公開処刑

短編集【キミノフォビア】(第2話)

倉椅

小説

6,961文字

裁判から死刑執行までが娯楽になっている街の話。 首斬られる所を人に見られるって嫌だな、という。 斬首のシーンはありません。誠に申し訳ございません。 卑猥語、薬物描写注意♪

 会社の命令でライバル企業の本社に爆弾を仕掛けることになった。役員投票で僕が実行犯に選ばれた。

 勤務態度が悪いとか営業成績が芳しくないとかじゃなくて、去年から新卒以外を採用しなくなった我が社において、僕が一番下っ端の中途採用だったからだ。叱られたら泣くような小便臭い大学生崩れに見送られるのはムカついたけど、ライバル企業に僕のセフレをブスと言った男がいたのでやる事にした。

 六月のある日、決行した。引っ越しのトラックいっぱいに爆薬を詰め込んでライバル企業本社に設置した。十分後に爆発する予定だったので近くのビルから双眼鏡で眺めていた。スマホでパンクロック聞きながら待っていたら、あと二分というところで警備員が異変に気付いた。ばたばた警察がやってきて赤いコードと青いコードどっちを切るか汗だくになって思案していた。そんな機巧を仕組んだ覚えは無い。残り一分残して警官がペンチでコードを切り、そのままトラックが吹き飛んだ。初めてモンティパイソンを見た時の百倍笑った。

 曇り空の鬱屈を弾け飛ばすみたいな大爆発。轟音と火炎は街を揺らし、その衝撃はマグニチュード6に届いたと聞く。ライバル企業のビルはヒザかっくんされたみたいにぶっ倒れた。

「ざまあみろ、俺のセフレはブスじゃないぞ。そりゃ顔で勝負するような女じゃないけど、あの子は人の誕生日を絶対忘れないんだ」

 僕は逮捕され、死刑判決を受けた。後悔は無かった。

 留置所で死刑の順番を待っている二ヶ月の間に法律が変わった。裁判と処刑は娯楽化され、僕は改めてもう一度裁判を受ける事になった。

「やり直しと言っても期待はするなよ。今、裁判を執り仕切ってるのはテレビ局のバラエティ製作班だ。ゴールデンタイムの面白おかしい賞レースと同じ。結果は九分九厘決まってる」

 刑務官に両腕を掴まれ裁判の〝会場〟へ連れて行かれる僕に、会社の上司が言った。人生で一番世話になった人を付き添いにすると言われたので、僕はこの人を指名した。あの清々しいビル爆破の日、最後まで僕を止めようと説得した人だった。聞けば役員会の連中にも直訴してくれたらしい。

「俺、別に死刑で良いのに。どうしてもやり直すって言うんですよ」

 手錠をはめられた手で二ヶ月ぶりに着たスーツのネクタイを整えつつ、僕が言う。

 スリーピースの三つボタンスーツで妙におめかしした上司は、ため息をついた。

「お前の都合じゃないんだ。この裁判にはカメラが入ってる。ゲストもいる。処刑はいま、全国放送の人気番組なんだ」

「……はあ?」

 法廷の扉が開かれ、僕は上司と共にその中へ押し込まれた。真っ白の照明の下、大きなカメラが僕の方を向いた。駆け回るADが僕の隣に立つ刑務官に「もっと怖い顔」とカンペで指示を出した。刑務官は顔をしかめ、その反射で僕の腕を掴む握力が強まった。法壇につく裁判長、そしてひな壇になった陪審員席に着くのは最近売れてる芸人やら俳優やら歌手やら。証言台のそばに番組MCが手カンペを持って立っている。手錠をはめられた僕は被告人席に座らされた。

