第28章

根津權現裏(第29話)

焚書刊行会

小説

2,526文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 それにしてもかれはどうして、するかんったのだろう。ところがりにものうびよういんだとすれば、かんじやたいするかんは、げんじゆううえにもげんじゆうでなければならぬはずだ。それともそれは、ほっするものまえには、ぎんこうきんげにいくときつづきどうように、ぶんかんがひとつでどうにでもなるものなのだろうか。それがうたがわれてきた。だからわたしは、
なんですか、とくさんにはかんいていなかったんですか。どうしたらまた、そうったふうな、くびくくがあったんでしょう。」とっていてみた。するとおかあには、
「そりゃいていたんだそうやわいね。それが、わるときにはわるいもんじゃわいね。ちようなんじゃわいね。かんさんが、こうたいするかんになったもんで、それまでいていたかんが、ちょっとけてるに、とくそとて、くびってしまったんだとうこっちゃがいね。なにちゅうだらなやっちゃろいね。」とったかとおもうと、こんとうてんじて、「それよか、あんたのところへ、とくそうだんったそうやが、のことをひとかしてもらえんかいね。──とくがなんのために、くびなんぞったのか、あんたはわかっているやろがいね。」とうのだ。
「そりゃわかっています。ですが、それよりもぼくは、あなたのっていらっしゃる、びよういんほうはなしさきにおきしたいんです。」とってたのんでみた。
 なるほどかんがえてみると、わたしかれはなしたいぼうしているように、おかあにわたしはなしたいぼうしていたことだろう。いやかれは、にくしんかんけいにおいて、わたしなどよりはもっともっとたいぼうねんうたたせつなるものがあったことだろう。それはわたしにもさっすることはたが、くまでがままなわたしは、ときもそれとりながら、いたずらにかれさきにしようとおもったのだ。そして、そういながらふとそばると、またならべられているやなぎごうについてきた。わたしおもわず、
「これはどうしたんです。だれがしたんです。」とっていてみた。
「こりゃ、わしゃきたときからこうなっていたがいね。いまたいしようはなしたのやが、こりゃ、とくけに、ぶんでこうやって、みんなきやぶってったとみえるがいね。」
 わたしはそれをみみにしながら、かたのばして、うちいっきよせてなかきまわしてみた。きまわしてみると、おおくのノートやげん稿こうようへんなかから、かれへんしゆうしていた「ふた」とようねんざっをはじめ、ぶんげいざっしんがくざったぐいてきた。わたしなになくうちの一ぶんひざうえってきて、もくりながら、
しか、ぼくてたかききがつかりませんでしたか。」とってみた。これは、ノートのへんげん稿こうようだんぺんにしたところから、とっおもいついたからだった。するとおかあには、こころかおめながら、
かききってのはこれかいね。」とって、そばにあったちやいろしたメリンスのしきづつみなかから、二じゆうになっていて、うえからはピンクいろえるふうとうれられた、一つうがみした。そして、「つくえひきだしなかにあったがいね。」といながら、それをわたしわたした。
 わたしはそれをうけると、それこそたくそうさくしゆっちようしているしんはんが、ぐうぜんおもいがけないしよから、もっとゆうりよくざいりようでもはっけんしたときのように、こころのときめくのをおぼえた。ふうとうると、おもてわたしせいめいいて、うらへはぶんしよめいがしてあった。なにくそう。わたしふうろうとしたときには、あやしくわたしふたつは、あのいっぽんろうそくはだかるようにふるえていた。そして、とき流石さすがくちにのぼすことははばかられたから、それはえてしなかったものの、ちゆうしんわたしは、わたしがそうってたずねるまで、じっとそれをいんとくしていたおかあにしんじようさいされてきた。わたしときおもいつかず、したがってりださなければ、かれおかさいおもいでに、わたしてていたがみも、ついわたしはかはいったあとまでも、きっせるはなかったのだろうとおもうと、わたしかれめんじようつばしてやりたくなってきた。だがそれもこれも、じっこうないもどかしさは、やがてわたしみぎって、にもぼうそうにがみじようたんさせてきた。そして、なかいききいれるとともに、うちなるへんつまみだしてひらいてみると、それは一ようげん稿こうようだった。こんきゆうをもころして、いっにそれをみくだしてみたしゆんかんに、わたしこころはうつろになってしまった。わたしあまりのはらたさに、それをたたきつけてしまった。そして、れにかえったときには、わたしくちびるへただめたいしようがのぼってきた。ろんそれは、ちようめたものだったことはうまでもない。
 ところで、わたしがそれをげだすがはやいか、おかあには、まるでびつくように、「なんといてあるいね。」とって、いまにもばなりそうにおもえるふたつでもって、じっわたしほうめてきた。それをかえしながらわたしは、ようやくのことで、
「これは、そうじゃありません。」とったときには、またさらあたらしく、わたしくちびるめたいしようがのぼってきた。ときおかあには、
「そうかいね。」といながら、それをりあげてていた。
 わたしいまいままで、ただひとすじに、おかわたしてたかききだとのみおもっていたそれは、かれせんからしようふうかんてんきよしたときつうなのだ。おもうにこれは、かれうつってきたばんわたしあいは、わたし宿やどものたくしていくかんがえでもって、ものしたものなのだろう。ところで、じつはきてみると、あんそうして、わたし宿やどにいたものだから、ようけんこうじようすまして、かえってきてからおもいだしたそれを、かいちゆうからりだすと、なになくかれすわっていたつくえひきだしなかれていたのだろう。それに相違ちがいない。そうおもうとわたしは、おかあにたいして、ざんにしろうらみをいだいていたのがはずかしくなってきた。ちを、そっるともなくていると、こんおかちがうらめしくなってきた。
 かれすでに、かずあるノートやげん稿こうまで、いっさいしてしまったのじゃないか。だからものついでだ。ときに、がみどうようしてしまわなかったのだろうとおもうと、やがてうらみはいきどおりにへんじてきて、どんなにわたし苛苛いらいらさせたかれない。しまいに、くまできようれんまれてついているわたしは、いきどおりをりかざして、あたりちらさなければ、まなくなってきた。

2020年10月12日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第29話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

読み終えたらレビューしてください

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


この作品にはまだレビューがありません。ぜひレビューを残してください。

破滅チャートとは

この機能は廃止予定です。

タグ

この投稿にはまだ誰もタグをつけていません。ぜひ最初のタグをつけてください!

タグをつける

タグ付け機能は会員限定です。ログインまたは新規登録をしてください。

作者がつけたタグ

私小説 純文学

"第28章"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る