第3章

根津權現裏(第4話)

焚書刊行会

小説

3,609文字

芝公園にて凍死体で発見されるという最期をむかえた「破滅型の私小説作家」藤澤淸造の代表的長編の電子化テキスト

 いしざきのところへきてみると、あんじるよりはみやすいとたとえどおり、ちようかれは、いまそとからかえったばかりだとうところだった。わたしかれしよさいになっている、二かいの六じようとおっていくと、いしざきとうまるばちかたかざしながら、かたしきしま(※タバコのめいがら)をってぼんやりしていた。
「どうだい。かわったこともないか。」
 わたしいしざきすすめてくれるとんうえ胡床あぐらをかくと、れいって、わずらっているひだりあしみぎってきて、ひざかんせつからあしくびのところまでひとさすりさすりながら、こうってあいほうた。するといしざきは、
「ああ。」とあいそう調ちようって、かれもまたわたしかおをみた。
「どうしたんだい。めていかおをしてるじゃないか。──でもしてるんじゃないか。」
 わたしはこういながらてみると、かれちやあかしまはいったなセルていたが、それがしたている、うすねずじゆばんえりのあたりを、にもうつくしくせていた。いしざきくちぐせのように、「おれしやかりをするのは、ばいどくりんびようになったときだけさ。」とってるから、それをとおしてそうぞうされるかれたいかくは、うしぶたのように滿まんしていて、るからに憎憎くしいもののようにおもわれるが、じつはとえばちようそれとはんたいだ。そして、いしざきようぼうは、何方どちらかとえばうりざねがおほうだ。すくなくともまるがおではない。かれいっとうけってんりようのややひくいことで、ほそいながらもには、かんなくかれとくしよくむことがる。それがかれせんこうしているほうりつしよや、つれづれのあまりにしようせつるいはいっているならざいつくったおおがたほんばこ、それにすこがたではあるが、たんつくえなどをはいけいにしてしているのをにすると、わたしみようさびしくなってきた。いまがたぐらざかとおってくるあいだおもってみたかんがえが、またへきてよみがえってきた。わたしぶんけんこうさと、ぶんまずしさとをおもうと、それがやがていしざきたいするせんぼうじようかわってきた。そして、ぜんうちあつくなってくるのをおぼえた。
「ううん。そうじゃないよ。からすこあたまいたいんだ。」
 いしざきときこうって、ちょっとひたいってったみぎでもって、くちのあたりを二三ばかりじようさせながら、
さくやけにあおったもんだから、てんばつ覿てきめんうやつでもって、すっかりたたってきやがったんだ。」
 いおわるとかれはまた、ひたいみぎっていって、おさえてみた。
ったんだい。さくはまた。」
 こうわたしくと、いしざきはこともなげに、
「なあに。」とうから、
れいのところか。──『おります』せんせいってきたのかい。」とったものだ。
「まあ、そうだ。」
 いしざきのなさそうなへんをして、しきしまはいおとした。
 わたしいしざきざけ(※ざけ)をあおったとうのをくと、ぐと「おりますせんせい」をれんそうした。──「おりますせんせい」とうのは、ぐらざかげいなのだ。かれはるからげいんで、ちかごろではずいぶんふかなかだぜとばかりにのろけているのだ。さくきっげいって、なにさわったことがあったところから、またびようおこしたのだろう。それから、「おりますせんせい」とうのは、げいかつて、いしざきのところへしたよびじように、「わたしっておりますわ。」とあったところから、わたしたちはそれらいなつげいを、「りますせんせい」とえてしまったのだ。
「どうしたんだい。けんかい。」
「そうよ。あまめたことをしやがるから、ばしてやったんだ、あとさけだ。どうしてたか。どうしてきたか。までまるでらないんだ。」
 いしざきはそれをくちにしながら、すこがんしよくえてきた。おそらくはかれは、またさくのことをおもいだして、ふんえられなくなったのだろう。しようじきうとわたしは、とくよるは、こんなはなしにはなんらのきようてなかった。はんたいわたしは、そうったふうまちりをしてかれしかれいっげいあいに、けんこうろんをしてくることのいしざきぶんのほどがうらやましくなった。だから、るものならこんなはなしは、もういらでちきりたいとおもったが、しかし、きがかりじようそうもならなかった。かたなく、
「どうしたんだい。あいろうでもたとでもうのかい。」とって、わたしのみしのバット(※ゴールデンバット。タバコのめいがら)をふかってみた。
「そうじゃないんだ。いっそうなら、此方こっちにもかくがあろうとうもんだが、そんないたんじゃないんだ。なあに、ことはつまらないことなんだ。」
