第46章

根津權現裏(第47話)

焚書刊行会

小説

2,540文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 つぎおかがやってきたのは、なかにちいてからだった。
 わたしつぎにちかれかげかたちせなかったから、どうしたのかとおもってあんじていた。そして、これはきっおかになって、ごとくちつけてあるくのだろう。それにちがいない。そうまでもあいなく、がみなどをあいに、なみだをこぼしてあるくやつがあるものか。きっそうだ。それにちがいないとおもっていたのだ。すると、よくじつだ。──あさの十ごろだっただろう。わたしのところへやってきたのはいが、またれいってれいごとく、おとこふくしゆうなのだ。ろんそれを、わたしとこなかはいってやることも、れいってれいごとしとったふうなのだ。
 わたしときいくぶんおどろきはしたものの、しかし、ぶんへいぜいそむくようなことはなかった。つまり、「ならうよりれろ」とうたとえどおり、わたしぜんれてきたのだろう。わたしたちあがるとつくえまえへきて、みさしの「ぶんしようかい」をりあげて、それへとおしたり、または煙草たばこをのんだりして、おかきやむのをっていた。
 やがてもののじっぷんもすると、れいってれいごとく、ぜんかれごえうすれてきたから、
「おい、しようだから、くことだけはしてくれ。だいあさっぱらから、えんでもないじゃないか。それともきみは、かなきゃめしがうまくないなら、はらっぱへでもってくんだなあ。そうだ。おおはらへでもって、せみいっしよきっこでもするんだなあ。」とってやった。──おおはらごろではおおくのおくけんちくされて、せきじつおもかげはなくなってしまったけれど、とうにはまだ、しゆじんこうなるおおしやくじんすいまつわるでんせつたたえた、あまおおきくはないいけちゆうしんに、いくぞうばやししげった一だいていえんがあったから、わたしはそれをしてったのだ。
 するとおかは、わたしうことなどはいっさいみみはいらないように、しばらきじゃくりしていたが、やがてれいってれいごとく、
ぼくぬんだ。ぼくぬんだ。」といだした。おそらくはかれは、ほんしんほんからそうっているのだろうが、たびたびそれのまわされるものになると、これまたなかなかようぎようではない。ひとはいざらず、しようじきなところわたしは、もうせいこんもつきてていた。それにときは、どうしたものかそれがはなはだしくわたしさわったので、
「じゃそうしたまえ。ほうはやかたしていとうもんだ。」とってやった。それからまた、あとっかけて、「で、なにゆいごんがないか。あったらそういたまえ。それとときには、あまりしみったれたにようはすんだなあ。くまでほんじんらしく、はらでもいて、みごとにんで退けるんだなあ。──これがぼくのたのみだ。」ともってやった。
 おかは、またえいでもつけたようにはげしくきだしてしまった。わたしざんこくくらいだまってそれをていた。ところで、しばらくするとかれは、
きみはくじようだ。きみぼくのことなんぞは、どうなったっていんだ。」とこううのだ。わたしだまって、うっちやってこうかともおもったが、しかしときかんじたしようどうからしてわたしは、
「そうだ、きみぼくのことなんぞをかいしていないように、ぼくきみのことなんぞは、どうだっていんだ。そうじゃないか。よしまたぼくが、きみために、こうもしたらいだろうとおもうことを、きみいたところで、きみいっこうさいようらんのだから、ぼくだってもうこれじようには、いっさいじよげんしないつもりだ。ただぼくは、きみのようにそうおいおいと、こわれたましけいみたいにかれちゃこまるから、ぼくのところにいるあいだだけ、それをしてくんないか。」とってやった。おかはまたれいってれいごとく、それからしばらいていたが、
ぼくなにきこのんでいてるんじゃないんだ。だってかたない……」とって、じっしようせるもののようにきつづけるのだからたまらないのだ。
「そりゃ、きみからえばそうだろう。だがしかし、まことにもうわけのないいぐさだが、ぼくはそれをきらいなんだだいきらいなんだ。だから、あやまってるんだ。ぼくのところにいるあいだだけはしてくんないかとって。──ぼくきみかたがあろうがなかろうが、そんなことはどうだっていんだ。」
 しっがえしにわたしがこううと、
きみにはわからないんだ。ぼくにもなってみてくれ。ぼくぶんのことをかんがえると、かずにゃれないんだ……」とったかとおもうと、あいいで「みやぼくゆるしてくれないんだ。」とうのだ。そして、また、たんえられないもののように、おいおいとこえしてくのだ。わたしは、どうしてやろうかとおもった。
「もうきみそうじゃないか。ぼくはもうたくさんだ。もうきあきちゃった。」
 わたしはこうって、あたまゆうってみせた。かれは、
みやのやつは、ひとにしてるんだ。──ぼく彼奴きゃつのことを、しんぶんそうとしてるとおもってるんだ。」とうのだ。──きじゃくりながらこううのだ。
 わたしは、「なにってやがるんでい。」とはおもったものの、それといたときには、ついくちすべらして、
「どうして、それがきみわかるんだい。」とうと、
きみはまたおこるだろうけれど、ぼくさくまた、みやのところへったんだ……。あやまりにったんだ……」とうから、わたしはもうすっかりあいがつきてしまった。わたしほんとういきどおりさえかんじてきた。──おかたいは、あまりとえばあまりにだらしがなさぎる。なんのことはないかれは、わたしいいげんろうしているのだ。わたしはもういきどおりにえて、くちにさえなれなかった。ただわたしは、びんさつしてもやりたいおかかおを、しばらくのあいだじっていた。ときかれが、どうしたわけだったか、わたしいりぐちほうてんずるひように、かれひだりほうけんこつ(※ほおぼね)のところに、かなりおおきなさつしようをつけているのがについた。それをまたわたしで、──おかあにに、まではなしてきてふとおもした。
 で、わたしはそれをおかあにはなしたものかはなさずにくものか、のことにいてちょっとまよってきた。──これは、かれの、──おかかえしなになっていたのだが、なんでもそれは、さくかれみやのところへちゆうで、でんしやからしなたおれてつけたきずなのだとうことだったが、しかしかんがえてみると、これだってなにあいおかあにはなさなければならないせいしつのものでもないとおもったから、ついわたしはそれをせてくことにした。

2020年10月30日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第47話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

私小説 純文学

"第46章"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る