つまらない男

齋藤雅彦

小説

1,194文字

 リストラされた。厳密には、退職をうながされ、承諾した。理由は、コミュニケーション能力が低いからだと。住んでいるのは会社名義のアパートなので、すぐに出て行かなきゃならない。だがしかし、貯えなどない。この先どうすればいいのだろうか。

 俺は人をリラックスさせ、話をきき出すことのできるのがコミュニケーション能力だと思っていたのだが、どうも日本人の認識は違うようだ。日本人の考えるコミュニケーション能力とは、所属している集団に対して、阿諛追従、付和雷同することを指すらしい。

 くよくよしてもしょうがない。どうせ単調な毎日に飽き飽きしていたのだ。同じことの繰り返しは何もしてないのと一緒だと死んだ祖父がよく言っていた。これでまた新しいことが始められると思ったらわくわくするじゃないか。

 しねーっつーの。

 若い女の声。布団から起き上がると足元に、悪魔があぐらをかいて座ってた。

 なに黙ってんの? びっくりしちゃった?

 いや、俺の心が読めるんだと思ったものだから。

 ずっとぶつぶつ言ってたよ。そんなことよりさあ、あんた、くやしくないの? はめられたんだよ。

 あんな阿呆の告げ口を、会社が真に受けたのは想定外だったよ。中国人だってことで偏見持たれてたことに気がつかなかった俺が甘かった。

 仕返しするなら手伝うけど。

 やられてもやり返さない。やり返したらそいつと同じになってしまう。

 嫌いな奴と同じことをしたら嫌いな奴と同類ってことになる。だから嫌いな奴の真似はしないみたいな?

 そんなとこだ。

 あんたを嫌っている奴を嫌う時点でそいつと同じになってない?

 告げ口は障害の表れ。アンノーマルを本気で相手にする気はない。向こうが俺を嫌っている以上には嫌ってない。

 障害とノーマルを分けるラインは?

 俺って、わたしって、馬鹿だなあ。馬鹿なことしちゃったなあって思えるかどうかだ。

 あんた、もやもやすることってないの?

 ない。

 そう。お役に立てそうだと思って来たのに残念だわ。それじゃ。

 待ってくれ。

 やっぱり仕返ししとく?

 外で一杯やらないか。

 悪魔は俺をじっと見つめてから立ち上がり、もっと楽しいことしましょ、と言った。

 気づいたら朝だった。目を閉じたら眠ってしまいそうだ。悪魔はまだ足りないようだった。

 お金が入用だったら都合してあげるわ。そのかわり、あなたが死んだら魂はわたしがいただくことになるけど。

 金なら自分で何とかするよ。

 一生かかってもつかい切れないくらい出せるのよ。お金がなくちゃハッピーになれないでしょ。

 金イコール幸せだったら、原始時代の人類は幸せを感じることはなかったということになる。幸福感は本能に組み込まれているものだ。

 いま原始時代じゃないから。

 そりゃ金があることで幸福感が得られるのは否定しないが、たくさんあったほうがいいなんてのは情報に踊らされているだけだ。

 つまらない男ね……帰るわ。さよなら。

 そう言うと悪魔は、俺の頬にキスをして、消えた。

2020年11月11日公開

© 2020 齋藤雅彦

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