第17章

根津權現裏(第18話)

焚書刊行会

小説

5,528文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 よくじつおかがやってきた。
 またよくよくじつどうようだった。
 それからもわたしたちは、ほとんどまいにちかさずにっていたとってもくらいだった。ろんあいだには、わたしほうからけていったことのあるのは、うまでもない。
 ところでこれは、のことがあってから、たしか二三にちしてからだったとおもう。があるいは四五にちしてからだったかもれない。おかわたしのところへきて、
きみおんなほど、あわれなものはないなあ。」とうのだ。わたしは、それがなにするものかわからなかったから、
「それがどうしたんだい。」とうと、かれは、わたしったことなどは、みみにもれないように、
まったく、おんなほど、あわれなものはないよ。」とおなようなことをくりかえすのだ。
「そんなことは、わなくたって、わかってらあなあ。どうしたんだい。」とうと、
「いや、さくぼくが、づきったとおもいたまえ……」とうから、
「ああ、それでわかった。ふさつぼねが、ほたるとらえて、『どうしてほたるかないんでしょうね。』と、こうおっしゃったとうんだろう」と、わたしちゆうから、ぶんほうはなしきとって、こううと、
「ううん、そうじゃないんだ。さくやっこさんが、ひとふたはなしをしているうちに、はやいっしよになりたいとうんだ。ごろにいるのが、つまらなくてならないとうんだ。ぼくはそんなないそうだんあいになっていたってはじまらないから、くちからほうだいなことをって、いいげんばつあわしていると、しまいにやっこさんは、『わたしほうへいこうしようじよこうになってもいわ。そしたら、なんとかならないことはないでしょう。』とうんだ。それいてぼくは、なさけなくなっちゃった。」とうのだ。にはもう、ぜっそくったこいびとがんめんまもっているような調ちようがあった。そうだ。しんらいっていたもので、ごとうらかれたときのような、かいこんと、つうさとうようなものがあった。
いじゃないか。むこうのぶんには、すこしもがないじゃないか。ぼくわせると、そうわれて、わるくしているきみのほうがよっぽどどうかしてるぜ。ぼくなら、なみだながしてよろこぶなあ。」
「とうのは、どうなんだえ。かんがえてみてくれたまえ。りにもぼくがだ。ぶんのワイフをじよこうしていてさ、まいにちまいにちかえりをってれるかどうか。ぼくいやだ。んでもそううことはいやだ。」
 かれは、てきからとどけてきた、かんこうじようにしたときのようなふうなのだ。そして、そううことをえてするくらいなら、むしとうしよかくどおり、しろまくらうちじにしてしまいたいとったようなせっぱくかんが、げんがいあふれているのだ。わたしは、かれかんじようであることはっていた。だから、ぶんしんのことをほかむかってあいには、ともするといくぶんちようともなうこともわかっていた。それだけにときも、またかれびようへきおこしているのだとおもうと、わたしぜんぜんそれとどうかんだったとしてからが、のまま、ちよくせつはっぴようするになれなかった。とどうに、わたしはそれをみみにすると、わたしひとまでも、あのしゆんかんのようにどくおんあいをしつづけねばならぬもののようにおもわれてくるほかの一めんには、わたしくまでわたしこのまぬおんなかれとをどうせいさせて、それにってうまれてくるこうまえに、かれかしめてやりたいとう、いやしいこころちにせいせられたところから、わたしなかしきして、にもそれにはんたいしなければならなかった。で、わたしかれことれると、
ぼくにはわからないなあ。きみこころちは。だってそうじゃないか。とうぜんあいけつは、までこなければならないじゃないか。だから、ぼくむしきみは、さいおんなかんしやして、ぼうれてやるこそ、きみるべきさいぜんみちだとおもうなあ。」とってやった。
きみはまるで、ぼくこころちがわからないんだ。そんなべらぼうなことがるもんか。」
るもんかって、ぼくならするなあ。それがいっとうほんとうみちだろうじゃないか。なにきみのように、そうがみがみと、りちらしやしないじゃないか。ただぼくかいだから、かいだとうんだ。」
ようでございますかよだ。」とって、わたしはちょっと、ねっしかかってきたはなしこしっていて、「じゃそれでいじゃないか。とにかくあつさだ。もうそうはなしは、またのにしようじゃないか。ぼくはもうあいだ火傷やけどでもって、からだじゆうがひりひりしてこまってるんだから……」とって、わたしは、ながれていくバットのけむりあとをみていた。するとおかは、れたけいふりのようなつきをしてきた。そして、
