第58章

根津權現裏(第59話)

焚書刊行会

小説

2,374文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 わずかにつむるようにしてとおってきてから、ふとまたわたしこころほうへのぼってきたのは、かれが、わたしたちいっしよづきみにいってきてからもなく、にいたふさじよちゆうかれは、ひそかあいびきしたとうのも、ごんげんけいだいだったとうことだった。そうおもうと、かれふさったとうことは、さびしいかれしようがいって、それがもっとぶかごとだったとうことがかんがえられてきた。ところでかれは、はじめてにしたこいをも、こんぶんからすすんできやくして、ひとさびしくなくなっていったのだとおもうと、わたしはまたひとりでになみだぐましくなってきた。
 かれはそうして、ぶんからすすんでいったんきやくしてみたものの、いよいよこうとするさいには、またこいたいして、なんらかのれんおぼえなかったものだろうか。そううこともまたかんがえられてきた。
 もうかれは、こんけんするとうことは、ぶんせいしんやぶいていたとうもどうぜんだったから、そうかんねんてんでかれあたまにのぼってこなかったかもれない。それともかれは、さいわたしのところからかえときなどは、げんこうともにへいぜいかれと、すんぶんちがってはいなかったから、かれがいよいよ、のちに、みやのところへけてくまでに、一かれこころよみがえってくるようなことはなかっただろうか。──くらわすれたようになっていたとはじようちようそれは、くらきようしていても、どうかしたはずみに、どうわすれすることがあるのとどうように、それまでにかれこころにのぼってくるようなことはなかっただろうか。
 そんなことをおもいみてみると、しまいにわたしには、かれは一あのかぜかるるふんのようになって、ふさのところへいていって、それとなくえいけつりをしんでいるこうけいがはっきりについてきた。──かれは、ちるのをちくらしていて、でんとうのともるのをきっかけに、しのびやかにづきたずねていったとする。するとにいたふさかれいまそうったけんちのうえだとうことはつゆらずに、ただかいてきって、かれを二かいほうあんないしてったことだろう。そして、びもすがりたいほどにうれしさもうれしいが、どうに、あしにしてやってもなおきたりないうらみつらみにられて、ときろくろくくちもきかずにそっぽうをいていたことだろう。そうなるとおかかたなくなって、ぶんさきごろてんきよしたゆうや、便たよりもおこたっていたことなどを、それらしくこしらえごとにかこつけて、ていくあやまってみたものだとする。あやまられてみると、いまさらこいしさなつかしさがむねをついてきあがってくるはんめんには、しゆうねんぶかをおろしているうらみからきたふくしゆうしんが、おかがそうしてことかさねればかさねるほど、なおとかさにかかってきて、さんざんいやならべたことだろう。
「だっていじゃないの。わたしなにも、きらわれたひとになんぞ、あやまってもらわなくたっていのよ。どうでわたしは、おかめでで、てんでとりのないやくざものなんですから……」とうようないやのありったけをれんぱつしたことだろう。すると、おかおかで、
「だからぼくはあやまってるじゃないか。いままでのことは、みなぼくわるかったとって……」と、かれのことだから、こころとともにこえをもふるわしてこうったことだろう。
「いいえ、どういたしまして。あなたはちっともわるかないのよ。わるいのはわたしよ。わたしだから、さんざんまされちゃってさ、しろくろするようなったのよ。だが、それもこれもみんなんじゃったんじゃないこと。だからもういのよ。あたしたちも、まだらなかったときのように、もともとどおりになりましょうよ。──あなたはどうだからないが、あたしはもうなのよ。」とったふうに、けんもほろろのあいさつでもって、てんであいにもなろうとはしなかったことだろう。
 ところで、これがおかになると、それは宿やどてきたときから、そうしなかったことでもないだけに、かのおんながんぜんにしているあいだは、おどろきはあんがいうすかっただろう。かれきっこころうちでは、
なんでい。またおかぶはじめやがったなあ。いやならしやがれ。おれもこれっきりわねえからそうおもえ。」とおもったことだろう。そして、よるはみごとちをあいゆずって、さびしくてきたことだろうが、いけないのはそれからだ。そうだ、いけないのはそれからだ。
 いったんはそうおもってそとたものの、てみるとだいかんじようだけに、きっぶんっているさいひとにも、こんはまたあらためてむこうからてられてしまったのだとおもって、いまさらしがたいあわれさをつうかんしたことだろう。そして、ときまたかれは、ぶんこころ宿やどしかけていたかげをはっきりさせてきたことだろう。とうようなことが、ともなければならないことであり、それだけにまた、それがじつおこなわれていたことのようにおもわれてきた。──かなしいことだが、そういうことがでまたわたしおもわれてきた。
 それから、そのかれ宿やどかえりついて、で一あかして、よくじつわたしがあれほどかたきんじていたみやのところへけてくまでのこころち。それから、かれみやってったことや、かたったこと。それから、ほんばしてっぽうえば、それはかなまるじゆうほうてんのことだろう。へピストルをいにって、つづきのさからことわられてきて、こんちゆうおうほんせんせんびこんでれきくわだてたところをみやはっけんされて、きもどされたうえのうびよういんれられることになったこと。それから、しんひそかびようしつけだして、便べんじよするようになったまでのことが、まるでじよろうでもたぐるように、はたしてなくそれからそれとおもわれてきた。そして、またなになくをあげてると、あやうわたしは、ぶん宿やどほうよこちよういりぐちを、すんでのことにとおりすぎようとしているのだった。
 で、わたしはそれとづくと、まがって、ようようのことでぶん宿やどかえってきた。

2020年11月11日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第59話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

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