ウイスキー

齋藤雅彦

小説

882文字

ジャズの流れる薄暗いバーのカウンター。中年男が一人、ウイスキーのロックを飲んでいる。

「車も中古、嫁も中古。さえない人生だ」

 男がつぶやくと、目の前に美少女が現れる。

「お兄ちゃん、わたしのプリン食べたでしょう」

「俺はプリンなんか食わない」

「うそうそ、お兄ちゃんのうそつき」

 美少女が隣に腰かけ、大きな瞳で男を見つめる。

「本当はプリンなんてどうでもいいんだろう。何の用だ」

「お兄ちゃんが愚痴りながらその褐色の飲みものを飲んでるから来たんだよ。愚痴は解決の外部委託。外部委託しているから自力で解決するスキルがいつまで経っても得られない。わたしは自力で解決するスキルを得るヒントを与えに来たの」

 男はウイスキーを飲み干し、グラスをカウンターに、とん、と置いてから口を開く。

「俺は愚痴っていたわけじゃない。おのれを笑っていただけだ。真のヒューマン、現代人とは、自己客観化人種のことを指す。ユーモアという語はヒューマンから来ている。笑いのレベルが低いということは、人間のレベルが低いということ。他者を馬鹿にした笑いしかないような奴は原始人だ。俺は原始人じゃない。自分を笑うことのできる、自己客観化人種なんだ。だから感情的になって他者に対してごちゃごちゃ口を出したりしない。そんなみっともないことができるのは、他者の立場、感情を想像する能力がないのと、目の前のことにとらわれ、あとさきを考えて行動する能力がない脳の単純さの表れだ。つまり遺伝情報の反復配列が多いことの表れなんだ。俺はそんな奴らとは違う。お前とも違う。俺の脳はネットワークが複雑かつ連携がとれている。俺はハイブリッドなエリート、進化した種なんだよ」

 美少女は沈黙した。おそらく脳の処理能力を超えた圧倒的な情報量にフリーズしてしまったのだろう。

「言ってることが支離滅裂だよお兄ちゃん。酔ってるんだね」

 ジャズが途切れたタイミングで、美少女はやっとひとこと絞り出す。

「そうだ。俺は酔っている。ここはバーじゃない。お前も存在しない」

「お兄ちゃんのばかぁっ!」

 ビルの空き店舗の前、寝袋にくるまり、眠る男。ウイスキーだけが現実である。

2020年11月12日公開

© 2020 齋藤雅彦

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