第57章

根津權現裏(第58話)

焚書刊行会

小説

3,468文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 で、いっぽうぜんびよういんや、ばかりとくかいぎようほうは、そうったじようためないとなればかたがない。そうしたらこんひろくとっても、なにもこれをぜんこくもとめなくともい。ぢかなところとうきようないごうだけをおとなうて、ぶんびようじようき、おうぶんしやきんあいがんしてみなかったのだろう。しも、それがれられなかったあいにはばんむをない。こんわたしたちさいのこされているゆいいつしゆだんるのだ。つまりそれは、ぬすみをすることだ。るだけそれを、みたるものうちむかっておこなうのだ。しもそうくものならいったんあいがんしてみて、きよぜつされたるうちむかっておこなうことがたら、どんなににくであり、それだけにまたどんなにつうかいだかれない。そして、こんせっしゆしてきたかねでもってもっとしんようあるせんもんびよういんはいって、だいばんじやくのようにこしをおろして、おもむろりようするのだ。かなしいことだが、わたしせいも、そうなったあいには、わたしたちだけには、かみにおいてゆるさるべきものだとおもう。そうじゃなかろうか。
 わたしたちすでに、これをいくびよういんかいぎよういてもとめてもあたえられないのだ。そのうえわたしたちは、ってみればてんごういてこれをもとめてみたのだが、なおあたえられないのだ。あいだにもわたしたちびようせいは、こくこくしんこうしてきているのだ。そして、それはすんはやりようよろしきをなければ、はいしつとなり、いては一めいにもかかわろうとうものなのだ。きゆうそんぼうあきさいし、ぶんすくまえには、わたし憎にくむべきせいも、わたしたちだけにはとうぜんゆるさるべきものだとおもう。えば、すでには、あいもなければなみだれはてているのだ。そうったけんむかって、もっとこうためしにっているわたしたちが、──とくしつわたしたちせいにもかかわろうとあいあたって、なおわたしたちのみがせいきらって、せいどうにつかなければならないとうような、そんなろんなことがあろうか。はたして、わたしたちこうが、いまれられないものなら、ときいさぎよめにつこうではないか。──わたしたちいっぽうには、ぶん宿しゆくしつぜんしていて、あまりにおいてめににんじようではないか。わたしは、それをもなさずに、しっぺいゆえに、しくはまずしさのために、いのちおとしてしまったおかうらまれてくる。とったら、かれきっこうってくるだろう。──
「そりゃぼくかんがえないことはなかった。だがしかし、そううことはぼくりようしんゆるさないんだ。──きみいまったとおり、ばかりうつくしいぜんびよういんかいぎようほうは、ぼくたちゆるさないのとどうように、てんなんとしてもぼくりようしんゆるさないんだ。だからぼくは、それもこれもりぬいいながら、ひとぼくぼくかなしいうんめいうて、についてきたんだ。がきみきたいのは、ではきみはそれをえてすることがるのか。」とってくれることだろう。ときわたしは、なおせつしゆして、かれはんたいすることがるだろうか。それはあるいはるかもれない。ぶんくちでは、かれびんしようしたうえで、
ろんぼくならばする。きっやってせよう。もっとぶんあいするぶんいのちためにこれをするのだ。それがなくてどうするものか。」とみごとにっては退けるだろうが、いざこれをじっこうするになると、わたしかれおなじように、しがたさをおもうて、つうたんするよりほかはないだろう。なんあわれさ、なんかなしさだろう。
 わたしたちっている宿しゆくしつは、かねさえあればすることのるものなのだ。ところで、まずしいげんざいわたしたちがそれでいてなおりようこうじようとするのは、ってさかなもとめるようなものだ。ただひとのこされているさいしゆだんなるものも、おなじようにわたしたちっているりようしんためさまたげられてけっこうすることがないのだ。なんいんなことだろう。
 わたしたちまずしくうまれつかせられているのだ。うえわたしたちは、おそろしい宿しゆくしつせられて、ためなおるべき宿しゆくしつなおせないで、せいちまたほうこうさせられているのだ。てくるとわたしたちは、すですでに(※げんぶんママ)のろわれてうまれてきているのだ。そして、まずしいものうべきべてのこうこううて、つうやまからたにむかって、あるいているのではない、あるかせられているのだ。もううえは、くらしようしんしても、わたしたちさびしいつうの一辿たどってほかには、をどうさがしても、もうほかくべきみちみちはないのだ。そして、もうすでに、おかみち辿たどりつくしてしまったのだ。