「じゃ、けてもけてもこないでいて、ようやくやってくると、ふさぎこんでいて、いっこうくちかない。そうったわけなのかい……」
 いしざきは、かるくびってだまっていた。
「じゃどうしたんだい。きみさくとまろうとすると、『おかえりなさいよ。おたくしゆもあってよ。』とでもったので、いかっちゃったのかい。」
 わたしはこういながら、ふとぜんこうけいそうぞうしたときには、たまらなくしっじようられてきた。うえせいしようどうさえもかんじてきた。
 「ううん。そうじゃないんだ。さくぼくは、はんえりってってやったんだ。──はんえりしいしいとうから、じゃったらいだろうとうと、『あなた、ってくれない』とやがるんだ。かろう。そいじゃつぎってきてやろうとってやくそくしたそれを、ってってやったんだ……」といしざきうのだ。わたしかれはんせいおもいみて、ついしくなったところから、こえさずにわらってしまったのだ。するといしざきはそれをとがめて、
なにしいんだい。はんえりってってやったから、ってってやったとってるんだい。それがしいのか。」とって、しきしまはいきさしながら、すこ調ちようとがらかしてきた。
べつわらいやしないじゃないか。──それからどうしたんだい。」
 わたしはあわてて、しようちけして、わざことちかられてみせた。
わらったじゃないか。いま。」
 いしざきは、もう一それをくりかえしたが、いっぽうには、のりかかったふねだとちがあったせいだろう。
「ちったあ、しんみようにしてるんだなあ。」とこれはどく(※ひとりごと)のようにいながら、もなくあとをつづけた。
「で、ぼくはんえりってってやったんだ。するとおりますめ、それをってみて、いろるのらないのと、さんざんたくならべたあげに、『なんだかようは、やすっぽいわね。」とやがるんだ。だがそれもいんだ。──ぶんがそうかんずるんだからかたがない。ところへちようはいってきたじよちゆうが、『まあ、てきだこと。』とかなんとかいながら、それをりあげて、ぶんむねのところへててみてると、おりますのやつめ、『ねえさん、あなたらない。』とこうやがるんだ。そうわれればだれだって、『わたしらないわ。』とうやつがあるもんか。かたごとじよちゆうのやつは、『わたししいわ。』とったもんだ。するとおりますめ、『じゃおかけなさいましな。だんでも。やすものですが。』とって、わばまあ、まだおれものじよちゆうにくれてやるんだ。おれたるものおこらずにれないじゃないか。おれは、『そうどうもみませんわね、いただいていこと。』とって、かたみにおりますとおれとをながら、それをりようちそえて、しいただくのをるとどうに、おれおりますのやつをばしてやったんだ。おりますのやつめ、なんとかったっけ、『なにするのよ。ひどいわ。』とかなんとかったっけ。それがけいおれあおってきたから、いやうほどってって、ばしてやったんだ。それからあとさけだ。こんさけはいばんでもって、ぐいぐいけたんだ。それからあとは、までぜんかくなんだ。びおこされてきてみると、まえばんあばれたに、おれてるとまつなんだ。めると、またさけにしようとったんだが、まちいのやつらは、なんだかんだとって、いっこうりあわないんだ。そして、『なつねえさんもなつねえさんだけれど、いいさんもいいさんですわ。なつねえさんにきずでもついたら、それこそたいへんじゃありませんか。』てなことをやがるんだ。しやくさわるからおれは、かかあじよちゆうも、みんなころしてやろうかとおもったんだが、そうなるともう、しらほうがくせいくらいなさけないものはないや。あたまうかんでくるのは、けいほううやつだからいけねえや。しかったがおれは、のままくちかずにびだしてきたんだ。」
「そいつあさわぎだなあ。だがきみこうじゃないなあ。」
 わたしすこしくなったので、ついうこともひややかだった。わたしはもうへくると、よるもくてきがふいになったことをさとった。よし、わたしはなしすきをみて、りだしたところで、いしざきがそれをかいだくしてくれるはずのないことは、かれせいかくかれへいぜいからて、じんうたがのないことだ。それとわたしは、けんおこりとうのが、かれおんなってってったはんえりからだとると、もうそううことをりだすりよくはなくなってしまった。ただわたしには、さびしいあじないちばかりがのこってきた。ひとつはそれもつだって、わたしをしてそうったことかしたのかもれない。

2020年9月16日公開

作品集『根津權現裏』第4話 (全60話)

© 2020 焚書刊行会

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