鬼っ娘

齋藤雅彦

小説

3,817文字

脳がある程度発達した生きものは、結果よりもプロセスを重視するようにできている。まずプロセスありきで動かなければ、いつまで経っても自立できないからだ。親が運んでくる結果(餌)にいつまでも頼っているわけにはいかない。野生下において自立できないということは、死を意味する。

 まずプロセスありきということは、結果はあとからついてくるのが常ということだ。だから考えるよりまず行動なんて自己啓発的なブログには書いてある。プロセスばかり気にして業務を煩雑にしている古参の社員がどこの会社にもいるが、あれはプロセス重視本能の暴走によるものだろう。労力に見合った結果など出ないのに。いや、本人にとってのみの結果は出ているのか。たいがい自己欺瞞して気づいていないが、会社のためではなく、周囲に対する権威づけのためにやっているのだから。

 とにかく、行動して報酬を得ることに喜びをおぼえるのが脳の発達した生きもののスタンダードなのだ。だから何もしないで報酬が得られる状態が続くと、精神が崩壊する。逆に苦労した結果それに見合う報酬が得られた者は、おはよ。

 顔を上げると、彼女がいた。白のカットソーにネイビーブルーの膝下のスカート。シンプルな装いが、細身で背の高い彼女に映える。

 そうだ俺は、デートの待ち合わせをしていたのだった。

「遅くなってごめんね」

 静かに椅子を引き、彼女は腰かけた。冷房の風に乗って、洗剤だか柔軟剤だかボディクリームの香りだかがふわり。彼女がテーブルに手を置く。意外な色のマニキュア。

「ゴールドなんてゴージャスだね」

 爪に視線を落としてから彼女は、「きれいに塗装してあるでしょ?」と言って笑みを浮かべた。そのまま宣伝ポスターに使えそうな感じ。

「塗装って表現、おかしくないか」

「おかしいの? もうこっちに三年もいるのに、変な言葉つかってたなんてショック」

「そんな話初耳だよ。帰国子女?」

「そんなとこ。ハーフなの。お母さんが日本人」

「出身は?」

「地獄」

「じゃあ、お父さんは地獄人?」

「違う。お父さんは、鬼」

「それは日本人とのハーフというより、人間とのハーフだな」

「人間と鬼のハーフでも愛してくれる?」

「ご飯にはおかずを持ってこないと、ご飯のおともにご飯はおかしいだろ。似た者同士のカップルはご飯とご飯みたいなものだ。君と僕は、ご飯とおかずさ」

「よくわからないけど嬉しい」

「仕事は見つかった?」

「何したらいいかまだよくわからなくて」

「ルックスをいかした仕事をさがすといい。……そろそろ行こう」

 並んで歩き始める。美しい彼女に視線が集まる。肩を抱いて引き寄せる。

    

 

 

 久しぶりに会った彼女の髪色はピンクだった。最後に会ったときは、たしか赤だった。彼女はコスプレイヤーになった。

 地方の深夜番組に出たりしていた時期もあり、その世界ではまあまあのランクだったようだが、現在の収入はもっぱらガールズバーのバイトによるものだそうだ。彼女に魅力がなくなってしまったからではなく、コスプレに対する熱量が半分くらいに減ってしまったからだとか。

 コスプレにそそいでいた情熱の半分はどこに向かったのかというと、彼氏に向かったようだ。俺のことではない。いまの彼氏は彼女の四つ下の二一歳。メジャーデビューを目指しているバンドのボーカル。年上の女性とつき合う夢を追う男のご多分にもれず、無職である。つまりヒモなのだ。一度彼氏のバンドのライブに無理やり連れて行かれたことがあった。俺も趣味で音楽をやっているのだが、はっきり言ってクソだった。女に養ってもらっているような男が社会的に成功することはないとパッコリーが言っているが、その典型とみなしてよい。

「どこかでゆっくりお茶でも飲まないか?」

「ごめん。これから撮影会なの」

 受け取った金をクラッチバッグにしまうと彼女は、「必ず返すね」と伏し目がちに言ってそそくさと去った。

    

 

 

 精神のバランスを維持するには、適度な傷つきが不可欠である。ゆえに恵まれた環境で育った傷つき経験にとぼしい者は、他者の傷つきを取り入れようとする。お金持ちのお坊ちゃま、お嬢様が社会運動に目覚めたりするのはそのためだ。

 と、こんなことを考えながらお嬢様ディレクターが撮ったホームレスのドキュメンタリーを見ていると、インターホンが鳴った。彼女だった。ロックを解除し、エレベーターまで迎えに行った。 

 服を脱ぎながら、「シャワー浴びたい」と彼女が言った。俺は彼女が浴室に向かおうとするのをさえぎり、ソファーに押し倒した。

 バンドマンの彼氏は、実家の会社を継いだのだそうだ。彼女はプロポーズされたが、躊躇なく断り、別れた。音楽が、お坊ちゃまの道楽だったと知って、冷めてしまったからだそうだ。

