完全無欠の孤独

短編集【キミノフォビア】(第3話)

倉椅

小説

1,558文字

僕たちは群れを成す。命ぜられるがまま歩き続ける。 寄り添い、支え合い、また新しい孤独と出会う。

人間は生きる為に群れを形成する動物と聞いた。けれど進歩と繁栄が連れて来たのはどうやら高度な孤独ばかりだ。それでも整備され尽くした僕達の街で孤独が人間を死に至らしめる事は無い。壁や時計に区切られて、僕達の群れはより巨大に、より細切れになった。僕達は完全無欠の孤独を求めて前に進む。

 エラーを発して何者かに削除される、その日まで。

 見てご覧、この部屋には君と僕がいる。このマンションは二十世帯が入居していて空き部屋は無い。この界隈には似たような物件が密集していて、この街には百万人が住んでいる。君の携帯には百人の名が登録されていて、君はこれまで二十人の男に肌を許した。

 では、なぜ君はこんなにも孤独なんだ? なぜこんなにも凍えているんだ?

「私、死にたいよ」

 君は泣きながら言った。僕は君を後ろから抱いた。僕の抱擁に愛は無かった。友情だってどうだろう、怪しいものだ。僕は心底、君の事がどうでも良かった。安い男に弄ばれ、手首に傷を重ね、穢れ、淀み――君はくだらない女だ。去年切った古傷をナイフでなぞってみろ。塞がってるのは表面だけ。もう一度ぱくりと開いた傷口からは、もう血も出やしない。だから僕は君なんてどうでも良かった。

 苦しくてたまらないほど、どうでも良かったんだ。

「まあ元気だしなよ。その時は一緒に死んであげるさ」

 僕は君を後ろから抱きしめ、頭を撫でながら言った。君は何度か涙に嗚咽した後、ふと醒めた声で僕にこう尋ねた。

「私と一緒に死んでくれるの?」

 ああ、愚かなヤツだ。誰に、何を、甘えてるんだ? 産み落とされて今日まで生きた道を振り返ってみろ。君は誰かが命を張るほど立派な女だったか。一体どうしてそう思う?

 僕は君の肩に乗せた顎をしっかり頷かせて、こう答えた。

「うん、いいよ」

 僕が本気だと分かっていたから、ありがとう、と君は言った。

 君が落ち着いたようなので、僕はアパートの外に出た。寒々しい廊下で君の娘が、母親のヒステリーが鎮まるのを待っていた。すっかり深夜の闇が滲んだ薄暗い廊下の隅、五歳の娘が立っている。錆び付いた手すりに顔を突っ込んで、冷たい白色の電燈が灯る街角を眺めていた。君よりも、別れた旦那によく似た娘。

「××ちゃん、もうお家に入れるよ。何してんの?」

 僕は尋ねた。君が僕の知らない男と作った娘はこう答えた。

「トトロ探してるの。今しか見えないから」

 バカな子だな、と思った。君と同じだ。

 僕は何だか泣きそうになって、君の娘をだっこした。

 半月後、君が娘と一緒に死んだ事を人づてに聞いた。

 整備され尽くした街の中、孤独が人間を死に至らしめる事は無い。細切れになった群れ。僕達は同胞さえ判別出来ず、怯え、震え、旅をする。

 せめて遺骨を詣でようと、君の実家に行った。粗末な仮祭壇に、大きな骨箱と小さな骨箱が並んで置かれていた。君の家はとても静かだった。

 良かったじゃないか。すっかり灰になったから、もう聞かないで済む。嘘も、怒鳴り声も、安い口説き文句も、言い訳も。理不尽に我が子の命を奪った君を非難する声さえ、この木箱の中まで届かない。

 さよなら、親友。またいつか。

 今度はきっと……きっと……。

 きっと、何だろう?

 君の家から帰る途中、僕は何故だか腹が立って自分の手を咬んだ。アメ玉を噛み砕くみたいに思いっきり牙を立て、おのが手の痛みに心を捧げてみた。

 頭上に何者かの気配を感じた。

 偉大な何者かが、エラーを発した個体を削除すべく目を光らせている気配を。

 犬歯がぎりぎりと音を立て、やがて皮の破れる感触がした。溢れ出した血液が僕の手と口を赤くした。

 自分の体温なんて儚いものだ。感じるのは血を流した時か、泣いた時だけ。

 完全無欠の孤独を目指し、また一つ僕の心から感情が消えていった。

 

 

 

 

【完全無欠の孤独:おしまい】

2020年5月18日公開

作品集『短編集【キミノフォビア】』第3話 (全12話)

© 2020 倉椅

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