第32章

根津權現裏(第33話)

焚書刊行会

小説

3,763文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

「どんなふうようをしていました。くるしそうでしたか。いや、さっきのおはなしでは、すこしもくるしんだようなあとはなかったとうことでしたね。」
 わたしはまたこうって、それからそれと、ったあみでもきあげるときのように、かたいっぽうからいていくと、おかあにはそれにっぱられて、それからそれとこたえるのだ。
「ちっとも、くるしんだようなふうはなかったがいね。なにゆめでもみて、うつらうつらと、ねむりでもしてるようなあんばいだったがいね。」
 それとくとわたしはまたわたしで、いっさいこんのようなことのあったのさえも、よるになるまで、まるでらなかったのだからかたないが、ることならわたしも、せめてひとなりと、おかがおってきたかったとおもった。
「あなたは、みやさんに、びよういんでおいなすったんですか。」
「ええ、そうやがいね。」
「なんとってました。みやさんはあなたに。」
どくなことをしたとうてられましたがいね。」とうと、またわたしほうぬすみみて、「あのなんじゃわいね。みやさんのおはなしじゃ、とくみやさんのうちへ、びよういんはいふつまえからきていたんだそうやがいね。ほいで、ときどきわけわからんことばかりうて、しきからたりはいったりするんだそうやがいね。みやさんがかんしよはいると、んとこのかべへ、べたべたとちからいっぱいしつけたようなてのひらあとが、いっぱいについてるがやそうやがいね。──みやさんのはなしでは、あのひといえは、ちかごろてたのやとかうことでしたがいね。ほんまかいね。」とうから、
「ええ、そうです。もうふたつきくらいまえになりますか、あらたったもんです。」とってからわたしは、「それから、どうしたんです。」とさきをうながした。
「ええ、なんでもそりゃ、とくかんしよはいったときに、つけたもんらしいちゅうことでしたがいね。それをみやさんがおくさんにはなしをすると、おくさんのうには、さっきじよが、おくさんさっきおかはんが、かんしよあらみずんでいたがいねとっていたが、ほいじゃやっぱりほんまなんですねとうていたとうこっちゃったがいね。ほいから、とくこんひとばんめてくれとうから、いとも、とまっていかんかいねとってかすと、なかなんべんとなくびおきてきて、わしゃかえるんだ。わしゃこんないえれん。わしゃかえるんだとって、さわぎまわるんだそうやがいね。それにはわしもほんまにこまったわいねと、みやさんもうてられましたがいね。ほいから、よるけてからやそうやがいね。とくはもうはやきてしもうて、しきからろうろうからにわへおりて、まるでほうこめでもこぼしたみたいになにしゃべりながら、ったりたりしていたそうやが、みやさんがきると、もうかげかたちえんのやそうやがいね。じよったのやろうとうと、いままでらをあるいていたがいねとうだけで、ったかまるでわからんのやそうやがいね。そうしているうちに、かれこれになると、ひよっこりとくがやってきたそうやがいね。ってきたんだとうと、ほんばしのなんとかてっぽううちへ、ピストルとかをいにってきたんだとうのやそうやがいね。──わしがピストルをってくれとうと、ばんとうが、しようめいしよとかがあるかとうから、そんなもんがあるもんかとうと、ほいじゃられんとせんぽううからかえってきたのやが、てっぽうなんてうものは、だらくさいもんやとか。ほいから、もどってくるでんしやなかで、けんでもしてきたのやろいね。でんしやしやしようなんてものは、ほうや、ちよっこりもわからんやっちゃとうて、まるでみやさんが、てっぽうたいしようか、でんしやおやかたででもあるように、なんだかんだとうて、さんざんじようならべるんじゃそうやがいね。みやさんが、ピストルをいにったって、じえんってるのかいとうと、そんなもんはってないとうのやそうやがいね。ほいじゃ、どうしてうてくるつもりなんだとうと、わしゃってくるつもりやったとうのやそうがいね。ほんまにだらなやっちゃわいね。みやさんともはなしたことやが、ときがもうくるっていたときやがいね。わしゃそうおもうがいね。はなしくと、みやさんも、これはちよっこりへんだとおもうたもんやさかいに、いろいろといなだめて、きみねむたいことはないか、たけりゃたらどうやとうと、わしゃねむとうない。てなんぞれるもんか。わしゃぬのだとうたかとおもうと、にどうしてかくしてったのからんが、剃刀かみそりいっちようりだしてもんほうかけしてくんだそうやがいね。それると、みやさんもびっくりして、あとからついてくと、とく剃刀かみそりかたったまま、しやせんみちはいって、わしゃぬのだ。きちゃれん。わしゃぬのだとうて、ちはだかってるのやそうやがいね。それをみやさんが、だましすかしして、うちれてかえってから、ぐにじんりきをそううて、ほいからそれへせて、びよういんほうれてきたんだそうやがいね。