そもそも女は問題を解決する気がない。解決したら話すネタがなくなってしまうからだ。女が本当に問題だと思っているのは話すネタがなくなってしまうことである。

齋藤雅彦

小説

1,199文字

財布に九〇円しかなかった。図書館に行くことにした。

 入口近くに、春の本、と題したコーナーがあった。春告げ鳥、夜桜、桜新町商店街マップ、春のアレルギー、春画の世界、梅の育て方、梅酢ドリンクで医者いらず。雑なチョイスだと思った。

 背中をたたかれた。振り向くと、中学のときの同級生だった。向かいの、喫茶店に誘われた。お金ないから、と断ったら、おごるから、と、にこにこしながら言った。

「そんなわけにいかないから。ほんとにお金ないの」

「いいの。いつもおごってもらってたから」

 一度もおごった覚えはなかった。

 一時間ばかり話した。といっても、向こうの話にあいづちを打ってただけのような感じだったけど。彼女の話は、人間は想像力があるゆえに絶望する。では希望はどんな力によるものなのだろう。希望もやはり、想像力の産物だ。それならばなぜ、人間は絶望するのか。絶望を凌駕する希望を持つには、想像力だけでは足りないからだ。

 一時期、宗教にすがることも考えたが、宗教をまるごと受け入れる純粋さはもはやないとあきらめた。情報社会に生きる現代人の知識は多岐にわたっている。宗教をただ信じるという単純さは失われている。

 現代人は真の意味での希望を持つことができないのだろうか。

 受動意識仮説というのがある。すべては記憶が作り出した無意識が処理をしていて、意識はその結果を受け取っているにすぎないという説だ。では意識は何のためにあるのか。意識は記憶の補助装置なのだという。そういうことなら逆に意識が無意識の暴走を制御することができるのではないか。意識化され、まとめられた情報を無意識に送ることで無意識も変わるはずである。

 いまの状況を客観的に分析し、失敗にばかり目を向けるのではなく、成功体験にも目を向け評価する。そうすればおのずと希望はわいてくるだろう。

 意識と無意識は相互に作用することによって成立しているのだから、といったものではもちろんなく、話のほとんどは、彼氏と自分がいかにうまくいっていないかというもので、どうしたらいいかみたいなことをきかれるんだろうなあ、と思ってたらやっぱりきかれたので、「負けてあげる楽しさを覚えよう」とコメントしたら、なんか目から鱗みたいな顔になったから調子に乗って、「他者を変えようと思ったら、まず自分が変わらなくては」と続けたら、瞬膜を閉じたような目になってわたしを凝視してから、「じゃ、これから彼氏とデートだから」と言ったので、「ごちになりました」と礼を言って別れた。

 後ろ姿を見送ってから、結論を出すべきじゃなかったと後悔した。女同士の会話は結論を出さないゲームなのだから。会話のための会話。女というのはそんな無間地獄を生きているのだ。

 帰り道、スーパーで納豆を買った。たれとからしなし、七四円税込。どうして納豆なんだろう、と思ったが、そんな心理学を包含した哲学的なテーマについて考える気力はもはやなかった。

2020年12月3日公開

© 2020 齋藤雅彦

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