なにも、そうまでわなくたっていじゃないか。」とったかれぜつたんには、はりくわえてんでいるようなするどさがあった。わたしときひとぶんおりっこんで、さびしいのろわれたようなぶんいたわっていたのだ。ちようへ、かれがこうってきたので、わたしっておどりあがったが、それがまたいっそうわたしはんかんあおってきた。そして、わたしは、ふるえあがるむねきしめながら、なおもじっしだまって、バットをっていた。
なにぼくは、きみはんかんおうとおもって、こううことをうんじゃないんだ。今日きようぼくは、のことをきみはなして、きみけんきたいとおもってやってきたんだ。だからぼくしんけんなんだ。それをきみは、なにぼくが、おもしろおかしく、のろでもいちらしにきたようにって、あたまからちやしてかるたあ、ちとひどかろうじゃないか。これはきみひとうんじゃないが、いったいけんやつらは、おんなはなしとさええば、あたまからにしてかるが、それがぼくにはわからないんだ。くせついしようなら、ごとやすめてもきたがるんだから、しくなるじゃないか。とうときみは、こんぼくめてくるだろう。そりゃいままではぼくわるかった。だからぼくはあやまる。ぼくきみが、あさくさおんなこいしあっていたときは、すこしもこうらしいこうさえもせなかった。あるあいにはぼくは、このんでぶんしんひくくするようなことばかりっていたが、あれはぼくがまだいたらなかったせいだ。で、きみいまあのときふくしゆうをするのだとうならべつだが、しかしきみは、そんなけちにんげんじゃあるまい。それに、きみはもうけいけんしやなんだから、うえなにこのんで、そんなくだらないをしなくたっていじゃないか。」
 かれはこうって、こわばちへ、しずかかれにしていたしきしまはいをはたいた。そして、またそれをくちにしてからも、はやはりしたほうけていた。
 ところでわたしは、かれからそうわれると、まさひやくれいすいびせられたようなちがした。わたしはっとおもうとどうに、いままでいだいていたはんかんにくも、ちどころにいっそうされてしまった。そして、あとにはざんかいこんのみがのこされてきた。
「だって、なにもこれがけんじゃあるまいし、きみなにぼくのことを、いやぼくだって、なにきみのことをわるってるわけじゃないじゃないか。きみはいけないよ。ひとがちょっとひるをしてると、みをおそってきて、たいしんやりきつけていて、しようばわりをするんだからなあ。わるいとこは、ぼくだってあやまるよ。」
 わたしいぐさは、みじめなほどしどろもどろだった。かなしいかなわたしには、ときはそううよりほかはなかった。それから、しきがはっきりぶんのものになってから、わたしいくぶん調ちようあらためて、
「で、きみはどうしようとうんだ。それがなによりせんけつもんだいじゃないか。」とって、おそおそかれほうをやった。かれめんじようには、まだふんへんえいただよっていた。
「それがぼくにははっきりしないんだ。それでじつまよってるんだ。」「ぼくわすれば、なにまようがものはないじゃないか。それこそほかもんだいちがって、のことばかりは、きみりようけんひとつにってまることじゃないか。つまりきみが、あのおんなべてをゆるしうるかどうか。いかえると、きみはあのおんなべてをれうるかどうかともんだいだ。それさえつけば、あとはたるもんだいじゃないか。」
「ところで、それがわからないんだ。」
こまるなあ、きみのようでも。ぼくわすれば、こうもんだいは、あいおんないて、それそうとうしきがなければだとおもう。ところできみは、おんなぶんきようようかんせいかくなどにいて、ぶんゆうしきしやだろうじゃないか。すくなくとも、ぼくなんぞよりは、きみほうはるかゆうしきしやなんだ。だからそれにって、きみかんがえてみるのがなによりじゃないか。そうだ。それにいまのところ、にんぜんぜんわからないてんまで、きみひとつかんでるんだから……」とっていると、おかびこんできて、
「なんだい、それは。ぼくひとつかんでるってうのは。」とって、じっわたしかおをみた。それをけてわたしは、
「それはなんだよ。きみはまた、こううとおこるかもれないが、きみはあのおんなの、にくたいべてをっているじゃないか。……」とってくると、あんじようかれは、
きみは、ぐそんなとうなことをうからこまるよ。」とばかりに、のようになっていきどおってきた。
「なにもとうなことはないじゃないか。よしまた、いまひやっゆずって、これをとうなことだとしてもい。それがぼくたちからみて、おんなだいじようけんだとすれば、それをくちにすることは、あいむをえないじゃないか。ぼくはそうおもうんだ。おんなぶんあり、きようようあるうえに、もっとせいかくおよもっとようぼうしよゆうしやであるとしてからが、おんなにくたいけってんがあって、ぼくたちせいよくじようたいしようとするにりないものだったら、かわらにもひとしいものだろうじゃないか。ところで、きみおんなは、せいはんたいだとうじゃないか。だからぼくは、もんだいぼくなんぞにはかるよりも、一にきみどくだんってしかるべきだとおもうよ。」
