渇望する者が世に途絶えない限り
、我は闇に戻すまで―
―我はまた人間の本来の姿である美しき姿に変わる、肉が流れる変貌が見たいのでご
ざいまする。竜王子殿。
そう言いながらザリチュは洞窟で啜り泣きのような暗い嗤を続ける。洞窟内に悲鳴
のような声がいつまでも響き渡った。ザリチュにとってタルウィとは大魔の能力を受
け継ぐ称号にすぎない。闇の者にとって名とは称号にすぎない。また闇の種を植え付

け肉を変貌させ復活させればいいだけのこと。それはザリチュを始め大魔にとっても
同じことである。
―狂気と絶望は我らの糧。その笑いも狂気の糧。我はその糧を食む。
「戻っていたのか、マーサ」
ザリチュが言うや否や闇の洞窟の床からさらに濃い闇の渦が地面からふきだし、マ
ーサが姿を現した。
マーサが竜王子に謁見し、間を置いて発言した。
「竜王子様、提案がございます。今回の光の側の神の復興は脅威です。そこで、我も
戦力として絶望した者を探すのみならず、我に力と祝福を与えいただけないでしょう
か?もちろん新たなるタルウィも探し出してみせます。」
「ほお、そなた、狼からさらに強き闇の主へとなりたいと?」
―はい。
「よかろう。だが死の苦痛を乗り越え、さらなる新たな命になるのだぞ。いいのか?
もうその仮初めの姿たる魔女の姿、すなわち人の姿は取れんぞ」
―覚悟の上です。
闇が新たな蠢きを開始した。
「ふむ。ザリチュ、どう思う」
「我は人間のみならず闇が美しき姿に変わる、肉が流れる変貌も見たいのでございま
する。それはまこと至福と悦楽のひととき」
「くっくっくっくっくっくっくっ」今度のザリチュは短く笑いをこらえながら答えた

「ならば、マーサ、この鱗を受け取るがよい。そして狼の姿になった後に我がその鱗
の力を引き出すことにする」
「ただ、命をも落とすかもしれぬぞ。覚悟はいいのか?肉片になれば我がいただく」
「もうこの狼の姿を飽きたところでございます。もっと強き力でもって人間を恐怖に
陥らせ、闇の福音を与えたいのでございます」
「よくいった。マーサ」
そういうといつもの通りに全身に黒い獣毛が生え、肉が溶岩のごとく流れ、狼の姿
に戻った……この姿も最後となる。

アジ・ダハーカが自らの爪で腕を切り、肉を抉り取り、鱗にしたたせ、さらに肉を
鱗の上に載せた。
「受け取るがいい。マーサ」
そういうと黒き血にまみれた黒き肉が載っている鱗を、暗黒竜王子たるアジ・ダハ
ーカがマーサに手渡しする。黒き血にまみれた漆黒の鱗はさらに暗黒の度合いを深め
ていた。
鱗が渡るのを確認すると、暗黒の空間に三口、三頭、六眼がマーサ見据え、6つの
腕と手が魔法陣をそれぞれ描いていく。最後に呪文を放った。
―眠りし闇と暗黒に目覚めを!
―これでかつては人を闇に陥れた側が今度はより強き闇へと変る。どんな姿となるの
やら……ザリチュが希望を膨らまれながらもしかめっ面をする。
やはり狼に突然の変化が訪れた。目をむき破裂しそうな勢いで心臓が脈打ち、頭が
締まるように痛い。いつもは傍目からみているが、いざ自分がとなるとやはり苦しい

光景が暗黒の闇に包まれる。
―失敗か……? だがそれも本望。闇のものどもに食われ、闇の一部になるだけ。死
を予感したマーサはさまざまな回想が走馬灯のごとく目に浮かんだ。
―――――――――――――――――――――――――――
元々はただの農夫であった。夫と子はたくさん生まれた。だが飢饉と疫病が一家を襲
い、さらに戦乱が子ども達を奪っていった。帰ってきたのは「戦死」の知らせだった

さらに異国の軍隊が一家を蹂躙していった。飢餓に苦しむ北方の遊牧民族であった
。遊牧民族は移動先で逆襲されないよう全ての人間を虐殺する。ゆえに親の居ない間
に軍隊はもてあそぶかのように惨殺していった。
夫婦しかいなくなってしまった彼らは生き延びるため農業をなんでもこなした。だ
がマーサは過労で倒れてしまった。
そこへさらなる不幸が訪れた。夫がどんどん変わり果ててしまったのだ。どんどん
記憶を失い、ありもしない妖精を見ただの、アフラのお告げが聞こえると喚きだした
のだ。あまりの絶望で気が狂ったのだ。
マーサは必死だった。体に負担のない気分を安定される眠り薬である煎じ薬を夫に
飲ませ、さらには病気に苦しむ人々のために薬草を近所や遠くの街に売ったのだった

評判はよかった。マーサはやがて魔女として生業をたてることにした。占いや恋の
相談にまで応じた。だがしかし、それは危険な行為であった。あらぬ噂がたちまち広
がった。
―あそこのうちが呪いかかっているのは魔女が呪い殺したからだ。
―薬草を煎じるために人間を食い殺しているらしい

―闇のものどもを呼び寄せて疫病をはやらせばあいつの商売は上々じゃないか。闇と
結託しているのよ。
―そうだ。本当は疫病もあいつの仕業にちげいねえ。治せる薬を知っているのなら、
病を広がせる薬もしっているはず―
やがて疫病と戦乱の成れの果てで集団狂気と化した村人はマーサ夫妻を襲った。
マーサは裏口からかろうじて逃げたが深い傷を負った。夫は暴徒に殺され、死んだ

