第39章

根津權現裏(第40話)

焚書刊行会

小説

4,312文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 わたしはそれまではだまって、かれうところをいていたが、ちようへくると、ひとつはいまさららしくそれをかれさにおどろいたのと、ひとつは、はやかれはなしりあげさせてやりたくなったので、
きみあいかわらず、ノンセンスだなあ。」とうと、
「どうしてさ。」と、やにわかれはそれをめた。
「だってそうじゃないか。きみときになって、ようやくそれとったんだからなあ。」
「いや、そりゃぼくだって、はやくからがついていたさ。──そうだ。ぼく彼奴きゃつうちくと、もなくぼくにだって、ちゃんとそれがわかったさ。」
「それだからだとうんだよ。」とうのをやけにっぱずしていて、
なにがさ。」と、こんぶんほうからいっぽんちこんできた。
「だからよ。きみだとうんだよ。とうのがすこきびしいなら、きみはおこうじゃないとうんだよ。」と、わたしかるくそれをけながしていて、「だってそうじゃないか。きみかれうちどうきよして、さいかんさつしたうえでなきゃわからないんだからな。」とうと、
あたりまえじゃないか。はんけつをするまえにゃ、げんみつうえにもげんみつにこれを調ちようしなきゃならないじゃないか。」とって、なおわたしほうちこんでくるのだ。
せつごもっともだ。いっはんにんたいするはんけつをくだすときにはだ。ところで、にんげんあいには、そんなはんつづきをなくとも、いちげんしてもうかんするほうがあるんだ。それはちよっかくうやつだ。へいくと、はばかりながらぼくなんぞはえらいもんだ。ぼくはもういちげんしたときにちゃんと、かれせいかくかんしといたんだからなあ。どうだ。まいったか。」とって、わたしはほんといっぽんかれめんってやった。するとかれは、
うそつけ。それがきみわかるもんか。」とって、なおもごうじようたててきたから、わたしはそもそもかれが、みやるようになったときのことからしていてやった。
 これはまえにもちょっとったが、わたしころおかへんしゆうしていたせいねんざっほうもんをやっていたのだが、あるわたしは、「ふくしん」とったとおもうが、そうったことにいてのだんために、わたしはじめてみやのところへってみたのだ。ころみやは、ほんごうひがしかたまちにいたものだ。そして、わたしかれからだんいてかえってきた。
 すると、それからもののひとつきはんもしてからだ。おかわたしのところへやってきて、ちょっとみやいたいことがあるから、わたししようかいしろとうのだ。わたしわれるままに、一つうしようかいじよういてかれわたすと、よくじつだった。かれがまたわたしのところへやってきて、いまみやのところへってきたかえりだとうのだ。わたしは、
「どうだった。ようりたのかい。」とうと、
「ありがとう。おかげりたよ。」とって、さもうれしそうに、にこにこしているのだからわたしはそれをとがめて、
「どうしたんだよ。なにがそんなにうれしいんだよ。」とこうってやった。ときわたしないしんこれはただたんに、しゆようりたのがうれしくて、それでわらっているのだろうとおもったのだ。ところで、いてみるとそうではなかった。
「ううん、ぼく今日きようっきり、いしがきほうそうとおもうんだ。」とうのだ。──いしがきうのは、かれげんざいやっているつとさきせいなのだ。
「どうしてすんだよ。」
「いやね。今日きようみやさんのところへってさ、いろいろはなしをしていたんだよ。うちむこうでくから、ぼくぼくぼうやら、ぼくげんざいやってるごとのことなんぞをはなしたんだ。するとみやさんは、『そいじゃどうだい。きみさえければ、らいげつからぼくほうへこないか。』とってくれるんだ。なんでもみやさんのはなしると、みやさんはなかしよてんからている『しんざっ』のほかに、もうひとつ、ふたかいからてる『ふた』とようねんざっへんしゆうをやってるんだそうだ。だかららいげつからぼくに、の『ふた』のへんしゆうをやらないかとってくれるんだ。」とうから、
「それをやると、くらになるんだい。」とわたしがちょっとくちれると、
「それひとつで、十五えんになるんだ。」とうのだ。
「そいじゃつまらないじゃないか。ったほかには、せんのこらないじゃないか。」とうと、
「ところでみやさんは、『きみさえがあるなら、らいげつからぼくうちへきたまえ。』とってくれるんだ。そしてひまひまに、もうひとみやさんのやっている『しんざっ』のほうごともさせてやろうとうんだ。」とって、おにくびでもったように、にもうれしそうなようなのだ。
「『しんざっ』のほうごとってのはなにをするんだい。」とうと、
ほうは、ほんやくをするんだ。むこうのほうのものをやくすんだから、それをやるになるとぜんがくちからがついて、どんなにためになるかれないんだ。そして、ほう稿こうりよううのか、ほんやくりよううのか、それはまたべつもらえるんだ。それにさ、もうとさえおもえば、みやさんのところには、いろんなほんがあるしさ。また、がくへでもかよおうとうなら、くらかよってもいんだ。『きみべんきようしたまえ。ぼくるだけの便べんはかるよ。』とってくれるんだから、ぼくはそうしようとおもうんだ。──らいげつからは、みやさんのところへこうとおもうんだ。」とって、ほそくしているのだ。
「じゃなにか。むこうでってさ。うえで、『ふた』とうのか、ざっへんしゆうさえすれば、だまっていて十五りようってものがられるんだなあ。」
「そうなんだ。」
「なんだか、べらぼうはなしがうますぎるじゃないか。なんのことはない。まるでもちでもって、よこつらられてるようなもんじゃないか。」
