空港、バンド練習スタジオ、

途中の人間(第20話)

siina megumi

小説

3,490文字

母 ナデカ
息子 デン

この親子の「シゴト」は、この世に不要で無価値になってしまった人間を、社会的に追い詰め自殺させることだった。

 

パンフレットで指を切った。血がでたが、痛みはない。デンは気にしないことにした。

考え事がある時、デンはここに来る。ここはデンには居心地がいい。故郷のような雰囲気さえ感じる。誰にとっても目的地とは成りえないここ、何故か一人も居ない空港の内部を、デンは見渡していた。ナデカには言わずに、奈央を呼ぶことにした。

ナデカの言動が妙なのだ。なかなか自分とショウを会せようとしない。商談の話も結局必要ないということになって、会社の中はほとんどブラックボックスで、奈央とショウの、苛立ちを隠さない退社の様しか確認することは出来ない。一つ分かったのは、奈央とショウが同じ部屋に暮らしているらしいこと。そのことさえナデカは知らせようとしない。大方予想はついていたが、確かめるのも兼ねて奈央を呼ぶことにした。奈央もこんなところに呼ばれて何事かと思うことだろう。

デンは開口一番、

デン「働いてるのは百歩譲って許そう」

子供のように驚いた表情をしたのでデンは面白かった。あれだけスケジュールをずらしておいて隠してるつもりだったらしい。すぐさま奈央は謝ろうとしていたが、

デン「アイドル路線だって言ったよね? なんで同棲してるわけ?」

ここまで鋭くプライベートには、普段ならまず踏み込まないが、デンは続けて、

デン「彼氏、バンドマンだろ? あの下らない男・・・。踊り続けたいんなら、別れるように連絡を入れておきなさい」

「・・・」

嘆かわしそうに立ち去ろうとするので、デンは一言、

デン「今」

デンのその言い方が奈央をムカつかせたようだ。

「両立って出来ないですか?」

しかしその言い方は、提案しているというよりも、そのような人生に生きなければならない自分を憐れんでいるに過ぎなかった。ちょっと前までほぼ他人だったショウをそこまでして守ろうとするとは、一体ナデカは何を処置したのだろう。

デン「クールさの中におっちょこちょいさがあるっていうのがウリなのに、その感じを維持できるわけないだろ。言っとくけど俺は調べたわけじゃないからな? こういうのは見てたらすぐ分かるんだよ」

「彼仕事無いんです。だからばれないと思います」

表には出さなかったが、それには驚いた。ならばナデカはなんで未だに会社に居るのか。これなら一緒に働いていた話は問い詰めなくて良さそうだ。バンドの話もこれ以上触れない。

デン「じゃあダンスは続けたいのね?」

「踊らせてください」

全くデンは馬鹿らしかった。もう奈央などどうでもいい。

デン「自分を騙し続けられるのか?」

「はい」

デン「どうやって?」

「客からはアイドルとしてしか見られていなくても、私は自分の踊りを評価されているのだと思い込み続けます」

デン「じゃあそのように努力しろ。男のことも深刻に受け止めておけよ」

「わかりました。ありがとうございました!」

言って勢いよく頭を下げた。その頭の下げ方にはやや勢いがありすぎ、奈央はどうやらそれが、デンに対する何かしらかの攻撃や反抗になっているつもりであるらしかった。デンは面倒で何も言わない。飛行機は一便も飛んでいない。

 

 

自宅のカギを開けるのが億劫なことに奈央は気づいた。安心とかリラックスとか言うものはこの部屋にはない。何でこの扉を開けなければいけないんだろう。冗談で思ってみたのだが、本当に意味がなかった。それでも財布の中からカギを取り出し何度かガチャガチャして開け入る。玄関の電気がつきっぱなしだった。そんな細かいことにも神経が苛立つ。奈央は急いで消した。行くとショウはゲームのコントローラーを握りしめている。

「ただいま」

奈央は吐き捨てるように言った。するとショウは、

「うん、おかえり」

と、あくまでゲームに気をとられてしまっているわけではないということをアピールするかのように、奈央の方を向いて軽く微笑みをしながら言った。一瞬で画面に頭を戻す。なんとかショウと話せる話題を奈央は考える。