「諸々よろしいですかー。〝犯人の生い立ち〟の映像、おわりまーす。5、4、3……」

 裁判長が小槌を打った。MCが裁判のタイトルを叫んだ。

「梅雨の爆弾魔、千人殺し。××区企業ビル爆破事件!」

 さっきまでアクビしてたひな壇の芸能人達が大騒ぎで拍手した。

 あれやこれやと僕の素性を質問され、僕がそれに答えた。

「被告人、爆破の時なにか音楽を聴いてましたね? スマホで」

「ん、音楽? どうでしたっけ……」

「しらばっくれずに! 携帯電話はエロ画像フォルダまで全部調べてあります!」

「何もしらばっくれちゃ……ふた月も前なんですよ」

 ADがスケッチブックに文字を書き込んで、僕にカンペを出していた。「ロックの曲」。それを見て僕は「ああ!」と声をあげた。

「思い出した、思い出した。パンクロック聴いてました。オフスプリングかグリーンデイか、まあそこら辺の有名なヤツです」

 僕の答えに大きく頷いてから、MCは質問を重ねた。

「ロックお好きなんですか?」

「いや、たまたまです。別に普段は……」

「というわけでした! 好きでした!」

 MCの声が僕の返答を半ばで千切る。何となく音楽のフォルダをランダムで再生したらそれが出て来た、という僕の細かい事情はどうでも良いらしかった。大事なのは僕に「パンクロック好き」という分かりやすいキャラクターが付与される事だった。雑談の裏側、僕の知らない筋書きを感じた。

 MCがひな壇に付くミュージシャンにコメントを求めた。シャウトしたって端正な顔を崩さない、美貌で歌を売る僕の嫌いなタイプの音楽家だった。

「××さん、ロックに生きる身としてどうですか?」

 MCの問いにミュージシャンは神妙な顔で返答する。慣れてないのか棒読みだ。

「悲しいですね。こうゆう輩がロック=不良っていう消えないイメージを作っていくんです。僕も昔は悪かったけど、爆弾テロはしませんでした」

 ボイスレコーダーで何度も練習したみたいに作り込まれた甘い声。僕はそれに嫌気が差して、つい汚く反論してしまった。

「何言ってんですか。あんたの曲なんか声だけで股ぐっしょり濡れるバカなメスガキしか聞いてないぞ。僕もこの前クソしながら聞いてみたけど、クソが〝ひどい曲だ〟ってゲロ吐いてましたよ」

 僕のひたむきな暴言に、ミュージシャンが怒って陪審員席の机をぶっ叩いた。立ち上がり、美貌を真っ赤にして怒鳴り散らした。芸人達は腹を抱えて笑っていた。

 裁判は続く。途中で適宜、有罪無罪の多数決が行なわれた。全国から選ばれた百人の視聴者が自宅で投票に参加して、その結果が正面のモニターに映し出される。有罪85だの無罪15だの。それから雛壇の芸能人たちが手元の「有罪・無罪」の札を一斉に上げる。そうして質疑応答と多数決を繰り返し、やがて審判の時が来た。

「さあ、それでは現在の状況を見てみましょう」

 アタック音がなって、正面のモニターに全国から選ばれた百人の視聴者の多数決が出た。有罪91、無罪9。圧倒的に有罪が多い。今、全国の家々で僕への嫌悪感が渦巻いていると思うと、すこしだけ寂しく思った。

「続いて陪審員席の皆様に意見を聞きます。陪審員の皆様、一斉にフリップを上げて下さい」

 MCの指示に従い、ひな壇の芸能人達が赤い「有罪」の札と青い「無罪」の札を両手に持った。

 で、でん! アタック音の後、一斉にそれを上げる。

「有罪、有罪、有罪……お、全員有罪ですか。ロックミュージシャンの××さん、いかがですか?」

「いや、やっぱりね、反省の態度が――」

 しばらく芸能人のコメントが続く間、ADが僕にカンペを出していた。「次、最後の言い訳です」。証言台に置かれた資料に、その意味が書いてあった。最後の多数決で死刑か否か決める前に、僕が自己弁護をするのだ。資料には大きく威圧的な文字で「最後のチャンス! 必死な感じで!」と書かれていた。

