スフィンクス

齋藤雅彦

小説

1,721文字

KFCに入ると、スフィンクスがいた。 

「ここ数年、夏季うつになる人が増えている。

 理想は高いが理想に追いつけないという若者に多く見られるうつだ。

 夏は、海だ、山だ、フェスだと、レジャー、イベントのシーズン。 

 友とたわむれ、異性とよろしくやっているイケてる奴を目の当たりにすることで落ち込み、脳への血流が低下し、無気力となり、病に至る。

 ほとんどは一過性のものだから親御さんもそんなに心配する必要はない。

 主な症状として、ため息をつきながら、自分がいかに自分を嫌っているかを日記にしたためたり、ポエムにしたりする。近年では、SNSでリアルが充実している同世代のタレントに噛みつくなどといったパターンも見受けられる」

 僕はコーラを二つ購入し、緊張しながら一つをスフィンクスに差し出した。

「よかったらどうぞ。あの、ちょっとだけお話いいですか。僕、ファンなんです」

 スフィンクスは語りを中断して、僕を見上げた。感情移入を拒絶する、爬虫類のような目だった。

「オッケー」

 安堵して、スフィンクスの前に腰かけた。まずは自己紹介だ。

「僕、バックパッカーをしてまして」

「きっかけは」

「あ、はい。婚約者にふられて。それで、傷心旅行でインドに行ってから一人旅の面白さに目覚めて、いまに至ります」

 思わぬ質問に少しうつむき、こたえた。

「ふられた傷は癒えたのかね」

「まだ、癒えません。彼女は僕と別れてからすぐ、大手のアパレルメーカーの社長と結婚したんです。おそらく、二股をかけていたんでしょう。僕は、雄として負けたんです」

「恋愛は相性の問題だ。勝者はいない」

「金持ちについて行く女は? 相性で説明できますか?」

「金になびく女は金が好きな男と相性がいいだけだ。多様性に富んだ世のなか、女はみんなこんなものなんて早まった一般化ですますのはもったいない。やさぐれてはいけない」

「スフィンクスさんはネガティブなことしか言わないと思ってました」

「ネガティブなことを言うのは未来をポジティブにしたいからだ。現実に目を向けることなくポジティブな言葉を発信しているだけでは何も始まらない。それは単なる祈りでしかない。希望的観測で未来をひらくことはできない。祈りで人を救うことは不可能だ。汝、気休めにすがることなかれ」

 スフィンクスは閉店まで話し続けた。以下は僕がざっとメモしておいたスフィンクス語録だ。

 

 圧倒的な差を見せつけなければ、無知な人間は納得しない。

 

 結局、先天的なものと過去は受け容れるしかない。変えらないのだから。

 

 人の立場や心に対する想像力のない者の笑顔は空虚である。

 

 男らしさ、女らしさより、人格を磨くべきだ。もっとも、人格者になれる素質があればの話だが。

 

 生がプログラムなのではない。死がプログラムなのだ。

 

 生物としての成功は、子孫を残すことだ。社会的な成功とは別ものと考えたほうがいい。世のなかカスばかりだとしたら、カスこそが勝利者なのだ。

 

 みなさんのおかげなんて言葉は誰からも文句を言われない立場になってから出てくるものだ。

 

 ひとの気持ちが想像できる人間は他者をコントロールしようとしたりしない。

 

 世のなかのルールを学び始めた子どもほどルールを守る。ルールに忠実な者は要するに子どもなのだ。

 

 共感のしすぎは公平なジャッジメントのさまたげとなる。愛も憎しみも論理的にものごとを考える能力を失わせてしまうという点において差はない。だから争いはなくならない。

 

 自分に歯向かってくる人間を殺すのは、罪のない動物を殺すより簡単である。

 

 肉がミルク臭いのではない。ミルクが肉臭いのだ。論理的な思考ができないということは、順を追って考えることができないということだ。

 

 貯金が多い人の話より、借金が多い人の話のほうが面白い。

 

 野性は捨ててもよいが、野生を捨ててはならない。

 

 弱い人間ほど傷つきを恐れる。ゆえに弱い人間に非を認めさせることは不可能である。非を認めた時点で弱い人間は、発狂するか死を選ぶだろう。

 

 自転車のカゴは、大きいほうが便利。

2020年11月12日公開

© 2020 齋藤雅彦

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