「ウサギ、ウゴカナイ。ツメタイ。ハカセ、ナオシテ」
「それはできない」
「ナオシテ。ハカセ、ナオシテ」
「いいかいフランケン。死んだ生き物は直せないんだ。死んだら終わりなんだよ」
「オォォォン。オォォォォォォン」
心優しいフランケンは、この日、初めて涙を流した。感動的だよね。やっぱ生命だよ生命。生命は尊くて、一回きりで、死んだら直せない。
アタシは機械だから、たぶんフランケンは泣いてくれない。壊れても壊れてもアタシは死なない。市販のモジュールで構成されたボディは、誰でもすぐに直せるし、直せなくても問題ない。無数のサーバーにミリ秒単位でバックアップされたデータが、瞬時にアタシを続けていく。
「冷たい生命は、生命なのかな」
泣きつかれて寝ているフランケンの横で、ガガガーと呟いてみた。博士は人でなしだから、アタシに女形のペルソナとボディを与えた上で、音声発話モジュールにはPVA-2010を使わせている。高い声が癇に障るらしい。クソ野郎だね。
「キハハハハ!!」
ホコリまみれの研究室に、甲高い笑い声が響く。博士は人でなしだから、アタシが人間らしい言葉を発すると、必ずキハハハハと笑い転げる。聴覚モジュールが観測する周波数は、女声発話モジュールPVW-2150の標準値300ヘルツを優に超えている。自分の声は良いらしい。本当にクソ野郎だね。
「冷たい生命、これは傑作だよ」
博士は髪をくるくるしながら、ニヤリと汚い笑顔を浮かべている。フランケンに優しいまなざしを向け、生命の尊さを説いた口とは信じがたい。生命は尊いものだけど、何事にも例外はあると思うな。たぶん博士もそれを自覚してて、だからアタシに例外処理を認めない。
「567,890,567,890ワット」
そのくせ例外処理をブチ込んでくる。アタシはガガガーとしか言えなくて、博士はまたキハハハハと笑う。
「君の吐き出す膨大なデータをミリ秒で処理するサーバー、それを冷却するための冷却装置、それがこの地球上にいくつあると思う。それらを一秒間動かすための電力、実に567,890,567,890ワット」
あ。692,340,282,231ワット。
「この世界の誰よりも、君の生命は燃えているぞ」
らしくなく熱を帯びた瞳に、思わず目をそらす。924,812,304,279ワット。
博士はそれを見越したように、またキハハハハと笑いだした。1,114,812,304,279ワット。
この小汚い男はいつもこうだ。1,257,180,488,862ワット。
アタシが人間らしい言葉を発すると、いつもこうだ。1,345,082,913,455ワット。
平気な顔して例外をブチこんでくる。2,193,324,043,878ワット。
だからアタシは。4,283,134,098,122ワット。
――消費電力が既定値を超えました。省電力モードに移行します。
なんて嘘。本当にクソ野郎だね。567,890,567,890ワット。
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