第27章

根津權現裏(第28話)

焚書刊行会

小説

2,185文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

「で、あなたは、とくさんのたいらんになりましたか。」
 だい一にになるのは、おかたいのことだったから、わたしはこうっていてみた。
「ええ、たわいね。」
 ときおかあにったかんたんことは、ねつするびんくちかられるのようになってきた。そして、これもわたしこころなしからないが、うちえさかるかいこんつうじようを、ひとつところにあつめたように、ようにひかってみえた。
「どうふうでした。くるしそうでしたか。」
 わたしあらたそうぞうされてくるかれようぼう、──えいごうちんもくせいやくするもののように、かたいしばったくちつきとははんたいに、きゆうきよくまでもきわめなければかないように、かっとひらいていたことだろう。そして、はなしたへ二ほんれさがったはなみずは、まるでおうきながしたようにえるばかりか、かれつうかんしたつうあいとを、あますなくひようげんして、あのふじづる(※くず)のようにぎようけつしていただろうとおもった。それへおかあにへんとうは、てきかくしようめいあたえてくれるだろうとたいが、──一めんにはそれをおそれるちと、一めんにはそれをよろここころちとのあいだっておこってきた。ところでかれへんとうは、ぜんぜんそれをうらってしまった。
「ちっともくるしそうなことはなかったがいね。まるでたようだったがいね。だらなやっちゃがいね。」
 だがしかしわたしには、それはくまでしんじられなかった。とくわたしは、それにたいするはんしようっていなかったが、なにままそれをしんじられなかった。
 いまひやっゆずって、じつなるものは、すなわち、せいじようすることのしゆいんたる、けいどうみやくあっぱくするとうことは、なんつうらしいつうもなくすることのるものかもれない。──まことうものは、そううものかもれないが、しかし、わたしあいおかあにいぐさにたいして、なおいくぶんうたがいをったとうものは、かれすでおかさつしたのさえも、わたしいんとくしてこうとにんげんなのだ。だから、たまたまわたしがそのたいなるものを、ついに一べつするのかいをもっていなかったのをさいわいに、よしなるもんじようたいのこされてあったにしても、かれはそれをちよくせつかたろうとはしないのではなかろうか。そうもわたしにはおもわれた。
 またこんは、それをきわめてぜんかいしやくすると、かれさつしたるおかたいあいたいするまでには、にかなりのかんへだたりがある。だから、へだてられたるかんうちに、それぞれびよういんほうてをしてしまったあとだから、かれがそれをにしたときには、じつおかようだいには、なんじようもなく、──じんつうこんせきらしいものをとどめていなかったかもれない。だがしかし、それはくまで、さついくかんけいしたるときおかようだいであって、けっして、おかぜっそくしたとうしんそうではない。
 いったいけんでは、ひとりんじゆうもくして、なんらのもんもなく、としていてくと、それはんでものぜんいんであり、げんざいこうとくしようめいするもののようにもうしんするかんけいじよういてはらいをもぜんあるものとして、おおいしゆくふくしようとするけいこうがある。だがわたしけっしてそうはおもわない。わたしるところ、これはげんざいとくそうぜんいんしからしむるところではなくて、ようは、んでものせいかつのうすいじやくが、おそいかかるていこうするちからさえもっていないところから、しかするもののようにいてくのだとおもう。しようひとつに、わたしかつて、びよういくばかりもないひとかんじやとつぜんしんぞうためなくなってったのをもくげきしたことがある。ときもんさはまことるにしのびないものがあった。それは、ちようちようかさねたものだとわれている、あのきようげんあらわれてくるじんぶつが、さつがいされておちときどうのままだった。すなわち、じっひとつところをめ、くちかたいしばられるとともに、もろくうつかみながらもだえるのだ。ってみればそれは、けるつういっしんあつめたようなつうさだった。あるいはそれを、つうのもののようだったとっていかもれない。とにかく、るにしのびないものだったことだけはじつだ。で、のことは、みのくるしみなるものをっているほどのものには、ようとくされなければならないもんだいだ。ただそれが、おうおうじんかいされるとうものは、とうしやみなでなければにんだからである。
 だから、わたしいまこれをおかいてかんがえるあいには、かれきっつうめていったことだろうとおもう。それどころか、わたしっているかぎりでは、かれぬにもねないいくもんっていたのだ。それがただいっときほっられて、あやまってかれしんかれせいかつのうがいあたえたのがいんして、とうとうほろびてってしまったのだ。だからにはひようべつくとして、くにもかれないげんえんこんあいふんつうべてが、うずいていたに相違ちがいない。それをおもうと、いまさらわたしにはかれなるものまでがうたがわれてきてならなかった。よしそれが、──かれじつだとして、しかもそれが、一てんつうかげをもとどめずにおこなわれていたとすれば、くまでそれはひようめんじようのことにぎない。うらめんなるしんていには、すくなくともふんえんこんとか、もうのようにえさかっていたに相違ちがいない。そうだ。そして、かれもうために、ついこころもともに、きほろぼしてしまったのだ。それがわたしには、あわれにもかなしかった

2020年10月11日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第28話 (全45話)

© 2020 焚書刊行会

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