「そりゃそうもえるさ。いや、そりゃたしかにしんだ。だがしかし、ぼくはそううことはどうでもいんだ。──はやはなしが、あのおんなは、がっこうきよういくなどは、四五ねんしかけたことはないらしいんだ。それにあのおんないえは、まつあらものなんだそうだよ。しかし、そううことは、ぼくにはどうでもいんだ。ぼくはあのおんなが、べてをぼくゆだねてさえくれればぼくべてをはなからやりなおしてやるつもりだから。ただぼくきみきたいのは、あのおんなようぼうなんだよ。どうだろうきみ、あのつらつきのおんなと、ぼくけっこんしていだろうか。」
「そいつあこまったなあ。」
「どうしてさ。すこしもこまわけがないじゃないか。ぼくはそれをたんなくきみってもらいたいんだ。」
「だってきみ、それこそうやつじゃないか。ええ、しまにようぼうきだって。だから、てんいてなら、ぼくにはなんともえないなあ。」
「そりゃそうだろうさ。だが、きみぼくとして、ぼくたちになって、これをとりあつかあいにはどうする。」
 おかは、わたしへんとうかんって、さいしようけっしようとするもののように、滿まんしんちからめてこううのだ。だからせつには、わたしはどうしようかとおもった。が、ようは、ぶんうちしんずるところを、そっちよくうよりほかにはかたがないとおもったので、
「さあ、あいはだなあ。きみおこっちゃいけないぜ。ぼくちよくせつうんだから。──これがぼくなら、ぼくはなから、ああおんなもんだいにはしないなあ。」とって、わたしかれほうた。かれ滿まんしんちからめてしつもんしただけに、わたしへんは、かれっては、ちようばなたたかれたもののようにおもえたことだろう。しようにはかれは、
「そうかなあ。」とって、あおしおでもられたようになってきた。わたしはそれをるとわいそうだとはおもったが、しかしそうかとって、ほかにこれとほうほうつからないのでよわってしまった。かたのないところからわたしは、
「そうだ。ぼくならもんだいにしないが、きみあいは、いまもんだいにしつつあるのだから、きみはもっともっと、かんがえてみるひつようがあるとおもうなあ。──きみからて、ければそれでもんはないんだからなあ。ことわってくが、ただぼくいやなんだ。」とって、くちつぐんでしまった。するとおかは、
「だからぼくかんがえているんだ。」とって、せてしまった。それからわたししばらしだまっていたが、しかし、までそうしていてもはじまらないから、
「これはきみっていてくれるだろうが、ぼくにはちようきみれんあいじようしゆしやであり、またけっこんそんちようろんじやであるように、ぼくようぼうじようしゆしやなんだ。ぼくからえば、おんなべてはおんなようぼうあらわれているものなんだ。つまり、ようぼうは、おんなのもののしようちようなんだ。だから、それがらないあいには、ぼくはもうおんなもんだいじゃないんだ。でちょっとことわってかなきゃならないのは、ぼくきなようぼうなるものは、くまでぼくいっきなようぼうで、にんからて、それがどんなにみにくく、またどんなにいやしくえようが、そんなことは、ぼくにはもんだいじゃないんだ。ぼくいままでのけいけんいても、おおくのあいすくなくともぼくゆうじんは、ぼくこのおんなを、いやしみ憎にくあいほうおおかったんだからなあ。で、いまこれをぼくからえば、きみにはまことにもうわけがないが、きみおんなのようなおんなは、くらそうめいであり、ぜんりようであっても、ぼくならもんだいにしないんだ。とうのは、ぼくきみおんなのようなようぼうおんなけっしてそうめいであり、したがって、ぜんりようものだとはしんじられないんだ。だから、ぼくかのじよが、きよまんさんきんづきでくるとうなら、ずいぶんがままないぐさだが、あいは、ぼくさんきんだけをもらって、あとは、一昨日おとといいでってやりたいんだ。だがしかし、かいしてくれちゃこまるよ。これはくまで、ぼくいっしゆであり、ぼくいっけんかいなんだからなあ。」とってやった。そして、うえはもう、もんだいいては、いっさいようかいしまいとおもった。
「そりゃわかってるよ。そうかなあ。」
 わたしことれると、おかがこうってたんそくした。
「まあきみは、もうすこおちいて、うえでもう一、ゆっくりかんがえてみるんだなあ。それにかぎるよ。」
 もうわたしは、これでくちくまいとおもった。
「まあ、そうだなあ。」
 おかは、おなじようなことをってたんそくした。

2020年10月1日公開 (初出 日本図書出版 大正11年発行 単行本

作品集『根津權現裏』第18話 (全45話)

© 2020 焚書刊行会

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