第29章

根津權現裏(第30話)

焚書刊行会

小説

5,471文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

「だって、ごうじゃありませんか。──かんこうたいするのはいが、なにもそれをするからとって、とくさんにいてるかんほうからさきに、くがものはないじゃありませんか。ぼくにすれば、かわりのかんがきてから、かわったっていことだとおもいます。そうじゃありませんか。なにおやいにくんじゃあるまいし、けんうえにもけんかんじやをおっぽりしていてまで、けだしていかなくたっていとおもいますね。そんなをするから、ころさなくともかんじやまで、みなころしてしまうようなことになるんです。じつかんごうですね。それにごうだとえば、だい一そんなかん使つかってるびよういんいんちようごうですね。」とって、くちきわめてとうしてやった。
「わしもそうおもうがいね。」
 ときおかあには、ひやくまんかたでもたようにおもったのだろう。さびしくちしずんだなかにも、きしたところをせてきた。
「それからまた、たのみもしないのに、そんなけちびよういんれるものれるものじゃありませんか。」
「そりゃ、すこちがうわいね。」
すこちがうか、けいちがうかれませんが、ぼくはそうおもいますね、それから、ことのおこりをえば、とくさんがいっとういけないんです。にもつかないことをむから、あげてが、そんなくだらねえにかかったうえに、そんなおおべらぼうびよういんやっかいにならなきゃならなくなるんです。」
「そりゃあんたのおっしゃるとおりやけど、とくびようのことですし、いや、そんなびようになるのは、だらやからなるのやけれど、まあそれがびようならかたないとしてやがいね。それをしんせつびよういんれてくれたみやさんのことは、わしゃありがたいこっちゃとおもすがいね。ただわしゃ、びよういんのやりくちらんがいね。」
ぼくびよういんちがらないのはうまでもありませんが、それとともにぼくは、みやさんのったしよにもあきたりませんね。ぼくわすると、あのひとが、べてこんほっとうにんなんですからね。」
「そりゃどうしてですいね。」
 おかあには、わたしったことじりとらえて、からまたわたしほうごんでこようとするのだ。おそらくはかれは、ひそんでいるじようなるものを、かすかながらもちよっかくしたのではあるまいか。どうやらわたしには、そうおもわれてならなかった。だからわたしは、
「いや、はなになると、にはまたいろいろはなさなきゃならないことがありますが、それをおきしたいんです。」とって、げをってみた。
 おかあには、でもず、なによりさきにそれをきたいようなようだったが、しかし、かれわたしとのかんけいは、くまでじんとおしてつながる、たんなるいっゆうじんかんけいぎない。うえあいけるふたは、かれくまでしゆじんであるように、わたしくまできやくである。そればかりか、きやくたるわたしは、だれよりもじんためゆいいつしんゆうであり、したがってじんもっとかいしやだったので、かれはそれらのてんそんけいし、おもはばかったのだろう。いてげるわたしおうともしなかった。かれちどまって、うらめしそうにわたしほうながら、わたしいにこたえなければならなかった。
「ええ、びよういんほうじゃ、なんとももうわけがないとって、ひらあやまりにあやまっていたがいね。なかでもあすこのわかだいしようが、なんですがいね。いんちようさんのむすさんが、それはものやさしいひとでして、かためんあたまでもりつけんばかりにして、ほんまにもうわけがない。あんたから、なんわれてもいわけがないが、ちょっとしたちがいから、こううことになったのやさかいに、まんしてもらいたいもんだ。らないとこだろうが、ひとかんべんしてもらいたいとうていましたがいね。……」とって、ちょっとことったかとおもうと、こんは一だんこえおとして、「どううもんでしょういね。なんとかして、むこうをあやまらせるほうはないもんかいね。わしのかんがえでは、しようをするなりして、むこうからかねさせるようなほうはないかとおもうがいね。」とうのだ。
 わたしはそれをくと、たまらなくいやちがしてきた。どうじようよりもけいべつねんさきってきた。おそらくこれは、かれつまがあるだいしよにんむすめだから、それらのかんけいから、きおぼえっているしきでもっておもいついたことだろう。なるほど、いたずらにほうりつそんちようするてんからえば、一おうそうおもうのもがない。がしかし、それではあまりににんじようがなさぎるとうものだ。わたしなによりてんからかれいやしんだのだ。
