第33章

根津權現裏(第34話)

焚書刊行会

小説

2,095文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

「それはこうです。──はいつかでしたっけ。なんでもいまから五六にちまえでしたが、ああそうです。たしかそれはせんしゆうようでしたから、ちようしゆうかんまえです。ぼくはまだてたんです。するといきなりぼくみみもとで、いっしゅようおとがしたようでしたから、はっとおもってましてみると、おどろいちまいました。それはとくさんなんです。──とくさんがぼくとこなかはいってきて、ぼくからだにしがみついて、おいおいおとこきにいてるんですから、びっくりしちまいました。……」とって、わたしくちをきった。
 おかわたしのところへ、さつそうだんってやってきたのは、ぜんかいだった。あとの一かいは、それから一にちいてやってきたのだ。そして、これはさいしよさいしゆうどうようだった。わたしのところへやってくると、わたしとこなかはいってきて、わたしにしがみついて、おいおいくことにきまっていた。だからわたしは、たびごとぎもかれたのだ。ことに、さいしよまったおどろいた。わたしはそれとると、おそろしいものからでものがれるように、ちゆうとこなかからびだして、まどぎわえてあった、つくえまえへきてすわった。そして、
「おい、どうしたんだよ。」とってこえをかけたが、おかはそれにはなんともこたえずに、ものの三十びようも、しくはいっぷんかんぐらいいていただろうか、わたしほうなかけたまま、もないとったふうきつづけているのだ。それをきしていると、わたしなんだかこううすわるくなってきた。で、にんげんがこうさびしくなったり、おそろしくなったりすると、ちょっとこえしてみたくなるものだが、ちようわたしもそれとおなで、
「おい、どうしたんだよ。いていちゃわからないじゃないか。」とってやったが、ときおかはなんともわずに、ただいてばかりいるのだ。しまいにわたしすこしやくさわってきたから、
「おいあまひとを……」と、こんすここえとがらかして、さらびかけようとすると、ときおかが、ごえでもって、
ぼくぬんだ。ぼくぬんだ。」とこううのだ。そして、こんはそうってくちいたのがしまれるように、またおいおいときつづけるのだ。わたしときさいみんじゆつにでもかったようなちになってきた。──くせわたしはまださいみんじゆつけられたことなどはないのだが、しかし、しそれをけられでもしたら、こうもあろうかとったふうちがしてきた。つまり、さいみんじゆつけられて、おそろしいことのあんでもあたえられているようなちなのだ。そうしているうちに、わたしはまた苛苛いらいらしくてたまらなくなってきた。とうのは、おかはそれからもずっときつづけていて、わたしほうりかえってようともしないのだ。なんのことはない、とむらいにあるとう、おとこのようにしているのだから、わたしほんとうしくなってきた。しまいにわたしは、
「おい、いいげんにしろよ。」と、まるでりつけるようにこうってやった。するとおかは、まるでやまびこのように、
ぼくぬんだ。ぼくぬんだ。」とって、まえったのとおなじことをりかえすのだ。それがまたしやくだったから、
にたきゃかっねばいじゃないか。だがきみは、ななきゃならないんだ。くだらないことは、いっこなしにしようじゃないか。」とっているところへ、いきなり宿やどじじいが、しようけたかとおもうと、
「どうしたんじゃ、たにぐちさん……」といながら、しょぼしょぼと、くさったようになっているでもって、じろりとめまわすように、わたしをひとわたながめていた。わたしいいげんごうやしていたさきだったから、
なんだっていじゃないか。ことわりもなしに、ひとけるってやつがあるもんか。」とって、びついくるいぬにでもたいするように、いっばしてやった。それをまでかたってくると、おりからおかあには、やりにんで、
「ほいから、どうなったがいね。」とって、それからさきうながしてきた。
「そうってりつけると、じじいぐとひきっかえしてきましたが……」とついわたしはなし調ちようきいれられてこうったものの、かんがえてみると、かれ宿やどじじいのことなどをいているのではないのだ。かれは、こうぶんぶんのことや、またはちよくせつほんだいかんけいのないそうなどには、なんらのきようっていないのだ。かれはそうすえのことよりは、いっおかみやかんけい、つまり、おかいんなるものをりたくて、むねをわくつかせているのだ。それがわたしにもわかっていたけれども、またわたしわたしで、いったんはなには、るだけくわしく、じつかたりたいとおもったから、
「それから、ぼくはなしすこながくなるかもれませんが、しばらしんぼうしていてください。」
 とことわりをうと、
「ええ、わしゃちっともかまわんわいね。くらながうても……」といながら、かれかたえ(※そば)のわかしをって、きゆうそそごうとしたが、あい憎にくはもうのこりすくなになっていた。それをかれわたしちやわんそそいで、
つめとうなったがいね。ひとつどうやいね。」とって、わたしほうすすめてくれたりした。そして、「ちようもなくなってしもうたがいね。」とどくったりした。
「ええ、ありがとう。いただきます。」とって、わたしぐとあとをつづけた。

2020年10月17日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第34話 (全46話)

© 2020 焚書刊行会

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