齋藤雅彦

小説

654文字

引っ越しの荷ほどきを終え、駅から新居に来るときに気になっていた中華料理店に入った。

 カウンター席と四人がけテーブルが三つ。家族連れが顔をつき合わせてメニューを選んでいる。そのなかに、高校時代につき合っていたCにそっくりな娘がいた。Cは日本育ちのベトナム人。大人になったら日本国籍になると言っていた記憶などが急によみがえった。

 カウンター席に座り、ビールを飲みながら、ちらちら娘を盗み見た。見れば見るほどそっくりだった。着ている服もC好みの──いまも同じ趣味なのだろうか──チェック柄のクラシカルなワンピースだ。

 ピータン豆腐と餃子で生ビールを三杯やっつけてしまうと、娘のことなどどうでもよくなった。わたしはそもそも過去を懐かしむタイプではない。過ぎ去りし栄光より、今日飲める金があることのほうが尊い。

 金が普遍的な価値である世のなかに生きているのは幸福なことだ。イデオロギーや愛情を価値とする世のなかなんて窮屈でしょうがない。イデオロギーや愛情からはみ出したものは抹殺されてしまうからだ。

 そんなことを考えながら飲み続け、シメの麻婆麺を食べるころには、家族連れはいなくなっていた。

 すっかりできあがって店を出た。少し離れた街灯の下に、娘が立っていた。

 娘が、困ったような表情をわたしに向けた。

 突然、雨が降り出した。

 わたしは娘に駆け寄り手をとった。すると、ふわり、宙に浮かんだ。わたしたちは雨に濡れながら抱き合い、くるくる回った。

 いつの間にか、空高く昇っていた。わたしと娘は雲の上に腰かけ、歌った。もう雨に濡れる心配はない。

2020年12月1日公開

© 2020 齋藤雅彦

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