人間は見えない部分を補完しようとする。見えない部分を美化するのを理想化という。

齋藤雅彦

小説

2,012文字

──生放送でお送りしています。ミツタタツミのレディオショー……匿名性の高低によって人間の大胆さは決定される。田舎になればなるほど匿名性は下がるし、都会になればなるほど匿名性は上がる。都会人にはぴんと来ないだろうが、都会に住んでたって自分の地元でははめは外せないだろう。それと同じ。したがって田舎の人のノリが悪いのは当然……男性はともかく女性のゆきずりの恋には匿名性が不可欠。匿名性の高い所といえば東京。大都会ならモテない男にも勝機あり。六本木に行け! 地方都市で遊んでいるのは金の無駄だ! ラブホテルの場所にうとかったらビジネスホテルでダブルかツインの部屋を二人分でとること。そしてナンパにレッツゴーだ!

 駅構内をぶらぶら歩くうち、少し目が覚めてきた。歩くという運動が脳を刺激したのか、前方からやってきた大人っぽい感じのスタイルのいい女子高生が脳を刺激したのか。水色のブラウスを押し上げる丸いふくらみ。都会はいい。ぼんやり歩いていてもなにかがある。田舎は何もない。だいいち徒歩じゃどこにも行けない。ぼんやり車を運転していたら事故を起こす。田舎は人に優しくない。

 コーヒーショップに入る。小銭と文庫本があれば冷房の効いた洒落たスペースでいくらでも過ごせる。

「いらっしゃいませ」

「アイスティー、Mサイズ」

「お久しぶりですね。お仕事お忙しいんですか?」

「いや、暇を持て余してるよ」

「優雅ですね」

「よく言われる」

「人生の目標ってあるんですか?」

「あるよ」

「どんな」

「君とデートすること」

「壮大な目標ですね。お待たせしました。アイスティーです」

 清楚な見た目で、気のきいた店員。昼と夜で、口紅を使い分ける。都会の。

 文庫本を開く。ミツタタツミのエッセイだ。

 総合的なスキルが求められる分野において、高学歴なのに仕事ができない人をちらほら見かける。頭がいいのになぜ仕事ができないのだろう。知識のつめ込みすぎで容量が足りなくなっているのかと考えたこともあるが容量が足りなくなったら生きていかれないだろう。さて、暇なわたくしはこうした人をしばらく観察して仕事ができない理由がだいたいわかったのだった。彼ら彼女らは常に脳全体を使ってしまうため要領よくものごとを処理できないのだ。結果、パニックを起こしやすいことは言うまでもない。

 無駄な動作をしなくなり、特化させるから自転車に乗れるようになる。脳全体を使っている人は自転車に乗れない状態から抜け出せないのだ。もちろんあまりに特化させてしまうと周囲に対する配慮がなくなってしまうのでよろしくない。また脳の一部だけを使うだけではすぐに疲労してしまい、集中力が持続しない。持続しないだけでなく理論化もできない。脳全体を連携、連動させることが集中と理論化につながる。脳全体を使うことができなければ集中も理論化もない。

 脳の各部位の連携がよく、脳の一部を使ったり全体を使ったりのスイッチングが上手い人がソーシャルスキルの高い人なのだろう。

 余談だが、芸術に対する感受性の高い人は脳の各部位の連携がいいのだそうだ。

 少し離れたテーブルで、若い女性二人が、おっぱいくっつけ大作戦について語っている。おっぱいくっつけ大作戦って何だ。まあ察しはつく。窓の外、都会のぎらつく日差し。孤独で人生に目標のない人種がパチンコ店に吸い込まれてゆく。もうしばらくここにいよう。清楚で美人な店員の立ち居振る舞いを、ちらちら盗み見ながら。

 文庫本から目を上げると、ポロシャツに乳首が浮き彫りになった中年男性が立っている。

「あなたは都会至上主義に陥ってしまっているようだ」

 俺はアイスティーをひと口飲んでからこたえる。

「じゃあ田舎に住んでいる若者の楽しみってなんだ? ショッピングモール行って擬似都会を味わうことだ。結局都会が好きなんじゃないか。擬似じゃ真の満足は得られないよ。ささやかな幸せを守りたいだけ。新しいことを始める度胸がないだけなのに自己欺瞞して田舎が好きだと言っている。それが若者のあるべき姿なのか?」

「本当に好きなのかも」

「本当に好きだったらわざわざ田舎が好きなんて口に出して言わないね。心の底から楽しそうにしている奴なんて一人もいない。行動に移さずに愚痴ばかり。自己客観化ができないから笑いのセンスもない。人を馬鹿にした冷笑しか持たない。仕事に対する意識だってせいぜい中高生が部活動に抱くそれと変わらない。社会の本質がわかってないから身にならない努力をしてひたすら搾取される。とにかく下らない連中だ」

 俺は文庫本に目を戻した。

「あの清楚な感じの店員。有名私立大学の学生だ」

「知ってるよ」

 俺は目を上げずに言った。

「初体験は十八。経験人数は三人。三人目の彼氏は弁護士志望」

「それが何だ」

「あなたを相手にする気はない」

「そんなのわからないだろ」

「わかるね。あなたはフリーターで、都会に住んでもいない」

 布団の中で、都会を夢見るだけの実家暮らしの俺。

2020年11月12日公開

© 2020 齋藤雅彦

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