悲鳴を聞くが、家を振り向くことなく山へと逃げ込む。さらに山を登ると遠くから
煙と火が見えた。火が放たれたのだった。
あてもなく焦点のあわぬ瞳をもった老婆は山奥の洞窟にいつのまにかいた。闇の中
で死をと思っていたのだ。そこに闇の者がいた。
―すべてに絶望した者よ。そなたはその傷でいずれ死ぬ。薬草も役にたちまい。だが
、絶望という薬を飲めば安楽になろうぞ。それだけでない、あやつらに鉄槌を下すこ
ともできる。どうじゃ、逆にあやつらを殺戮したくはないか、魔女よ。そなたは魔女
という時点で人と対立する存在。ならばふさわしいのは闇。
暗黒の竜が洞窟にいたのだった。ザリチュであった。
すべてを憎しんでいたマーサ。これ以上の狂気を味わいたくないため闇を、鱗を受
け容れた。望む姿を思い描いていた。気が付けば狼になっていた。すぐさま山を降り
、その晩、村人を全員くいつくし、家をすべて破壊した。赤子もすべて喰らい尽くし
た。
それ以来ザリチュに従いながら自分と同じ苦しみを持つ人間に救いの手を差し伸べ
ることにした。これこそが幸福なのだと。全てが虚無である闇にとろけさせる時が至
福の時であった。
―闇の中でとろけさせ、安やぎを得ることによって死への誘いという狂気を抑えてい
たマーサ。―その闇の世が危ない
―ならば私がさらに強きものとなり、人間を殺し、喰らいつくすまで。この忌まわし
い仮初めの魔女の姿なぞもういらぬ。破壊と闇こそが福音!
―――――――――――――――――――――――――――
そう決断したとたん、血が沸騰したかのような熱さで体中が熱くなり、喘ぐ。
やがて全身から黒き霧が噴出し漆黒の空へと勢いよく昇っていく。
手に持っていたはずの鱗は狼の掌に吸い込まれていった。
突如躯に異変がおき………全身の痛みに耐えかね、咆哮する。
血や肉や骨は闇の煙で沸騰し、呻きの声をあげている。新たな命の誕生の歓喜の呻き

肉が流れ、脈打ちながら膨れていく。己の鎧でもあった毛皮が床に血とともに落ち
ていった。肉の塊となった身体の内側から新たに生まれた肉と骨と筋肉が膨れ、溶岩
のごとく血肉がゆっくりと溶け、胴体を変形すべく血肉が流れ出す。骨も禍々しくゆ
がみ、膨れるたびに全身からすさまじい骨音が鳴り響く。骨はやがて鋼管よりも強き

輪状の骨格となったところで音が止んだ。
背中にも変化が現れ、背びれのような突起が突き出ていった。背中から闇よりも黒
き猛禽の翼が黒き血をからめながら新たに生えてくる。足だった部分は最後尾となり
二股にわかれる。2つの手には鱗が生えやがて鱗は全身を纏うように広がった。さら
に鋭き爪が曲がりながら伸びていき、より黒き色へと変わった。血肉の膨張のリズム
がようやく止まると巨大な黒の大蛇と化していた。
「ふしゃう、ふしゅる、こひゅぅ、ふはぁ」
マーサの頭部は狼の容貌を維持していた。だがその狼の姿もより強き姿へと変貌す
る。大蛇が長い舌をときおり瘴空へ嬉しそうに付き出しながら生命の息吹を発すると
大蛇の髪が逆立ちざわざわと音を立てた。さらに生命の息吹を祝福するべく大蛇の口
はより裂け、耳はさらに尖った。さらに大蛇の前頭部から鋭き闇色の角が黒き血をか
らめながら天空へ憎悪を示すべく……天を突く!
変化が終ったときは闇の主にふさわしい大蛇となった。
大蛇のかん高い咆哮が谺する
いつも傍から変化を見ていたがこれほどまでに自分を解放するとはなんたる快感。
なんたる悦楽。湧き上がる憎悪と力、そして飢餓。ああ、これだ。思い出したぞ。こ
れがかつて闇を受け容れた時の悦楽―
暗黒竜王子が笑いをこらえながら「気分はどうかな?」と問いかけた。
「闇の生き物がさらに闇を深めるのは至福でございまする」
漲る力が新しい命に答えているかのようだ。
「今日からそなたはマーサではない。私が命名しよう。そなたは今日から『ヴィシャ
ップ』と名乗るのだ。闇の大蛇という意味だ」
「ありがたき幸せ」
「そこでだ、今回この死の暗黒の大地ペルシャではなく、アフラ神の支配の及ばぬ北
の大地にいってもらいたい」
「そこで思う存分殺戮できるわけじゃな」

狼大蛇がうれしそうに答える。
「そうだ。そなたの因縁の遊牧民族を抹殺し、闇の世とするのじゃ」
その言葉を聞いたとたん、大蛇が喜びを含む憤怒へと変っていき、全身を震わせた

「そうだ。兄妹よ。今日からそなたはこのアジ・ダハーカの血肉を受け継いだ兄妹。
そしてそなたの目を通して世を見ることができる。いわば化身でもあるのよ……」
―もっともそなたの自我を保ったままで我がそなたの眼を使わせてもらうがな……

「くっくっくっくっくっくっくっ」なんと言う至福。なんという快楽。なんという惨
酷。ザリチュは笑い続けた。
「北の大地に行き、そこで魔の王となり闇にそめるのだ、ヴィシャップ」
「ははっ」
それは新たな惨劇の始まりであった。

2020年12月6日公開

作品集『暗黒竜の渇望』第16話 (全39話)

© 2020 西向小次郎・らんた

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