──じんりきって、びよういんへくるあいだは、わしをれてくんだ。わしゃきちゃれん。ぬんだ。ぬんだとうてしまいにはでかいこえだして、わめいていたそうやが、それがくと、すっかりおちいてしもうて、みやさんのかえときにゃ、いろいろしんぱいをかけてまなかったがいね。わしゃとうぶんかしてもろうて、からだをすっかりなおすわいねとうていたそうやがいね。ほいから、みやさんに、なにするつもりからんが、ちようを一さつと、えんぴついっぽんしいとうたそうやから、みやさんは、かんさんにたのんで、それをうてきてもろうて、とくわたしてきてくれたそうやがいね。なんとうていからんが、ほんまにはなしにもならんようなだらなやっちゃがいねあんた。みやさんのおはなしるちゅうと、とくはもうみやさんのうちへきたぶんに、くるっていたがやがいね。わしにはどうもそうおもわれるがいね。」
 かたりおわるとおかあには、しようめんからひかりでもけたようなかおいろをしてきた。そして、がんめんしんけいが一どきしゆくしてしまったようになってきた。わたしかれこころにも、おもいみるだにいじらしくきようらんしたおかおもかげが、ちようあのなんきんむしのようにいまわっているのが、はっきりめてきた。それをめていると、わたしがんけんはひとりでにあつくなってきた。そして、わたしむねは、わき(※たいふう)のあとすすきばらのようになってきた。
「それから、なんとってました。」
 わたしこえも、かすかながらふるえているのが、わたしみみかんじられた。
「ほいだけやったがいね。」
「いいえ、それから、とくさんがそうふうになるまでのことにいて、なにかおはなしがありませんでしたか。」とったものの、どうわたしは、おそらくみやくちから、それらのことにいてのせつめいいっさいなかったものかもれないとおもった。いや、ないほうみやらしい。それがほんとうだとおもわれてきた。
べつほかには、なんともおはなしがなかったがいね。どうしたがいね。」
「そうかもれません。あのひとくちからは、流石さすがにしゃべりづらいことでしょうから、もありませんや。」
なんじゃいね。ほかはなしうのは。」
「それはいまあなたがおっしゃったように、とくさんをちがいにして、あげてが、のうびよういんくびくくらしてしまったことです。とっただけではおわかりにならないでしょうが、それはみんなみやさんのせいなんです。──なるほどには、とくさんのいたらなかったてんもあります。またとくさんのしようしんだったせいもありますが、とにかくとくさんを、ちがいになるほどめぬいいて、とうとうとくさんをころしてしまったのは、みなみやさんのわざなんです。だい一にあのひとがいけないんです。」とってくるうちに、わたしあたまなかへ、みやようぼううつってきた。──どじようのようなかお、──りんかくほそながく、いろたんしろいとうよりは、それがながみずさらされていたもののように、むしあおじろいといたいようないろをしていた。そしてとうはつうすく、またまゆうすかった。したには、きんぶちだったがきようきんがんきようとおしてられるりようは、いとのようにほそく、にごっていた。それでいてかれをあげるときそこそこしていたようなひかりが、のようにひとなければかなかったつきもおもいだされてきた。そして、それがかぎりなくわたし憎くまれた。わたしにはみやひとは、じんどうてきででもあるようにおもわれてきた。
いったい、どんなことやいね。そりゃ……」
 おかあにも、で一だんいそぎこんできた。
いまそれをおはなしますが、ほんとうみやさんからは、ほかにはおはなしがありませんでしたか。」と、わたしはせずともすと、
「ええ、ちょっともなかったがいね。」と、かれ調ちようつよめてこううのだ。
わないほうがあのひととしてはほんとうでしょうが、しかしきようひとですね。げんいっにんげんころしてきながら、んでったものにいさんにっても、ひとこともそれにいおよばないってのは、ぼくわせると、おそろしいことですね。ろんあのひとは、あなたがとくさんのにいさんですから、なおとえなかったでしょうが……。くせあのひとは、それだけにあなたにおいしたときには、えんちようたせられたときのようにおもったことでしょう。」とうと、おかあには、
「そりゃいったいどうわけやいな。ひとかしてくれんかいね。」とったかとおもうと、もうちゆうのようになって、ひとひざのりだしてきた。そして、これはわたしこころなしかれないが、またかれは、ようにひかってみえた。

2020年10月16日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第33話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

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