見ると、何時の間に本降りになったのか、脚を亂して降りしきっている雨は、そこここの軒燈を反射して、まるで銀線を立てつらねたようになっていた。私はいきなり、破れ蛇の目を開くとそれを翳して、疲れも何も忘れて、通りの方へ急いででてきた。
出てみると、それでなくとも寂しい此の邊は、今はもう寢鎭っていて、海底のようにひっそりとしていた。其の間を破って聞えるものと云ったら、一高の寄宿舎の方で吠えている、犬の聲位のものだった。私はちょっと目を擧げてみると、行く手には數えられるほどの軒燈が、これもまた眠むそうに瞬きをしていた。
其の時に私は、脈を打つように、私の左の脚が痛んでくるのをはっきり感じた。はっきり感じられてくると、何も今まで、私は王侯貴人の前へ出ていたのではあるまいし、始めから終りまで、凝と正坐しているには當らなかったのだと思ったが、しかし、そう云うことは後の祭だった。だから、其の時には餘計に、私の心持ちは、上から蓋でもされたように暗くなってきた。それと、其の時雨に冷やされてきた夜氣が、私の單衣を通して、一段と身に染みてくるのを覺えた。だから私は、襟を掻きあわそうと思って、胸の方へ目をやると、危く懷中へ入れていた雜誌や辭書が、ずり落ちそうになっていた。それを内の方へ押しこんで、そして、襟を直して、まるで枷づけられた者が、歩くような足取りでもって、私は靜に歩いてきた。
其の中にも、氣になるのは岡田のことだった。──岡田のことを思うと、胸も板張りにされてくるのだ。
岡田の縊死が、發狂の餘になったものだと云うことは、もう疑う餘地がない。そして、其の原因は、彼が宿疾の蓄膿症と、慢性肥厚鼻炎とにあるのだ。彼は貧乏故にそれを怠っていた間に、一方病勢は次第に惡化してきて、ついに彼をして、强度の神經衰弱に陥れてきたのだ。だから彼の頭は其の後其の爲に、あの爆裂彈でも見るような、危險な狀態になっていたのだ。たまたま其處へ、彼の頭へ、宮部の不正事件を白井へ漏洩したことが思いかえされてきたので、それが彼の爲にはまさに點火されたもののようになって、とうとう爆發してしまったのが今度の事件なのだ。それに相違ない。
其處へ持ってきて、飽くまで不幸に生れついていた彼は、若し其の場合彼を引きとって保護を加えてやればやる筈の此の私と云う者が、無知貧窮な點からして、微塵彼の病狀容態如何などに氣づかず、また氣づいたところで、進んでそれが保護の任に當ってやるほどの餘裕を持っていなかったのに祟られて、彼はついに死ななくとも好いのになお死んでいかねばならなかったのだ。今になると私は、微塵宮部を恨もうなどとは思わない。何故と云えば、彼は事件の當時者として、其處には私達第三者の想像すべからざる幾多の猜疑憶測が働いていただろうからだ。丁度それは、自分を失いかけていてもなお、岡田が自分を好くしようと念じていたのと同樣に、彼は極度に、自分を守ることをのみ强いられただろうから無理もないことだ。少くとも私は、「敗軍の將兵を談ずべからず」と云うのと同じ意味において、宮部を恨めた義理ではない。そう云う隙があったら、私は一歩退いて、自分の無知さ加減を鞭うち、自分の無能さ加減を嘲けるのに如くはない。
ただ此處で愚痴を云えば、彼はそれまでに、どうして治療を講じようとはしなかったのだろう。彼が落着いて、自力でもって治療の出來なかったことは分っているが、そうしたら彼は、慈善病院を尋ねるなり、または、篤志な開業醫を見つけるなりしなかったのだろう。とは一應は思うものの、彼にもそう云う痛ましいことは出來なかったのだろう。なるほど世間では、慈善や施療(※無料診療)を看板にしているところはないではない。だがそう云ったところは、先ず診察を受けるにしてからが、かなり煩瑣な手續を踏まなければならない。が今忍んでそれをして、漸くの思いで診察を受けることは出來ても、それはほんの名ばかりで其處には、堪えがたい幾多の侮辱を辱うさせられることを覺悟してかからなければならない。つまり其處には、一回の診察を受ける報償として、自分の人格と云うものを、餘すなく蹂躙されなければならない。だから、これが何らの誇りも持たない人間には、敢えて忍べるかも知れないが、苟くも其處に、幾分の自尊があり、自信を把持している者には、迚も迚も堪えうるところではない。恐らくは彼も、其の痛ましさの前に、不斷に頭の中へ鉛の破片を投入され、蓄積されてくるような苦痛を負い、不斷に薄氷を渡るような不安に驅られながらも、なお敢えてそれをなさなかったのだろう。幾分の經驗があるだけに、私だけにははっきりそれが分ってくる。
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