第37章

根津權現裏(第38話)

焚書刊行会

小説

1,283文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

「おい、くのはせやい。なにくにはあたらないじゃないか。だからぼくってるんじゃないか。みんなきみわるいんだ。きみひとてんをして、ことをちこわしてしまうんだ。なんのことはない。こんのことなんぞは、やぶへびじゃないか。」
 それからわたしは、こうってやった。──かれがまた、めそめそときだしたから。するとおかは、ながれるなみだしたから、
「だがぼくは、てっきりかれが、ためわるくしてるんだとおもったから、ぼくほうからすすんで、かれのところへあやまりにったんだ。」とうのだ。
「だからぼくにだって、きみがあやまりにったまでのけいのこらずわかったが、ぼくはそれがいけないとうんだ。きみは、じっのまま、うっちゃってさえけば、なんのことはない、へいおんむのを、きこのんでそうったふうに、やぶッつくから、こんのようなことになるんだ。つまりぼくは、げんいんはともかくも、けっいてってるんだ。ぼくわせると、けっがいけないんだ。」
 わたしがこううと、おかやけになって、
「だからぼくぬんだ。んでいわけするんだ。」とって、またばなしに、おいおいくのだ。しようじきわたしはもうたまらなくなってきた。
 いまこれを、わたしわせると、たくきんしよううのか、それとも、かんきんおうりよううのからないが、とにかく、そうったいっしゅれんざいを、くらぶんっているからとって、これをほからすのがいけないのだ。そして、これははんにんと、おかとのかんけいかんしんきんしんきんわずいけないことなのだ。
 で、わたしそうぞうするところ、おかそうしたほうこうえてしたかとえば、それはかれが、はんにんたいして、へいぜいからぜんかんっていなかったてんから、かれぜんかんけいかんがえずに、これをにんに、すなわあいは、はんにんもっとなるしらこくはくしてしまったのだ。そして、あとになって、ぶんのなしたほうこうからしようずるはんにんへの、すなわあいみやたいするかんけいって、はじめてしつとくさをおもったのだろう。どうに、くまでしようじきかれは、それとづくと、ただちにはんにんたるみやのところへおもむいて、ちくいちぶんのなしたしつとくさをかたって、ひたすらしやざいしたのだろう。だからわたしいっぽうかれが、なるゆうがあるにしろ、これをしらろうえいするなどとうことは、たしか憎にくむべきことだが、どうわたしは、かれって、みやのところへしんこくしやざいしたときかくして、もうつみしようめつしたものだとおもう。あいあいがそれをれるれないは、おのずからべつもんだいだ。それをいたずらに、そうだ。わたしえてそういたい。かれいたずらにそれをんで、あげては、うえにもぶんつみつぐないとして、さいして退けようとうのだから、わたしだいはんたいなのだ。だからわたしは、いくりかえして、かれために、なる所以ゆえんいてやった。とっていると、そばからおかあにが、
「それにとくは、なにじゃってうんですいね。」とうのだ。だがわたしは、までかたってくると、いまさらときおかたいが、──せんぱくおかたいおもわれて、めいじようしがたいかいさにおそわれてきた。で、わたしはしばらくくちかんしてだまっていた。

2020年10月21日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第38話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

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