ザリガニはこう言った

齋藤雅彦

小説

674文字

ザリガニと話せるようになってしまった。このことに気づいたのは、売却を依頼された別荘を見に千葉に行ったときだった。

 査定をすませて鍵を閉め、バルコニーを降りると、足元から声がした。

「素敵な下着だ。通販かな」

 見下ろすと、ザリガニがいた。

「すみません。何か言いました?」

「ああ。浮かない顔だがどうした」

 ザリガニはそう言って、両方のハサミをちょきちょきやった。ザリガニの声は、渋い低音だった。声フェチのわたしは、ついうっとりしてしまった。ザリガニは続けた。

「何か悩みでもあるのかね」

 実際わたしは悩んでいた。親しい友だちが結婚して、疎遠になってしまったのだ。

「はい……ところであの、どうして人間と話せるんですか?」

「フレンチレストランでザリガニソースを浴びたことがあっただろう。そのせいだ」

 そんな記憶はなかったが、わたしはうなずいた。このところ仕事が忙しすぎて、エピソード記憶が曖昧になっているからだ。わたしは素直に、親友だと思っていた友だちが結婚後、向こうから連絡をよこさなくなってしまった。友だちが幸せになるのは嬉しいが、なんか虚しい。憎んでしまいそう。こんな自分が嫌だ。といった悩みを打ち明けた。

 するとザリガニはこう言った。

「男の友情は自己犠牲の上に成立するものだが、女の友情は自己愛で成立している。自己防衛本能の産物なのだから長続きしなくて当然だ。日々を平穏に暮らすために君だって都合よく、その友だちを使ってきたわけだろ。だから責めてはいけない。その友だちも、自分も」

 わたしは少し笑顔になって、ザリガニと別れた。都会にザリガニがいないのを、寂しく思う。

2020年11月15日公開

© 2020 齋藤雅彦

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"ザリガニはこう言った"へのコメント 2

  • 投稿者 | 2020-11-16 06:52

    村上春樹的だなと思いました。

  • 投稿者 | 2020-11-16 17:30

    島津 耕造様、素敵なコメント誠にありがとうございます。

    著者
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