白い世界に咲いた赤いバラ

応募作品

Cocoa

小説

1,793文字

第1話 空

目覚めの悪い朝。

まだ昨日の事を忘れられずに引きずっているこの嫌な気分。

営業会議で、また嫌味を言われた。

春に新入社員が入ってから、私の吊し上げのような会議が恒例行事化されている。

さすがに女子大を出て5年。

営業として、さしたる成果もあげてない上に、もう四捨五入すれば三十。

入社したての頃は全然営業成績が上がらなくても、チヤホヤされたのが遠い昔のよう。

最近では、漢字も計算もろくにできない金さえあれば入れるナンチャッテ芸術大学出の後輩男子にも付け込まれる始末。

 

もう限界……。

 

昔やっていたドラマの挿入歌ではないけれど、戦う意思はないので、ほっといてもらいたい。

人と関わりのない仕事ってないかな。

たとえば小説家。

明日は、新作の取材のためニューヨーク。

みたいな人生に憧れる。

勝手な逃避行だとは分かっているけれど、想像の世界だけでも自分の好きなようにさせてほしい。

朝食の菓子パンを濃くて甘~いカフェオレで胃の中に流し込み、紳士服の〇山で買った黒のパンプスに足を通し、すし詰めの電車に乗るために急いで駅へと向かう。

点滅し始めた横断歩道を慌てて掛けている最中に、安物のパンプスのヒールが折れてバランスを失う。

小学校の運動会の徒競走で初めて転んだ時もそうだったけれど、こういうピンチな時って、どうしてスローモーションになるのだろう?

それに音声もサイレントになるし。

ゆっくりと、横断歩道の白線が近づく。

もちろん白線の方には、私に近付こうとする意志が無いのは分かっている。

やがて、視界が真っ白になり、そのあとブラックアウトした。

 

*******

 

次に目を開けた時、私はさっきまでの事をすっかり忘れて、ごつごつした小石の沢山ある場所を歩いていた。

白く濃い霧の中、どうやら私は河原を歩いているらしい。キョロキョロと周りを見渡すけれど、この霧のせいで五〇センチ先も、自分の足元さえ見えないのだ。

空を見上げてみると、そこには立ち込める濃い霧の上に薄っすらと青空が見えている。

「今日の天気は晴れ。所により濃い霧が発生するでしょう」

なんとなく、お天気お姉さん風に独り言を言ってみる。言ってから、今何時だろう?と考えて左腕に付けた腕時計に目を落とす。けれどそこにあったのは白く華奢な手首だけ。

「あれ?腕時計忘れて来ちゃった」

退屈なので腰のポーチから携帯電話を取ろうとすると、そこには不健康なほど細いウエストに腰骨が飛び出していた。

一体携帯はどこに置いてきたのだろう?それにポーチも……。

霧の中、川のせせらぎが聞こえる。

「やっぱりここは河原なのだ」

名探偵の推理が当たった時に言う台詞のように得意気に言ってみた。

あはははは。

つい、はしたなく大声を出して笑うと胃が捻じれそうに痛くなり、その場にしゃがみ込んだ。それでも笑いは収まらなくて、いったいこの小さな肺にはどれだけ空気が入っているのだろう?なんて考えると、また可笑しくなって更に続けて笑う。笑う。笑う……。

いつの間にか、肺の空気が全部抜けてしまったのか笑うための空気を送り出すことが出来なくなり苦しくて胸を押さえると、そこに円い膨らみがあることに気付く。

私は胸を押さえてうずくまる。

河原に敷き詰められた灰色の石たち。

その石たちに黒い模様が

ひとつ。

ふたつ。

と増えてゆく。

みっつ。

よっつ……。

「雨!?」

慌てて折り畳み傘を入れている手提げ袋を探そうと地面の上で手をバタバタと振り回すけれど、手提げ袋をみつける前にバランスを崩して尻もちをついた。

「痛い!」

いや、痛くない。

いいえ、痛くないことはない。

けれども、痛いくらい痛くはない。

痛いのか痛くないのか微妙な気がしたけど、手が勝手に、その痛いのか痛くないのか分かりにくいお尻をさすっていた。

柔らかい……。

赤ちゃんを守るために男性より豊かに作られたお尻に感謝する。

考えている途中で雨のことを思い出して空を見上げると、最初に見たのと同じ霧の上に青空が見えた。

空を見上げながら鼻をすすると鼻水が落ちそうなのに気が付きチノパンのポケットからハンカチを取り出して鼻をかんだ。

お気に入りの鼻。

鼻筋の通った華奢だけど日本人にしては少しだけ高いのが自慢。

だから荒々しくかむのではなく、優しくかむ。鼻をかんだ後で気が付いた。

「ハンカチは、あるのね」

そして、もうひとつ。

石が濡れていたわけも。

雨ではなかった。

2020年8月23日公開

© 2020 Cocoa

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