「さあ、どううもんでしょう。」とわたしわねばならなかった。「そりゃことのけっは、うったえたうえでなきゃわかりませんが、しかしこれがぼくなら、そううことはしたくないとおもいますね。そうじゃありませんか。なるほど、そりゃむこうのったしよなるものは、ちがっているにそうありませんが、しかしそれは、なにあいあくがあっておこしたことではなし、それにいまあなたのおはなしると、ふくいんちようですか、わかしゆじんなるものが、あきらかぶんしつみとめて、ちゆうしんからあなたにしやざいしていたとうじゃありませんか。ぼくはそれでもうゆるしてやっていとおもいますね。それをなお此方こちらからすすんで、ほうりつもんだいにして、あらそってみようとするのは、するほうわるいのじゃないかとおもいますね。そりゃしようけっは、ほうりつじようつかもれませんが、いっぽうとくとか、にんじようとかのうえでは、みごとに此方こちらはいぼくするにきまっています。そうじゃありませんか。」とわたしってやった。わたしじんにおいて、うえのそうかなしいことはしたくないとおもったので、きよくりよくそれをしとどめたのだ。
「いや、こりゃだけのはなしやがいね。わしもそれをせにゃならんとうんじゃないわいね。わしもまったく、あこびよういんわかだいしようひとがらにはかんしんしたがいね。あのひとが、いろいろとわけって、こらえてくれとうさかいに、それでわしゃもうたくさんだとおもうたがいね。昨日きのうがた、わしといっしよってくれたひとは、あのひとひとだったがいね。」
 おかあには、わたしことあとから、こうってわたしせつれてくれた。わたしにはそれがたまらなくうれしかった。わたしまえかんじたけいべつはげしければはげしいだけ、それだけまたうれしかった。おそらくはかれは、せいぜんおとうとたいしては、なんらのしんらいけてはいなかったのだろう。だがしかし、うしなわれたあとになってみれば、にはまたいろいろなよくぼうてくるのだろう。そして、うしなわれたげんいんひとつに、びよういんしつあずかっているのをると、こんかんけいしやぜんたいを、きにしてもなおあきたらないものがあるに相違ちがいない。がしかしそうばんけいしきもとおこなわれるふくしゆうは、いまほうこくたるくにでは、とうていゆるさるべくもないことだとなると、こんほうこくさだめられたるほうりつって、てきとうばいしようようきゆうしようとおもうのはだれかれべつなく、みなこれぜんにんじようだろう。それはわたしにもわかっていた。ところでかれは、一わたしが、かれぼうとはぜんぜんあいはんしたせつべると、かれはそれにって、しつせいしつおよかんけいしやかいしてくれたばかりか、かんけいしやどうだいひようしやともうべき、びよういんせがれかれにしたとしやざいうちふくまれていたしんじつさをみとめてくれたのが、わたしにはうえもなくうれしかった。
 ところで、そうおもうのもほんのつかで、おかあには、ぐまたあとから、わたしこころちをうらってきた。
かんじようは、くらほどになるやろいね。」
 これが、ときかれったことだ。それはちようもうじゆうあいたいしていて、っているような調ちようなのだ。
「さあ、くらほどになるでしょう。そうですね。」といながら、わたしげだしていたおかがみりあげて、づけをみて、「してから、廿はつ(※ぐらいのものですから、まだくらにもなっちゃいないでしょう。」とうと、
「どんなもんやろいね。あさわしはてしまおうとおもうのやが、ときせにゃならぬかんじようを、はんぶんにまけていてもらわけにいかんもんかいね。」とって、あんそうにしているのだ。
 わたしなさけなくなってきた。宿しゆくりようがくは、くらぶんつもっても、十えんじようにはなっていないだろう。よしまたそれが、十えんはおろか、二十えん、三十えんになっているとしたところで、それはいまあいとうぜんおかあにはらうべきのあるかねなのだ。それをかれは、なるゆうあれば、ろうとするのだろう。おそらくはこれは、かれりんしよくせいかくのいたすところなのだろう。それがわたしにはかなしかった。
「さあ、そうはいきますまい。これがはらわなくともいものなら、つまり、はじめからはらのないものなら、ぜんこれをにんしてしまうのですね。でなければ、れいはらってやるんですね。それとも、ごうがおわるいんですか。」
 わたしは、あるいはこれは、かねもちあわせのないところからきているのではなかろうかとおもったので、ちょっとこうもってみた。
「いいえ、ごうわるいことはないわいね。じえんってるがいね。ただわしは、こんななことでとくんでしまったもんやから、ほいでまけてもろうたらどうかとおもうがいね。」
 へくるとかれは、いよいよわたしたいして、かこうはばかりがちになってきた。おそらくはかれも、かれっているゆうなるものは、あいあいものたいして、せいとうきよぜつゆうにならないことをっているのだろう。すくなくともそれにたいして、いくぶんねんっているのだろう。ところでわたしは、それをくと、いよいよあわれでもあればまた憎にくくもなってきた。