 女優は男っぽいほうが、俳優は女っぽいほうが向いていると言われる。

 人間の特性、思考パターン、行動パターンはすべて、男性的であるか、女性的であるかに還元される。

 女性アイドルは男性脳に近く、女性アイドルのファンの男性は女性脳に近い。逆に女性アイドルのファンの女性は男性脳に近い。

 男性アイドルは女性脳に近く、男性アイドルのファンの女性は男性脳に近い。

 ヤンキーの男性の脳は女性脳に近い。見た目を飾りたい、群れたいという女性性を持たぬ者はヤンキーにはなれない。ニューハーフに元ヤンが多いのは、女性性を否定し、男性性を追求した適応のためであると説明する研究者が多いが、自らの特性をいかした結果と解釈すべきである。

 研究者の男性の脳は言うまでもなく男性脳である。

 男性度、女性度のレベルの高低で人生は決まる。

 彼女は地下アイドルになった。芸名は、しょっつる鶴子。ネーミングの由来は、しょっつるが好きだから。以下は、彼女をフロントマンとしたグループの、デビューシングルの歌詞である。

 

 

For War

 歌手:鬼っ娘くらぶ

 作詞:しょっつる鶴子

 作曲:ミツタタツミ

女は愛する息子を失いたくないから女の政治家の数が増えれば戦争はなくなる

的なことがむかしから言われてるけど

果たしてそうなのかしら

息子は行かせなくてもダンナだったら行かせるんじゃない?

そりゃダンナも誰かの息子ではあるけどね

男ほど好戦的な女はまずいないから戦争に意識が向くことはない

そうおっしゃるあなた

こんなケースだったらどう?

ダンナが戦争に行けば

国から手厚い保護を受けることができる

子どもの学校教育にかかる費用も全部負担してくれる

それでも戦争に行かせない?

行かせない

行かせない

行かせないと思う

じゃあ一家食うや食わずの毎日を送ってたら?

ダンナが戦争に行けば

子どもも自分も美味しいものがたらふく食べられる

行かせちゃうかな

行かせちゃうでしょ

戦争賛成

For War

そのせいでどこかの国の人たちが犠牲になるわけだけど

そんなの知らない

どうでもいい

For War

For War

実際兵士になれば自分の身分関係なしに出世できるし

子どもを大学にやることも福利厚生も得られて退役後の補償もあるからとか

優秀でも就職できないからって理由で

軍隊に入る女がたくさんいるんだよね

どこの国?

行っちゃおうかな

For War

For War

For War

For War

結局狭い世界観信念の弱さがそもそもの問題なの

行っちゃうよ

イっちゃうよ

イっちゃうイっちゃうイっちゃうよ

イクイクー!

 

 

 

 歌唱、ダンスのクオリティは低かったが、彼女にはビジネスの才能があった。アイドルとしての活動と同時に、専門学校の舞台演劇科からスカウトした女子学生をミュージカル集団としてプロデュースするなどして、ひと財産築くと、一線から退き、本格的な事務所を立ち上げ、軌道に乗ると所属タレントごと売却し、税理士と結婚した。夢を追っている男が好きなんじゃなかったのかときくと、彼にもそれなりの夢はある。それにエンタメ業界のくだらなさが身に染みてわかったからもうミュージシャンとかそういうのはいいのだとこたえた。

 半年後、税理士と離婚したとLINEが来た。

 時間は宇宙の誕生とともに始まった。

 つまり時間とは老化である。 

 ゆえに人生とは、イコール時間である。

 時は金なりという言葉があるが、金のために時を奪われるのは、人生を奪われるのと同義である。

 と、自分に言いきかせ、俺は会社を休んだ。

 早朝、彼女がふらっと訪ねてきたからだ。

「初めて会ったときのこと覚えてるか?」

「覚えてない」

 毛布を引っ張り上げながら彼女はこたえた。

「不思議だな。俺もだ」

「わたしたちやっぱり相性がいいのね」

 俺は黙って天井を見た。

「わたしね、嘘ついてたの」

 そう言って彼女は俺におおいかぶさり、続けた。

「バンドマンの彼氏も、税理士のダンナも、別れたんじゃないの」

……食っちまったんだろ」

「ピンポーン」

「ファンも食ったのか」

「ファンに手は出さない」

「俺も、食うのか?」

「食べるわけないでしょ」

 とくに自尊心をくすぐられることはなかった。俺はきっと、ペットみたいな位置づけなのだろう。ペットを食べるのは心理的抵抗がある。

 女は自分をわかってくれたうえで可愛いって思ってほしいわけ。自分の願望を投影して可愛いって思われても気持ち悪いだけ。

 死語を平気で使ってる人は、人の気持ちや立場が想像できないタイプ。

 男性ホルモンの影響は右側に出るんだって。

 彼女の口から、とりとめもない話が、あとからあとから出てくる。俺は適当にあいづちを打つ。

2020年11月17日公開

© 2020 齋藤雅彦

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