 泣きわめいて命乞いする映像が欲しいのだと、その一文で伝わった。どうしてテレビ番組ってものが退屈なのか、その子供騙しな演出で分かった気がした。

 僕はそれに腹が立ったので、猫の話でもしてやろうと決めた。

「それでは次が最後の多数決です……これで被告人の天国と地獄が決まります」

 MCが重苦しい声で言う言葉も、僕の手元の台本に書いてあった。与えられたセリフを堂々と言えるのはプロっぽかったが、見ていて少し恥ずかしかった。MCは言葉を続ける。

「が、その前に被告人による〝最後の言い訳〟を行ないたいと思います。被告人、全国の視聴者に向けて二十秒以内で自己弁護をお願いします」

 法廷が暗くなって怖い音が流れた。僕のところにだけスポットライトが当たって、カメラが全部僕に向いた。3、2、1……僕は口を開いた。

「やってしまった事は取り返しのつかない事です。僕ひとりの死では償い切れないほどたくさんの命を奪いましたが、それは良いとして……」

 一度言葉を止め、大きく息を吸う。そして僕は次のように叫んだ。

「僕は猫好きです! 一人暮らしのアパートで三匹猫を飼っています。おっきいのと小さいのと中ぐらいのです。みんな猫と思えないくらい甘ったれで、エサの好みが分かっているのは僕だけなんです! うちの猫は――」

 僕は二十秒いっぱい、ものすごく必死に猫の話をした。演じるのが楽しくなってしまい、髪を振り乱し涙を浮かべ、猫の可愛さと魅力、かつてネズミ取りとして人類を守った歴史とフヨフヨのお腹の感触について絶叫した。

 MCが「終了!」と叫んだ後も二秒くらい「猫好きなんです! 猫好きなんです!」と泣き叫んだ。

 二度目の「はい終了です!」という声には従って、大人しく黙った。

「意外な弁論でした……それでは最後の審判を行ないましょう。なお本日の処刑方法は国宝の太刀、三日月宗近を使用しての斬首を予定しております」

 MCが言う。そして審判の時。

「陪審員と百人の視聴者様、今度は同時にオープンします。それでは結果をどうぞ」

 アタック音。結果が出た。視聴者投票、有罪68、無罪32。芸能人投票はほとんど有罪のままだったが、三人ほど青い無罪の札に変えていた。思いのほか惜しい結果となり、僕は笑った。あの数字が無罪過半数なら僕は今日家に帰れたのだ。

 MCは雛壇にコメントを求めた。

「××さん、無罪に変えましたが、いかがですか?」

「いやー、やっぱ猫の話されちゃうと。僕も猫好きなんで」

「なるほど。それでは死刑が決定しました。死刑囚、再チャレンジでしたが無罪獲得ならず。いかがでしたか?」

 コメントを求められたので僕は正直にこう言った。

「僕は猫なんて飼ってません。アパートは猫禁止なので」

 雛壇がどよめいた。無罪の札を上げた数人が立ち上がって僕を罵った。でも猫好きなのは本当だと言いたかったが、もう僕に喋る時間は残されていなかった。嘘は秒で到達し、真実はいつだって遅刻する。

「では処刑の様子は後ほど中継いたします。その前に、先ほど裁判を行いました連続強姦致傷犯ですが、処刑の準備が整いましたので、まずはそちらをご覧下さい。会場の××さーん?」

『はい、こちら××です。現在屋外の断頭台前にいます。国宝の三日月宗近! その美しい刃が人の首を刎ねる――』

 裁判が終わった。僕は刑務官に引っ張られ、法廷の外に連れて行かれた。付き添いの上司が早足に僕のところへ寄って来た。

「お前、なんでちゃんと言い訳しなかった? 助かったかもしれないのに」

 上司は呆れたように言った。僕は疲れてため息をつく。

「そんな気分になれなかったですよ。悪い事したのは僕だし」

 そう言いながらネクタイを緩めた。背筋を撫でるようなネクタイの摩擦に、この後そこに刃が食い込む事を思った。

「お前を投票で実行犯に選んだお偉いさん方はこの番組のファンらしいぞ。嫌なもんだな。人の死まで娯楽になっちまった」

 上司は鬱陶しげに言いながら煙草の箱を取り出した。一本を自分の口に、一本を僕に咥えさせ、火を移す。久しぶりの煙草……たぶん最後の一服だった。裁判所の廊下に煙を上げながら、僕は上司にこう返してみた。