 かつおかが、ちくのうしようと、まんせいこうえんりようをしていたときに、いよいよようきゆうしてきたところから、かれはじしのんであにのところへ、くりかえくりかえじよううったえて、さいくらでもいからしんさせてくれないか。しようがいおんるからとってたのんでやったことがある。ときへんに「ぶんびようぶんりようするのだ。それがなければ、さつをするのだ。」とのことをいてしたとっていることがあったのを、ふとわたしときおもいだした。りにもぶんおとうとはつびようしたうえに、りようにもきゆうしたところからつむっていくぶんようじよあいがんしてやったのにたいして、かくまでじようれいこくへんおくあにがあるだろうか。そうあにだから、いまおとうとせいぜんぐうきよしていた宿しゆくはらいにいても、こうじようなことをうのだ。くせかれは、ちさるときにはなにいても、おか使ようしていたとんやなぎごうなどを、だれひとことしやべるでもなくして、のこらずってこうとうのだから、わたし憎にくみてもなおあまりあるもののようにおもったのだ。
かねをおちでしたら、れいにおはらいになったらどうです。ものは、とくさんのせいかんがえて、いままで宿しゆくさせていたわけじゃないでしょうから、このたびごとがだったからとうのをゆうとして、たとえほんの一ぶんにしろ、宿しゆくりようはらいこばもうとするのは、ぼくはどうかとおもいます。しこれがぼくなら、ぼくをどうごうしてきても、ぜんとどこおりなくはらいますね。」と、わたしとき、それこそたていたみずながすように、いささかよどみもなくべたものの、いおわると、わたしりょうわきしたをはじめ、なかめんへかけて、ひやあせきたってくるのをおぼえた。とうのは、「しこれがぼくなら、ぼくをどうごうしてもうんぬん」とったこといてだ。そうおもうとわたしからだは、せずしてみみのようになってきた。──わたしは、だれ宿やどものが、ろうのあたりにきでもしているようなことはなかろうかとあんじられてきた。どうわたしは、まずしいぶんのことをおもって、きたくなってきた。するとちようへ、おかあにが、
「ほいじゃ、いくらになるかせんが、みんなはらってこうかいね。だらくさいこっちゃけど……」とって、きつねのようなつきでもって、そっわたしかおいろをみていた。
 ときではない。これよりまえわたしは、っていたバットのはいひざうえおとしたので、それへやっていたをあげて、かれつきをときに、またわたしすぼらしいぶんふくそうかえりみられた。そして、やみかねしくなってきた。わたしかねがあるなら、こんあたりわたしはこんなすぼらしいふうはしてこなかっただろうとおもうと、のないはなしだが、ひとりでになみだおぼえてきた。どうわたしは、だいみようじまめいせんあわせうえに、ものはやはりめいせんの、したのよりはもっとこまかいだいみようじまおりっかけたおかあにの、せてちいさな姿たいているうちわたしはまた、かつおかからいたことのあるかれは、もう四にんちだとうことをおもいだした。そして、こうにんげんとして、いたってどもしようらいそうぞうしていると、かなしいよりはむしおそろしくなってきた。わたしはまたに、かぎりなきじんせいさんさと、にくさとをおもわしめられた。
 わたしれるものなら、はやくひとかどのさんになりたかった。そしておかあにをも、わたしどうようさんにしてやりたくなった。わたしるところ、かれいますこさんっていたなら、げんざいったようなりんしよくなことは、たのまれたところでけっしてかんがえはしまい。またかつて、おかりようしんをしたときだってどうようだっただろう。それどころかきっかれは、それとるとみずからすすんで、おかためには、さいぜんりようほうをもこうじてやったことだろうとおもうと、いまさらこうしんなきわれ(※もうこうさんなきものこうしんなし)がかんがえられてきて、こころでんえたしつないのようになってきた。で、わたしおかあにことけて、
「そりゃあなたはめいわくでしょうが、たらそうしてください。これがとくさんのためにはさいぜんだとおもって、そうしてあげてください。」とった調ちようも、ひとりでにくもりをびていたのが、ぶんにもはっきりかんじられた。

2020年10月13日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第30話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

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