飛鳥時代

齋藤雅彦

小説

1,138文字

言葉は万能ではない。言葉によらないコミュニケーション力がなければ子育てはできない。乳幼児とのコミュニケーションはノンバーバルコミュニケーションだからだ。

 人は見た目や態度に左右されるようにできている。なぜならまず見た目や態度ありきだからである。もし言語を獲得した我々の祖先がいちいち言葉を待っているような性質だったら今日の繁栄はなかっただろう。言語の獲得が人間化だと考えてられているが、言語なんてものはおまけにすぎないのだ。

 チンパンジーは他者の気持ちを想像することができないそうだ。人は他者の気持ちを想像することができる。察する能力のない人間はチンパンジー型の脳なのだろう。

 他者の心が想像できない者に自己客観化はできない。

 チンパンジーはカメラアイがあるそうだ。人間は想像力で補えるからカメラアイを失った。持っている人もまれにいるが。いや、カメラアイを失ったから想像力で補うようになったのかもしれんが。

 といったことを友だちと話しながら駅の階段を降りてたらスマホを落としてしまった。おそるおそる拾い上げると、蜘蛛の巣状のひびが全面に入っていた。スマホケースを着けろとさんざんお母さんに言われていたのにケチって買わないでいたらこのざまだ。

 帰宅したわたしはお母さんに正直に話した。怒るかと思ったが幸い機嫌がよく、修理代が欲しいと言うと、これで足りるかしらと一万円渡してくれた。

「足りると思う」

 もちろんあらかじめ、相場を調べていた。十分すぎる額だった。

 わたしはさっそくデパートの修理専門店に行って見積もりを出してもらった。一万円で税別だと言う。しかも立て込んでいて五時間待ち。かつ閉店までに修理できるかどうか約束できない。うそーん。お金はぎりぎりあるがほかさがそ。最寄りの修理店を検索したら一軒あった。価格も出ている。全然安かった。場所がわかりにくかったので電話してきいた。駅からは遠かったが、そういうものだ。ついでに修理時間もきいた。三十分でできると言った。

 さびれた雑居ビル。なんかちょっと怖い感じだなと思いつつせまい階段を上がると、重厚そうな鉄製のドアに看板が表示されていた。ドアを開けると、電話に出た人らしき人のよさそうなおじさんが一人、暇そうにしていた。わたしは修理代をきいた。税込み六千円だった。学割もあって四千円になった。今月はリッチに過ごせるなあとほくほくした。

 スマホを受け取り、唐揚げが美味しいと評判の店で唐揚げを買い、駅のベンチで袋を開けた。かぐわしい香りが広がった。わたしは唐揚げの香りを楽しみつつスマホのホームボタンを押した。

 とたん、重力を失ったような感じを覚えたかと思うと、わたしは飛鳥時代にタイムスリップしていた。

 でも唐揚げはまだ温かかった。とりあえずよかった。

2020年11月16日公開

© 2020 齋藤雅彦

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