愛が地球を破滅に導く

齋藤雅彦

小説

2,760文字

「やっぱりレストランのほうがよかったんじゃない?」

「いいの。りょうくん、家庭の味に飢えてるっていつも言ってるから」

「サラダが欲しいわねぇ。かなちゃん、レタス買ってきてくれる?」

「買ってきたぁ」

「じゃあ半分に切ってちぎっといて」

「はあい。……お母さーん」

「なあに?」

「レタスの中からあかちゃんが」

「あらおめでとう」

「どうしたらいいの?」

「あなたが育てるのよ」

「えっ⁉︎ 何で?」

「当たり前でしょ。あなたが買ってきたんだから」

「当たり前って……

「あなたのときはかぼちゃだったわ。おばあちゃんが送ってきてね」

「わたし、かぼちゃから生まれたの⁉︎

「そうよ」

「こんにちはー」

「あっ。りょうくん来ちゃった」

「どうぞ上がってくださいな」

「おじゃましまーす。……おー、生まれたんだー」

「ごめんなさいりょうくん、わたしが買ったレタスから出てきたの」

「出生届出さなきゃなー。あ、婚姻届が先か。名前どうする?」

「どうするって……

「二人の子どもなんだから二人で考えるべきだろ?」

「こんなに早く孫の顔が見られるなんて思ってなかったわぁ」

「ほら、お前のおばあちゃんだよ~」

「よろちくね~」

「あっはっはっは」

「おっほっほっほ」

…………

    *

「どうぞ、ご覧くださ~い」

「すみません。このデザインでサイズありますか?」

「あー、そちらは展示品のみになりますね。サイズおいくつですか?」

「二六センチなんですけど」

「じゃあ中敷き入れれば大丈夫ですよ」

「三〇センチはちょっと……大きいかな」

「そんなことないですよ。わたしがいま履いてる靴なんかメンズで三二センチなんだけど、中敷き三〇枚入れて調整してるから。それに少し大きめのほうが足長に見えるよ」

「ジョギングに使うので」

「いま年いくつなの?」

「十四歳ですけど」

「十四歳なんて成長期なんだからまだまだ大きくなるって」

……三〇センチは、どうだろう」

「似たようなデザインだったらサッカースパイクがあるけど」

「サッカースパイクでジョギングは厳しいですよ」

「サッカースパイクのほうがむしろ速く走れそうじゃないあはははは」

「いやでも」

「うん、ちょっと待ってね。在庫、他店にあるかもしれないから問い合わせてみる」

「すぐ欲しいんですよね」

「大丈夫、隣の店だから」

「あ、隣も系列店なんですか?」

「一切関わりないけど」

「それはさすがに申し訳ないからいいですよ。何なら自分で行くんで」

「乗りかかった船だもの。それにわたし、お客様への愛があるから」

「それはありがたいですけど」

「もしかしたら奥にあるかもしれないからさがしてみるね。……ごめんあったあった。少々汚れありだけど履いてみて」

……サイズは、ぴったりだけど。なんかちょっと湿ってませんか?」

「さっきまで店長が履いてたやつだから」

「隣の店行きます」

    *

「最終学歴は」

「私立ヌキヌキ女学院です」

……それは、職歴では?」

「たくさん社会勉強させてもらったんで」

「まあ学歴といえなくもないですね」

「あれ? もしかしてわたしついたことあります?」

「ないです……そういったお店には行かないので」

「うそうそー、ついたことあるって」

……えー、それで、メイド喫茶って男性だけではなく女性のお客様もいらっしゃるんですけど、そのへん対応大丈夫ですか?」

「大丈夫、わたしレズもいけるから」

……何か質問がありましたら、どうぞ」

「愛と愛情の違いって、わかります?」

「えっ?」

「犬や猫にも人間のような愛情はあるけど、愛はない。愛は男性原理、愛情は女性原理。愛のテキストはあるけど、愛情のテキストはない。愛は買えるけど、愛情は買うことができない」

「はあ」

「お金をあげるから他人の子どもにも自分の子どもと同じように愛情を注いでくださいと頼んでも無理でしょ。愛情は本能、愛は信念なんだよね。愛情と愛は似て非なるもの。愛情は動物の本能、愛は本能由来の思想。母が子にそそぐのは愛情、神の慈悲は愛」

「なるほどー」

「あの、採用してもらえますか?」

「ぜひお願いします」

    *

「いらっしゃいませ」

「とりあえず生ビールね……あと、やっこある?」

「すみません。ありません」

「じゃあ枝豆」

「すみません。切らしてます」

「何かできるのは?」

「すみません。何か適当に買ってきますんで、お客さん、店番しといてください」

「嫌だよ……仕事帰りで疲れてるのに」

「ですよねぇ。あ、ピーナッツならあります」

「乾きものかあ。まあいいか。……その水槽の魚はなんだい?」

「お出ししますか?」

「川魚みたいだね」

「さあ~、何魚なんだか。つぶれた店から水槽ごともらったんで」

「そんなわけのわからない魚食べるわけないだろう」

「名前はアイっていうんですよ。わたしがつけたんです」

「ペットを客に出そうとするんじゃないよ」

「へへへ」

「へへへって……ところでどうしてアイなんて名前にしたんだい?」

「コイって魚はいますよね」

「うん」

「でもアイって魚はいないじゃないですか」

「うん」

「だからです」

「うん、さっぱりわからない」

「愛って何なんでしょうね」

「生存本能由来の感情だろうな」

「愛って必要なんでしょうか?」

「過剰な愛は排他性を高めるからマイナスだな」

「何ごともほどほどが肝心ってことですかね」

「そうだな。……生ビールおかわり」

「お客さん、何ごともほどほどが肝心ですよ」

「俺の身体に気なんかつかわなくていいんだよ。どれだけ商売っ気ないんだ君は」

「すみません。生ビールそれで終わりです」

「じゃあ瓶ビールでいいよ」

「かしこまりました。すぐ買ってきますんで、店番しといてください」

「会計してくれ」

    *

「あの……どうぞ」

「ん?」

「よかったら、座ってください」

「君、わたしが妊婦に見えるのかね」

……すみません」

「冗談だよ。ありがとうお嬢さん。若いのに親切だね」

「いえ」

「年寄りに席ゆずるなんてけっこう勇気のいることなのに、感心だあ~」

「あはは」

「まあしかしね、偏見かもしれないが人間傷つき経験なしにはなかなか人に優しくはできないものだよ。もしかして最近傷つくような経験をしたのかな?」

……実は、失恋して」

「ほほう。ま~、あれだよ。あんたみたいな可愛いお嬢さん振るような奴なんてさっさと忘れちゃうべきだな」

「それがなかなか、忘れられなくて」

「そうかそうか……そうだ。おじさんね、嫌なことがすぱーんと忘れられる薬持ってるから、少し分けてあげる……はいどうぞ」

「いいですいいです。なんか怖い。怖いっ」

「ははは、そんな薬はいまのところ開発されてないよ」

「びっくりしました」

「ごめんごめん……お嬢さんね、人間は失恋して醜くなる奴と美しくなる奴、この二種類しかいない。あんたは美しくなるほうだ」

「ありがとうございます」

「久しぶりにわたしが見える人に会えて嬉しかったよ。楽しい時間をありがとう」

2020年11月12日公開

© 2020 齋藤雅彦

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