 こうてくるとおそらくはさいにおけるかれには、ただいってきなみだつことはなかっただろう。あったものは、えたつうらみとのろいばかりだっただろう。きっそれに相違ちがいない。における、じよくはくがいとをいっしんうてほろびていったかれには、それはざんにんれいこくなるものしんともうべきごうにのみ、かんこうふくのこされているように、それはあまりにとうぜんぎるほどとうぜんだったに相違ちがいない。とおもってくると、わたしはまたたまらなくなってきた。
 それはほかでもない。かれは、わたしが、かれしかしっかんためなやんでいることにづかなかったことは、かれしんが、もうそれがぶん宿しゆくしつからきているのにづかなかったようにふかわたしとがめはしまい。しかし、そうったふう宿しゆくしつためちなやんでいるかれたいするわたしたいが、かれからればくまでいまけんじんあいへだたるところがなかっただろうから、それをおもうとたまらなくなる。
 わたしとても、まずしさにおいて、また宿しゆくしつくるしんでいるてんにおいては、なんかれえらぶところがないのだ。わたしが、げんかれおなようなにがしるしをめていながら、じつまったくそれとあいはんしたたいたとうことは、どうしたわれからなのだろう。それはかんがえてみるだにおぞましくなる。かれが、こんけんって、わたしのところへやってきたときにおけるわたしたいいては、しばらくとするもい。ただわなければならないのは、かれが三わたしのところへやってきて、わかれてったときのことだ。ところはごんげんうらだった。へきたときかれは、きゆうじよううったえて、わたしきようどうせいかつをするようにとって、あいがんしてきたことがある。ときったわたしたいはどうだっただろう。あれがりにも、かれおなように、ひんびようとになやんでいるものるべきたいだっただろうか。
 なるほど、とうわたしくちにしたところは、だいしやたいしてはもとより、かれたいしても、わたしとしてはすこしもずるところはない。だがしかし、それはくまでそとたいしてうことだ。いっぽうぶんうちなるこころたいしては、とうしんもっとっているぶんうちなるこころたいしては、なんとして、べんかいしたらいのだろう。なるほどそれも、ひっきようするところは、ぶんまずしさのうさからきているのに相違ちがいないが、いまりにわたしゆうがあってこれをすなら、それはあまりにとうぜんなことだ。だが、じつちようこれとはんたいに、わたししんすらもささえかねているなかにあって、なおこれをすところに、ほんとうゆうじようなるものがあるのではなかろうか。わたしに、ほんとうあいえていたなら、わたしはそれがただろうとおもう。それはどんなにわずかなものでもい。また、それがぶんって、どんなにそんなものであろうとも、わたしにそうったこころちがあったら、よろこんでかれいてやることがただろうとおもう。それをかんがえると、わたしはもうはくじつもとにもてないようなちになってきた。よしそうそくなるしゆだんは、くらほどこしたところで、もともと宿しゆくしつためなやんでいるかれを、こんぽんからすくうのみちとしては、なんらのしにもならないことはうまでもないが、しかし、くらそれがしようなものであったにしろ、わたしにそれがたら、さびしながらにかれさいまで、わたしあいしずくれていくぬらしながらめいすることがただろう。ところでそれもこれも、いまではかえらぬくりごとになってしまって、かれまずしさからまずしさへ、れいこくさかられいこくさへほうむってしまったのだ。なんのことはないわたしは、におけるもっとあわれなひとを、ぶんさをもってむなもとふかしつらぬいいて、こんぶんれいこくさをもってかれもととどめをしたようなものだ。とおもいながら、あるいてくると、みぞなにでもつかえているのだろう。ながれてくるあまみずがそれにかれて、ごぼごぼとおとてているのがみみへついてきたので、なになくをあげてみると、ちようごんげんうらになるところだった。だからわたしには、ときって、にもすいせいうすわるきなされてならなかった。やがて、だらだらざかをおりつくすと、もううらもんになるのだが、わたしなにとがめて、まえかいがんしてとおれなくなってきた。

2020年11月10日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第58話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

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