「まあ、そうなんだ。」
「だが、かんがえてめるんだなあ。はなしちとうまぎらあなあ。そんなものをくちにしたがさいいのちまでられるようなことにならあしないかなあ。」
「そんななことがあるもんか。」とって、ちょっとことってから、「でね、まないがね。そうわけだから、きみのつもりでね。」と、いにくそうにしてこううのだ。──は、ぶんはこうしていままでやっていたざっほうすから、したがっていままできみにやらしていたほうもんほうも、ことわらなければならないからとうことになるのだ。
いとも。しんぱいにはおよばないよ。ぼくなんとかするから。ただぼくは、ぼくのことよりかきみほうのことがになるんだ。うまくけばいが……」と、わたしからもきっぱりとこうって、かれほうると、ちようかれときわたしかおほうってくるのとが、せずしてでぴたりとったので、かれはあわててせた。そして、
ぼくほうだいじようだよ。……」と、わたしこときはなすようにして、あとちょっとくちごもっていたが、やがておもいきって、
「なんだぜ、みやさんはきみのことを、『あのおとこじつにおしゃべりだ。それに、までもまでもしていてこまっちゃった。』とっていたぜ。」とうから、
「どうもありがとうごぜえます。といたいところだが、くそでもくらえだ。きみつぎったら、そうってやってくんないか。そんな憎くまれぐちいてるひまがあったら、たまにゃてめいりようけんへ、ちったあやすりでもてたほうが、ためだろうぜって、ぼくがそうっていたって、ひとつことづけてくんないか。はばかりながらこうえたって、おいらあまだ、あんなかきのぞろうやぶられるほどもうろくしてねえんだからなあ。」とわたしは、きだすようにこうってやった。ろんには、わたしがただたんみやからなんされたとうのみでなく、いくぶんことのせいうたがいながらも、めぐまれたおかきくらべて、一だんこうおちいってきたぶんしんみじめさをおもこころが、やがておかせんぼうするのじようかわってきたところから、えてわたしうらみをめてこうってやったのだ。そして、そうだ、かれみやのことを、にももったいなさそうに、いちいち「さん」づけにしてんでいるのが、あいなんとなくやけにわたしあおってきたのだ。
 なるほどかれは、だんからわたしなどとちがって、あまひとぶのに、そうったふういけぞんざいくちかたをしないほうくみだったことはじつだが、しかし、あいそれがなにわたしには、にもけいはくそうにおもわれてならなかった。それやこれやががっして、れつしたのだ。
なにもそう、きみのようにおこらなくたっていじゃないか。ただそううわさがあったから、ぼくがちょっとそうったまでじゃないか。」
 わたしがそうってやると、おかつぐないがたいしつげんでもしたように、したからてこううのだ。がわたしはそれを一しゆうしてやった。
「いや、ぼくおこるよ。ぼくうわさたいし、いや、うわさをしたにんげんたいしていきどおるよ。そうじゃないか。これはちようきみみやからこんもうされて、むねおどらしてるのとどうようだろうじゃないか。」
 するとかれは、わたしにくさわったらしいが、しかし、ぶんくちからはじまっているせいからでもあろう。ようにそれとはくちにしなかった。はんたいかれは、
「まあ、そうえばそうだ。──ぼくみやからこんのことをすすめられたからとって、きみうように、なにとくよろこんでるわけじゃないさ。」と、すこあいまいけおしみをったりした。
「そりゃそうだ。なにとくよろこんでいやしないだろう。だが、ことわってくが、ぼくとくにとうのは、きみきんじやくやくしているとで、そうってるんじゃないんだから。」とうと、
「じゃ、ぼくしつけいするよ。」とばかりに、げだすようにして、もうきあげてってしまったことがある。それをわたしとききあいにして、かれたんけんせんりよさをれいしようしてやった。そして、
きみも、きゆうしよられながらも、いさぎよかぶとごうとはしないが、ぼくたいていいちげんすればわかるんだ。これがきみにすると、きみせんぽうって、もののひとつきも、もっともしなければがつかないんだからなあ。まったきみはうれしいおとこさ。」とってやった。また、「そうだ、きみはもうおぼえてやしまいが、ぼくとき、──きみみやのところへきとられてはなしをしたときぼくは、はなしちとうまぎるとおもったから、そんなものをくちにして、いのちまでられるようなことにならねばいがとのことをったが、いまになってみると、ぼくげんてきちゆうじゃないか。ええ、どうだい。こんこそこうさんしただろう。」ともってやった。するとおかは、まえみやのことをはなしったさいに、ほとんどるものもりあえずとったふうに、あわててかえったように、ときもまた、
「じゃ、しつけいするよ。──ぼく今日きようにももう一みやのところへって、すっかりはなしをつけてくるよ。」とこうったかとおもうと、もうついほうめいぜられたもののようになってかえっていった。
 なんのことはないかれは、「はじめはしよじよごとく、おわりはだっごとし」とうのを、ぎやくにしたようなふうかえっていったのだ。かれかえってからは、わたしあらしあとるような、せいじやくさをかんじた。

2020年10月23日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第40話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

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