第34章

根津權現裏(第35話)

焚書刊行会

小説

1,306文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 宿やどじじいは、きっごえきつけたところから、ようにきたらしいのだ。てみると、じじいが一だとおもってひとぎめしていたわたしが、つくえまえすわっていて、にきたぶんあたまごなしにりつけるものだから、かれはさぞきつねにつままれたようにおもったことだろう。
「わしゃまた、なんじゃとおもうたから、ちょっとにきたのや。」
 じじいはてれかくしにこういながら、しようをたててかえっていった。
 じじいがきたことが、またわたしあおってきた。わたしじじいえていくのをっていて、
「とにかくきたまえきみ、ねていちゃはなしないじゃないか。きみななきゃならないのか。それをこうじゃないか。」とこうってやった。だがおかは、それからもしばらいていて、へんもしなければ、きようともしないのだ。やはりはじみえわすれたように、おいおいきつづけているのだ。わたしはもうたまらなくなってきた。どうしてやろうかとおもった。だがしかし、そうかとって、きたおれているものを、いきなりひっぱたくとわけにもかずするところから、わたしじっむしころして、しばらだまってみていた。──うちにはきっおかだってきやむだろうとかんがえがあったからだ。
 がしかし、なかなかかれきやまないのだ。いっぷんち二ふんち、三ぷんってもまだきやまないのだ。わたしはなんのために、かれななければならなくなったのか、それをきたいとおもうのだが、なにぶんにもとうあいは、そうったふうなのだから、わたししようそうさとったらないのだ。うちわたしかんしやくたまが、いまにもれつしそうになってきた。がちようときおかごえも、たとえばあのれたけいのようになって、こんきじゃくりにかわってきた。
「どうしたんだよ。ぬんだよ。をどうしたら、ななきゃならないんだよ。」
 そうなってくると、わたしはそれにひきっこまれるようになって、こうったのだ。──いっぽんもたれかかっていたものが、たおれるはずみをってたおれるように、わたしはなかばちゆうのようになってこうったのだ。するとおかは、
ぼくたいへんなことをしたんだ。それはおそろしいことなんだ。だから、ぼくきちゃれないんだ。」とうのだ。それをかれれにって、ようやわたしとこうえきなおってきた。
 ると、おかがすりのようなちいさなそめがすりひとうえへ、これはまたおもいきりがらおおきなぼうせきがすりあわせおりていたが、おどろいたのはようぼうだった。──めたくつちいろになっていた。ほおのあたりは、かぜかれているはりがねのようにちふるえていた。で、いっぱいじゆうけつしていて、まるでびたものでもるようにおもわれた。それへ、わざゆびれて、ねんりにきみだしでもしたようになったとうはつが、ひたいのところへもれさがっていた。それがまたどんなに、かれかおいんうつにしていたかれない。とうはつめているとわたしにはさながらかれこころちをているようにおもわれてきた。それをわたしときおもいだしたのだ。だがしかし、こしらえやようぼういては、わたしひとことおかあにはなそうとはしなかった。それはあまりにわたしがしようとしているだいとはかんけいだったからだ。
 で、わたしおもいできのけながら、またあとをはなしつづけることにした。

2020年10月18日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第35話 (全37話)

© 2020 焚書刊行会

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