ロンネフェルト

齋藤雅彦

小説

1,692文字

今日は何をしようかな、と考えているうちに一日が終わってしまう。

 これはそんな、のんびりした男の話である。

 意識とは何か。脳の活動の断片をモニタリングしている状態のことだ。つまり意識とは、錯覚にすぎない。

 紅茶を飲みながら、思索にふけっていると。

「たのもーう!」

 声がした。

 窓から門を見下ろす。金髪の、リュックをしょった、若い女が立っていた。

「突然すみません。ご主人様はいらっしゃいますでしょうか」

「わたしが主だ」

「執事は?」

「暇をやった。給料が払えなくなったのでね。どういったご用件かな」

「申し遅れました。わたくし、怨霊ハンターCと申します。お邸の前を通りかかりましたところ、怨霊レーダーアプリが反応したので立ち寄らせていただきました」

 そう言って若い女は、手にしていたスマートフォンのディスプレイをわたしに見せた。何がどう反応しているのかさっぱりわからなかった。

 わたしは少し迷ったが、退屈しのぎにつき合ってみるかと、若い女、Cをなかにうながした。

「これ、ロンネフェルトじゃないですか?」

 紅茶をひと口飲んで、Cが言った。

「知らん。執事の置き土産だ」

 ソファーに深く身を沈め、わたしはこたえた。

 Cはカップをソーサーに戻すと、居住まいを正した。

「執事に給料が払えなくなったとおっしゃってましたが」

「投資に失敗してね。土地のほとんどを手放してしまったんだ」

「それは、いつごろのことになりますでしょうか」

「半年ほど前だ。怨霊と何か関係が?」

「可能性はあります。いろんな霊がいますから」

「で、怨霊がいたとして、謝礼はどれくらい払えばいいのかな」

「お代はいただきません。怨霊を捕まえることがわたくしの目的なので。この建物に地下室はありますか?」

「そりゃあ、あるとも。なぜ?」

「霊は暗い場所にいるものです。案内していただけますか」

 久々に地下に降りた。

 話し声がした。

 わたしの亡くなった祖母と、やはり亡くなったその娘の叔母は、人を不快にさせることに関しては世界でトップレベルだった。

 中途半端な老いかただから老害と言われるの。ヨボヨボはさすがに邪険にはされないわ。

 前衛芸術を支持する子は芸術が好きなんじゃない。自分にできないことをやってくれる不良に憧れているだけ。

 モテる人に嫉妬したり憧れたりするのは異性を過大評価しているからよ。嫉妬や羨望は無知の表れ。金持ちに対する嫉妬や羨望も同様。

 あげ足を取ることに全力を尽くす。自分を少しでも賢く見せたいが、大した知識の持ち合わせがないという悲しい人の戦略。

 決断を周囲にゆだねるのも決断。

 すぐに同意を求める人は主観的にものごとを考えるタイプ。客観的に見ることが苦手なの。だから人から否定されると簡単にへこむかキレる。人の目を内在化できていないから。結局自信がないの。だから群れたがる。

 同性愛、異性装に対する偏見がなくなったら、同性愛、異性装がウリの商売の売り上げは減る。もの珍しさで集客できなくなってしまうのだから。

 人は知性が高くなればなるほど消費しなくなる。

 あのころは、お車代は紙袋で渡された。紙袋には、札束がぎっしり重なって入ってた。車そのものが買えた。

 イエネコの祖先は砂漠地帯のリビアヤマネコ。だから水分はあまりとらない。

 Cがライトを当てると、ラテン系の、色の黒い大柄の、バストの肥大した、たるんだ腹の三十前後の女と、東洋系の、色の白い小柄の、あばらの浮いた、胸の平らな少年のような体形の、はたちぐらいの女が、対面で座り、言葉を交わしながら互いに性器をこすり合わせている姿が暗闇に浮かび上がった。大柄なほうの股間は黒々とした太い毛に覆われていた。小柄なほうの股間は無毛だった。

「どちらの女性が好み?」とC。

「女は選ばない。好き嫌いせずに何でも食べなくては駄目だと、母に厳しく育てられたのでね」

「悪趣味なジョーク」

「先に仕掛けたのは君だ」

 スマホを取りつけた自撮り棒を、Cは霊にかざした。

「怨霊捕獲アプリ起動」

 とたんにわたしは、スマホに吸い込まれてしまった。こんなことだろうと思った。おそらくわたしは、このレズカップルに騙され、財産を乗っ取られて、自殺かなんかしたのだろう。

2020年11月12日公開

© 2020 齋藤雅彦

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

---

"ロンネフェルト"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る