第40章

根津權現裏(第41話)

焚書刊行会

小説

1,329文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 あいだおかあには、
おりれたとしちは、なんとしちやいね。」とったり、また、「とおいところかいね。」とっていたりした。
「いいえ、そんなにとおかありません。ぼく宿やどからぐです。『おおばやし』とうちです。』とうと、
おりじようとうかいね。わるおりかいね。」ともってきだしてきた。それから、「くらにはいってるがいね。」とうこともわすれなかった。
 には、それがおとうとにつけていたものだから、うけしていこうとうようなちがあってのことではないことは、かれことって、かんなくうかがうことがた。──かれは、おりせいしつと、いれじちきんがくとをかくしようりようしてみて、えきありときわめがついたうえで、それをうけしていこうかとおもっているらしかった。
ものぼうせきおりで、あらいがすりです。二えんはいってるんですから、あなたがおしになっていらしたらどうです。」とうと、
「ええ、なんしたら、そうさしてもらおうかいね。」とったが、さもおもいついたように、「ほいから、そくくらぐらいやいね。」とうのだった。
「さあ、くらになるでしょう。はっきりしたことはわかりませんが、四五せんせばだいじようでしょう。」とうと、かれはようやくおちいたようにして、
「そうかいね。ほんならひとそうかいね。」とうのだ。
 へくるとわたしは、わたしそうぞうてきかくしようめいされるのをみた。どうに、にもく、まずしいおかあにせいかくいったんることがた。それからわたしは、まだほかおかいれじちしていたところをっていたから、さいごうじゆうしよばんおしえると、おかあには、
へは、どんなもんがはいってるいね。」とうのだが、しようさいなことはわたしらなかった。わたしっているのは、にはおもに、しよせきるいはいっているらしかった。だから、わたしはそうとあいさつすると、
ほんばかりかいね。──ものはないかいね。」とうのだ。
「さあ、どうでしょう。──ぼくくはりませんが、るいはないようですね。はいっていても、一まいか二まいくらいのものでしょうが、なんでしたら、ぼくが一せんぽうって、いてきてあげてもうござんす。」とうと、
「さあ、どうしたもんやろいね。……」とって、ちょっとかんがえていたが、「あんたにもおどくやさかい、おこうかいね。」とうのだ。
「いいえ、ぼくいてくるぐらいのことは、なんでもありませんから、しおしになるかんがえがおありでしたら、うえで、つまり、ごいりようのものだけをいらしたらどうです。」とうと、
いわいね。そっちのほうは、ほっとこかいね。」とうのだ。
 わたしは、うけになると、なによりもさきつものはかねであり、それに、どんなしゆるいのものがはいっているか、それもわからないするところから、それじようにはすすめなかった。するとおかあには、
「どうやいね。しつれいなこっちゃけれど、あんたがほんでもあったら、わしのほうかまわんから、して使つかってくれんかいね。」ともってくれた。
「ありがとうござんす。──しいものがあったら、そうさせていただきます。」とはったものの、おかしよゆうしていたしよせきなら、わたしとくしいとおもうほどのものはなかった。よしまた、しいものがあったにしたところで、わたしはそれをけてくるゆうなどはっていなかった。

2020年10月24日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第41話 (全57話)

© 2020 焚書刊行会

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