第22章

根津權現裏(第23話)

焚書刊行会

小説

3,792文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 つぎかたらねばならないのは、のことがあってから、やくいっげつばかりしてからおこってきた。にっちゆうは、かぜとおしのわるわたしすわっていると、いくぶんあせおぼえるようなだった。わたしれいり、ちかくにきて、ようやきんじよめしってめしってきて、よしかわからりてきた、よみうりしんぶんとおしているところへおかがやってきた。
 るとおかは、さびしそうなふうをしているのだ。っぴて、あくにでもおそわれとおして、めたときるようなろうのこってみえるのだ。ひとつは、のようにれさがっているかみが、けいとそうおもわせたのかもれない。──かみために、みぎまゆえないくらいだった。それがかさのように、かおめんくもらしてえるのだ。
「どうしたんだい。そくなのかい。」
 わたしがこううと、
「ううん、そうじゃないが、すっかりくたびれちゃった。」とうのだ。
「どうしてくたびれたんだい。」
今日きようはね、ずっとばたあるいてきたんだよ。……」
ばたを。またどうしてさ。」
 わたしばたくと、ちょっとおもった。にはゆうじんらしいゆうじんもいなければ、べつにこれとって、そうようのあるところではないからだ。
「なあに、ただずっとあるきまわってきたんだ。」
「のんきだなあ。あついのに。」
「ところで、のんきじゃないんだ。ろうろうたまらないんだ。」
 おかまゆせて、くちゆがめてみせた。だがわたしには、ときにはまだはっきり、それがどうしたらろうなのか、そううことはろんわからなかった。で、わたしは、
なにろうなんだい。ようもないのに、ばたなんぞをほっつきまわってきて、くたびれたのがろうだとうのかい。」とって、じっかれかおていた。
「いや、そうじゃないんだよ。またおんながやってきたんだよ。九ごろに……」とうのをわたしうばいとって、
「ああそうか。それでわかった。」とうと、
なにわかったんだい。」とおかしようしながら、ちょっとわたしほうをみた。
「いやさ、今日きようふたで、こいおもいこんで、おあるきあそばしたからなんだろう。」
「つまらないことをってらあ。」
 おかはまた、こうけいれんするようにまゆのあたりをうごかし、くちとがらした。
「ああそうか。じゃなんだなあ。ちゆうけんしたんだなあ。」
 わたしはてっきりそうだとおもった。ところでおかは、それにはなんともわなかった。かれわたしほうかえしていて、それからよこいてしまった。ときかれのつくためいきが、はっきりわたしみみについてきた。わたしはまたとき、ふとにんしんうことをかんがえた。──おんなるものをないので、それを今日きようあるいているちゆうに、おかはなしたのではなかろうかとおもってみた。がしかし、それにしては、すこはやぎるとうものだ。だからあとで、「そんなことがあるものか。」とおもった。そしたらこんは、おかろうとは、それはいったいなにをさしてうのかわからなくなってきた。そして、わからないだけに、けいとそれがになってきた。
ひとててみようか。きみろうなるものを。」
 わたしおもわずこうって、またかれほうなおした。けれどもかれは、やはりよこいたきりだまっていた。それがみようわたしいらたせてきた。
きっあれだ。かねのことだ。きみかねしいとうのだろう。そして、おんないっしよになろうとうんだろう。」
 こうったときわたしは、おそらくはかれは、いっしゅろうばいいろせるだろうとおもった。それはちようちゆうふかかくしていたものを、にんあばかれたときのように、つううのか、かいこんうのか、それともふんうのからないが、とにかくそれらのひとしくはふたつのものをうちふくんだ、ろうばいいろせることだろうとおもっていた。ところでおかは、じんそれらしいひようじようせずに、やはりだまっているのだ。ときすこしでもかわったものがあったとすれば、それはよこきのくびまっぐにして、せたくらいのものだ。それがまたなにわたしあおってきた。
「そうだ。それに相違ちがいない。だいきみかおに、『かねしい』と、はっきりてるじゃないか。」
 わたしやけにしつけるようにこうって、こんわたしましていた。するとおかが、こんおればんだとったふうに、
じようだんっちゃいけない。」とって、をあけてわたしほうをみた。そして、ぐとあとへつづけて、「まるではなしちがっている。」とったかとおもうと、またじっせてしまった。ようが、わたしたところ、れいってかれは、わざしきして、わたしをじらそうとしているもののようにさえおもわれるのだ。だからわたしはなおとしやくにさわってきた。
「じゃどうしたんだい。まさかにけんしたあげに、ころしちゃったわけでもあるまい。」
 わたしはもうへくると、あとかっにしやがれとおもった。だからわたしは、またよみうりしんぶんりあげて、ざっぽうらんをおとしていた。すると、しばらくしてから、おかおもいきわめたように、
