蕎麦屋

齋藤雅彦

小説

2,262文字

気づいたら七十を過ぎていた。長いようで短かった。短いようで長かった。むかし、人生とはゴムひものようなものだと言ってゴムパッチンをするお笑いコンビがいた。ゴムパッチンの元祖だ。

 小さな町工場を定年で辞め、警備員などやってみたが、夏場など、思ったより過酷で、長続きしなかった。いまはパチンコ店の清掃係を週四でやっている。金はないが、のん気なものだ。ずっとひとり身で、親はとっくに亡くなっている。きょうだいとは、何十年も連絡をとっていない。

 年をとったら、食欲も性欲もなくなる。老後の資金なんて心配する必要はない。年寄りに大金はいらない。足腰立たなくなって、病気になったらそのまま、自然のままに死ねばいい。

 

 

 

 朝の五時に寝て、昼に起きた。好きな時間に寝て好きな時間に起きる。ひとり身はいいものだ。久しぶりに、蕎麦でも食おうと思った。駅の立ち食いなんかではなく、老舗の、美味い蕎麦。

 田舎にいたころ、姉は、友だちも恋人も作らない俺をよくばかにしていた。姉は結婚が早くて、子どもと大企業で働く旦那の自慢ばかりしていた。まともな就労経験のない専業主婦。保守的な価値観しか持たないくだらない人種の典型だった。

 旦那が大企業で働いていて年収が手取り七〇〇万ぐらいだったとしても、嫁が働いていないぶんの損失を考えたら都会の平均的な共働き夫婦の総収入と変わらない。世の中に出て見聞を広めなければ子どもに多様な進路を提示してやることもできない。知らぬが何とやらだ。

 いまでもこのようにたまに思い出してむかつくことがあるが、言い返して喧嘩などしなくてほんとによかった。愚か者相手に喧嘩したらきっと自己に対する嫌悪感にいまでもさいなまれていただろう。喧嘩する価値もない愚か者。ファーストフードのハンバーガーが美味いと言っている人間に、割烹の旬の野菜を使った料理を食べさせても素晴らしさがわからないように、つまらない人間に俺のような優れた人間のよさはわからない。べつにそれでよい。好みの問題だ。

 こんなことを考えているうちに、蕎麦屋に着いた。

 着物姿の若い女性従業員。こなれた感じ。暑いが熱燗を一合頼む。蕎麦味噌をなめ、ぐいっとやる。気温に合った。ちょうどいい温度。さすが老舗。こういうところに差が出る。小松菜のおひたしも頼む。器がいい。津軽の金山焼というのだそうだ。冷や酒を追加。

 辛味大根蕎麦が出てくる。いつ頼んだのだろう。記憶にない。まず大根おろしを入れずにひと口。美味い。大根おろしを入れて、豪快にすする。辛さが蕎麦の香りを引き立てる。新緑の季節にマッチした味わい。

 蕎麦を食べ終え、残った大根おろしを蕎麦つゆにすべて投入。それをつまみにして冷や酒を飲む。若いサラリーマンが一人、入ってきて隣のテーブルに。蕎麦つゆにひたった大根おろしを冷や酒でやっつけてから蕎麦湯。デザートに、あんみつを頼む。隣に目をやる。サラリーマン。ちゅっ、ちゅっと、うつむき加減で、蕎麦を吸い込むようにすすっている。

 いくら味覚がしっかりしていても、食べ方がなっていないと味のわからない奴だと思われてしまう。ついでに育ちまで疑われる。職人になめられる。もったいないことだ。俺は若いころからあんな食べかたはしたことがない。

 不意にサラリーマン。顔を上げ、蕎麦を咀嚼しながら、「自分の自慢や他者の批判ばかりで自分の間抜けさには気づかないのか気づいているが棚上げしているだけなのかどうかはわからないが、他者批判したら自己批判するかおのれの間抜けさをギャグにして相殺することだ。でないと自己客観化のできないただの間抜けで人生を終えることになる」と、こちらを見ずに、言った。

 口に出してしまっていたか。最近、考えていることがみんな漏れてしまう。そそくさと勘定を済ませ、出て行こうとするとサラリーマン、とびきりの笑顔を俺に向け、「じゃあね」と手を振った。

「そういう笑顔は女性に向けたまえ。笑顔の無駄打ちだ」と言って外に出たらそこは居酒屋のカウンター。振り返ると男子トイレ。

……お客さーん、閉店でーす。……閉店ですよ」

 またカウンターで寝てしまった。最近、酔って寝て目覚めると、夢だったのか現実だったのか妄想だったのか区別がつかない。確かめるすべもない。まあいい。生活に支障はない。あんみつをかき込んで、店を出る。

 飲み会シーズン。最近は路上で吐いている奴を見かけなくなった。酒が弱い奴、飲めない奴は無理に飲みにつき合わなくなったからだ。

 いまの年になっても、過去をやり直したいと思うことがある。だがもし過去の記憶をすべてなくしてしまったとしたらどうだろう。過去をやり直すというのはそういうことなのだ。

 姉はよく、近所や親戚を引き合いに出して、旦那と子どもの自慢をしていた。女はひとと比べなくては自分のポジションがわからないからな。つまり女の幸せとは、相対的なものであって、絶対的ではないのだ。

 ばかばかしい。本当に幸せな奴はひとのことを悪く言ったりはしない。

「自分の自慢や他者の批判ばかりで自分の間抜けさには気づかないのか気づいているが棚上げしているだけなのかどうかはわからないが、他者批判したら自己批判するかおのれの間抜けさをギャグにして相殺することだ。でないと自己客観化のできないただの間抜けで人生を終えることになる」

 カウンター常連の若いサラリーマン。とびきりの笑顔をわたしに向けて言う。

「おーい、るな。刺身終了。オーダー止めて」

「りょーかいでーす」

 サラリーマンに笑顔を返し、座敷席に急ぐ。

2020年11月16日公開

© 2020 齋藤雅彦

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