岡田が精神に異狀のあったものらしいと云うことは、私は曩にも一度岡田の兄から聞かされた。それは、岡田が最後に宮部を尋ねた時がそれらしかったと云うことだった。で、其の時は私も、異議なくそれを全部肯定したものだ。そして、私は其の原因を一に、私が今までも繰返して說いてきた通り、宮部の不德な點から發しているのだとのみ信じていた。──今これを單なる因果關係から云うも、それは宮部の惡徳さから始まっているのだ。相次いで宮部の無理解と、無慈悲さとが岡田を驅って、ついに彼の精神にまで異狀をきたさしめってしまったのだとのみ思っていた。だから私は、今が今まで、宮部のことを完膚なきまでに非難攻撃して措かなかったのだ。
ところで岡田の兄は、其の非難攻撃中は、一言もそれには云いおよばずして、私が丁度それをしおおせて(※やり遂げて)しまうと同時に、さもさも(※然も然も。いかにも)其の時のようやく思いついたもののようにこう云うのだから、私も不意を衝かれて、云わば度膽を拔かれてしまったのだ。正直なところ私はそれを耳にしながらも、はなの中は、更に心の動くのを覺えなかった。だが、それを聞きおわると、私の心内に突然一種の疑念が生じてきた。──はな耳を通して入ってきた岡田の兄の言葉が、もう暫くすると、私の頭の中へ集まってきた。かと思うと突然爆發してきて、見るみる中に、私の頭を燒いてしまったのだ。そして、其の燒け跡の灰の中から出てきたものと云うのが、即ち一種の疑念なのだ。
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