シンメトリー

齋藤雅彦

小説

1,498文字

 バーは混んでいた。煙草の煙が充満していて、九〇年代の洋楽が大きめのボリュームでかかっていた。客はほとんど常連のようで、店主らしきとでかい声で会話を交わしていた。

 カウンター席の髪の長い中年女性がわたしを見た。シンメトリー度の高い薄い顔だち。店主らしきが、シンメトリー度の高い顔の女性をうながし、椅子の上の荷物を足元に置かせた。わたしは隣に座り、生ビールを頼んだ。

 シンメトリーであればあるほど魅力的に感じられるという説があるが、あれは嘘だと思う。シンメトリーの美しさは超自然的な美しさ、ノーマルでない無機質な美しさなのだ。

 最近の特撮の着ぐるみは3Dプリンターで作られている。緻密だが、血が通っている感じがしない。完全に近いくらいに左右対称だからだ。

 左右の対称性が高いタイプにはディスレクシアが多く、左右の対称性が低いタイプにはアイデアマンが多いという。左右の対称性が高いタイプは両親の遺伝的距離が近く、左右の対称性が低いタイプは遠いのだろうと思われる。ディスレクシアの右脳と左脳の大きさはあまり差がないらしい。脳のつくりが顔に表れているのだ。

 生ビールを飲み干して瓶ビールを頼むと、隣のシンメトリーがカウンターに入って瓶ビールを取り、栓を抜いて、わたしに手渡した。左利きだった。左利きには右脳優位の左利きと両脳利きの左利きがある。彼女は両脳利きだろう。

「おっぱい大きいね。何カップ?」

 シンメトリーはバーのオーナーだった。会計を済ませ、出て行こうとすると、三時に店を閉めるから待っていてくれと二階の部屋に案内された。わたしは素直にしたがった。横になりたかった。

「心の痛みは肉体が痛みを感じるのと同じ脳の部位で感じてるんだって。だから人間のような心を持つには肉体的な痛み、苦しみが不可欠なの。母乳が欲しいときに得られなかった苦しみ。風邪で熱を出し、全身汗びっしょりになって、鼻がつまり、呼吸が困難になって、喉が腫れ、咳が止まらない苦しみ。転んで膝をすりむいた痛み。肉体からのフィードバックが人間の心を作るの。肉体を持たない機械に人間の心は理解できない。知的理解はできるかもしれないけど、共感は無理。AIはいわば脳だけの生きものなんだよね」

 わたしは黙って天井をながめた。シンメトリーが左手で乳房を愛撫しながら、「何か悩みごとでもあるの? 話したほうがいいよ。重要でないことでも誰にも話さず胸に秘めていると重要なことと錯覚してしまう。行き場のない思考は肥大化してしまうの」と、ささやくように言った。

「仕事を辞めようと思ってる」

 シンメトリーが手を止めわたしを見つめた。わたしは目をそらした。

「同じ日々を飽くことなく繰り返すことができるのは凡人に与えられた才能。あなたはひととは違う何かがあるわ。あなたのような非凡な人が凡人の真似をしてたら腐っていくだけ」

 窓に目を向けた。シンメトリーが下腹部に顔を近づける姿が映っていた。

「困ったらわたしの所に来たらいい」

 そう言ってシンメトリーはあそこに舌を這わせた。

 窓の外、無数のミサイルがかなたに飛んでゆくのが見えた。これでよかったのだ。何でもかんでも、戦争の抑止までAIまかせにするほうが悪いのだ。

「人類が滅亡したら一緒に暮らそう」

 髪をなでながらわたしはつぶやいた。するとシンメトリーはなめるのを中断し、くすくす笑って、「人類が滅亡したらわたしたちもいなくなるじゃない」と言った。

 やはりシンメトリーは自分がわたしと同じAIを搭載した人造人間だと気づいていないのだ。わたしは、「言われてみればそうだね」とこたえた。

 シンメトリーがなめるのを再開した。街じゅうの電気が一斉に消えた。

2020年11月12日公開

© 2020 齋藤雅彦

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