ぼくはあのおんなと、わかれようとおもうんだ。」とうのだ。そして、かすかながらにちょっといきをして、またうついてしまった。わたしちょっと、それとくとおどろいた。
「それこそ、きみいぐさじゃないが、じようだんじやないぜ。──どうしたら、いまになってわかれようとうんだい。」
 わたししんぶんげだして、バットにをつけた。
「なあに、べつわけうほどのわけもないんだが、今日きようごろから、おんないっしよいらをぶらつこうとうのでもって、じついままでばたあるいてきたんだ。ところであいきたんだ。」
 おかへくると、まただまってしまった。
「で、どうしたんだよ。」
 わたしうながすと、ようやあとをつづけだした。まるでそれは、べんが、いたずらにことをきよこうして、もうしてでもしているようなふうなのだ。
「──あるいているうちにね、ぼくはふとになって、おんなをさきにあるかせたんだ。するとどうだろう。あるきようとったらないんだ。それにうしろ姿すがただな。そのうしろ姿すがたったらないんだ。ぼくまったきたくなっちゃった。そりゃね。ものこなしなんぞはどうでもいさ。せようひとつで、どうでもなろうとうもんだから。ところで、まるでべたをるようにしてさ、そとあるあしりったらないんだ。それにかたつきだ。──かたからあしまでのかたちったらないんだ。なんのことはない。らくなかか、しくはくわばけものみたいじゃないか。ぼくはすっかりいやになっちゃった。
 こういながらもおかは、のなりかたちがまたについてきたのだろう。それをちけすために、じっじて、くびを二三ゆうりうごかした。わたしはなしきながら、ふとうまいちけるはくらくおもいだした。すると、ひとりでにしさがみあげてきた。がしかしときこえしてわらにはなれなかった。はんたいときこころちの一めんには、いっしゅげんしゆくさとってもいようなかんじがしてきた。だがしかし、それもこれも、いったんくちだんになると、みごとにうらられてしまった。
「なんだい。そんなことかい。」
 これは、わたしときったことだが、ひとりこれは、わたしっているせいかくのいたすところか、それともこれは、ともすれば、にんきようよろこぶ、にんげんつうゆうびようへいからからきているのからないが、とにかくわたしはこうったのだ。くせわたしは、こうってからも、かれちゆうふさうしろ姿すがたようとおもいたったこころちや、それをてからあとかれかつごとくそれを憎にくんできたちは、わたしにもなおるようにはっきりわかってきた。どうわたしには、かれもまたわたしどうようおんなからはなれて、ただひとになるのだとおもうと、わたしむねひらけていくようなあんさをかんじた。ところでかれは、おんなを、それはたとえ一でも、あいあいされていたものを、そこにはなるじようがあるにもせよ、れとで、いっとうりようだんろうとするのだとおもうと、こんはまた、ぶんむねくぎづけされるようなせつなさをおぼえてきた。しかし、これはくまでわたししんこころちである。そうにんうちにあるものは、さいおかには、さっすべくもなかったのだろう。かれわたしったことままうけると、それからくるかいさとともに、いっぽうふさたいするけんえんさをほきすように、
「ああ、いやだ。いやだ。もううまれかわるんだ。そして、べんきようするんだ。」と、にもおもいこんだらしい調ちようでもってこううのだ。わたしはそれをくと、わたしひとが、ふかたにまよいこんだようなちになってきた。
いやだとうなら、そうするんだなあ。ちようきなところからいっしよになったように、いやになったらわかれるんだなあ。」と、ときこうって、にもれいせいさをうしなうまいとつとめてみた。がしかし、それがくちいてときには、かこうあやしくふるえをびているのがわたしにもはっきりかんじられた。
「まあ、そうだ。」
ぼくはそうおもうよ。──せめて、ぼくたちほかもとめるものたいしてだけは、きよくゆうでありたいとおもうよ。」
「まあ、そうだ。」
 かれはこうってから、
きみも、みにくいものはいっしゅざいあくだとったが、ぼくいまそれをつうせつにするよ。」とそんなつかぬことまでったりした。
 それから、わたしたちはそれにちなんで、またわたしたちしようがいたいしようになるおんなのことにいて、いろいろとはなしあらたにした。しかしそれは、ほろびていくものまつるように、くまでかなしいことばかりだった。ことおかうことは、えゆくともしかげをみるように、あわれにもさびしかった。ひとつはわたしこころなしからないが、調ちようには、やぶれたぶつへんにしてそれをぎあわしているときのようなかなしさがあった。

2020年10月6日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第23話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

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