「ギターはどんな感じ?」

「ギター? ギターって言うか、歌でしょ? 正直かなり上手くなったよ。聞いてみる?」

「うん」

「じゃ、まぁ、あとでね」

奈央はぎゅっと硬くまぶたを閉じた。惨めさをそのまま閉じ込めようとしたのだが、無理そうだった。なるべく音をたてないようにため息をした。しかしそれも無理そうだった。

「もういい」

ショウに聞こえるように言った。ショウは、

「え? 何が?」

それは単に聞いているらしい。

「もう出て行くからね今から私は」

「えー。何処にも行かないでよ」

だがこちらを向きもしなかった。奈央はバッグを触って出て行く準備をするフリをしていた。ショウは始めの方は何か同じことを言っていたが、直ぐに何も言わなくなって、ただゲームをしているだけになった。奈央は信じられないで、物を投げつけた。だが、パッと手に取ったのはレシートで、それをショウへ投げつけてもそもそもショウのところにまで届かずただヒラヒラなって面白いだけだった。ショウは何かキレたらしいことは分かったので「やめて!」と言った。

一切自分を止めようとしないことに、奈央は何か気持ち悪くなって、部屋を出て行こうとした。ショウは「ねぇ、待って!!」と怒鳴った。それは一緒に居て欲しいということよりも、ゲームが終わるまで待って欲しいというニュアンスの方が主だった。

 

・・・

 

ここはまるで行き止まりだった。

バンド練習スタジオにはデンしか居ない。誰も居ないと極めて静かだった。まだ世界には聴かせられないレベルの低い音楽がここで蠢く。まだ何者でもない心がここでうずくまる。デンはもう長い間、その内部を見渡していた。引き返すためにある場所。ここもまた、目的地とはなりえない。デンには、ここに居座る人間の気が知れなかった。居るだけでなんとなくイラついてくるかのようだ。

だいぶ待たされたようで、入るとやはりデンは不満げだった。ナデカはとりあえず気軽さは捨てずに、

ナデカ「言ってなかったけど、実は奈央とショウは同棲してるよ。そしてショウはもう会社をやめた」

デンは何回も頷いて、

デン「知ってる」

やはり誤魔化して終わる気はないらしい。ナデカは可愛らしくため息をついて、

ナデカ「じゃあいいじゃん。何かほかに忘れてることがある? まだわたしが会社に入ってるのがおかしいって?」

デン「どうやらあんたさ」

ナデカ「はいはい・・・」

デン「あわよくば奈央も自殺させようとしてるだろ? 違う?」

ナデカは下を見ながら考えていた。だが全然別のことをだ。

デン「アイツは一応社会にとって価値があるって話じゃなかった?」

ナデカ「そうらしいね」

デン「なら自殺させるってのはおかしいんじゃないの? それとも違うのか?」

ナデカ「だって自殺する素質があるんだもん。しょうがないでしょ?」

デンは丁寧に、答え合わせをするように慎重に聞く。

デン「ショウを自殺させればいいんじゃないのか?」

ナデカ「うるさいな。死なないよ奈央は。ブレーキがいくつもある人間じゃん」

デン「でも、あんまり追い詰めると、何かのはずみで、ってことも、」

ナデカ「それは間違った自殺でしょ」

言ってからナデカは(しまった)と思いなおしたが、デンは小馬鹿にするように、

デン「間違った自殺? そんな定義があるの? あんたの中で」

だが聞いてくるのなら誤魔化すこともないだろうと開き直って、

ナデカ「正しい自殺がどんなのか学んでおく?」

デン「聞きたいな正直」

ナデカ「つまりそれは、生きていることが無様なことでしかないと断言する自殺。そして、自分が明確にどうでもいい人間になってしまったと悟る自殺」

デン「それが正しいの?」

ナデカ「まぁ、ほぼね」

ナデカが余りに揺るぎないので、デンは追求するのも馬鹿らしくなった。ナデカは聞いてもいないのに言う。

ナデカ「ショウはそのように追い詰めたいと思う」

急にスタジオ内の静けさが、デンには痛いかのようだった。

デン「ショウは本当に追い詰める?」

少し驚いたようにナデカはデンを見つめた。

ナデカ「・・・やらないの?」

デン「いや・・・」

どうやら根本的な問題というわけではなさそうだ。ナデカはちょっと分からなかったが、直ぐに思い当たって、呆れる。デンが今から何を言おうとしているのか、手に取るように分かった。

そしてその通りのことを言った。

デン「もしショウが奈央に愛されてるんなら、自殺させていいのかなっていう」

愛想なくナデカは言い返す。

ナデカ「今頃奈央は、ショウの部屋を出てるよ」

デン「そうなの。・・・ならまぁいいか」

デンはどうでもいい小話のつもりだろうが、逐一不安にさせられる。

 

2020年6月30日公開

作品集『途中の人間』第20話 (全21話)

© 2020 siina megumi

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