「人の死はずっと娯楽でしたよ。ローマの円形闘技場じゃ劇をやる時、罪人や捕虜にセリフを覚えさせ、物語の進行に合わせて本当に殺害したそうです。物語の中で人が死ぬ事を禁じられた時代なんて今まで一度だってありゃしない」

 手錠をはめた僕は上司と刑務官に付き添われ、晴れた日の陽光に満ちる長い廊下を歩いていた。窓の向こうを見る。広い駐車場に大掛かりな舞台が設置されて、その周りに番組スタッフやカメラマンが慌ただしく動き回っていた。

「あれは何です?」

 僕が尋ねると上司が答えを返した。

「処刑場だよ。死刑になった奴はあそこで斬首を受けるんだ。生中継でね。今から、お前のひとつ前に死刑判決を受けた奴の処刑だ」

「そんな面倒な。まとめてやってくれりゃ良いのに」

「ほら、旗や広告を入れ替えてるだろ。スポンサーが違うんだよ、お前とあいつで」

「ふーん。あ、コカコーラの旗が出た。俺に付くなんて分かってるじゃないか」

 僕は屋外に連れ出された。久しぶりに浴びる日の光が心地良い。

 ふと血まみれの大男が通りがかった。イノシシみたいにごふごふ呼吸しながら、手にした美しい日本刀の血を拭っている。

「あれが死刑執行人だな」

 上司が呟いた。執行人は二メートル近い身長に脂肪と筋肉をめいっぱい搭載した巨漢だった。体重なら百キロを軽く越えていそうな巨体を病院着みたいな安っぽい浴衣で包んでいる。丸くて肉がぎっしり詰まった顔を滑稽な火男ひょっとこの面で覆っているのがひどく不気味だった。浴衣の青い井桁模様を濡らす鮮血は僕の前に斬首された罪人のものだろう。随分と血が出るんだな、と思った。

 執行人は僕達の姿に気付くと立ち止まり、それから手招きをした。僕には一瞬「次はお前か。いま高ぶってるからここで斬ってしんぜよう。そばに来い」という意味に見えた。だが手招きしている相手は僕ではなく、僕の上司だった。上司は自分の顔を指差し「あ、俺?」と言った。執行人は手招きをしながらこくこくと二回頷いた。上司は訝しげな顔で執行人に近寄り、しばらく立ち話をした。やがて上司はスーツの胸ポケットからエッティンガーの長財布を取り出し、執行人に紙幣を何枚か掴ませた。上司が帰って来るタイミングで、何もかも知ってるらしい刑務官が僕のそばから少し離れた。顔をそむけ、見ざる聞かざるを黙示する。

「執行人て、あんまり給料良くないんだな。いま聞いたらお前の方がよっぽど高給取りだぞ。一万円で優しく斬ってやる、二万円で斬られても平気な薬を売ってやるって言われた」

 そんな事を言いながら、上司は執行人から受け渡されたらしい小さなビニールの包みを僕に見せた。包みの中にはカプセル錠が入っていた。

「口止め料込み、合計三万で痛みも恐怖も無い死が手に入るってさ。痛覚神経がバカになって、男だと斬られた瞬間射精するヤツもいるって。上司として最後の選別だ。ほら、おごりだよ」

 そう言って上司は包みを差し出した。不均等に砕かれた毒々しいオレンジ色の錠剤が、手製らしい汚れたカプセルの中に込められている。僕は手錠をした手でそれを受け取った。そこを見計らい、刑務官がまた僕の両腕を掴んだ。待機所として設けられたプレハブ小屋の扉が開く。

「じゃあな。助けてやれなくて悪かった」

「いいえ、とんでもない。庇ってくれて嬉しかったです。お先に失礼致します」

 僕はプレハブ小屋に放り込まれた。壁にかけられた小さなホワイトボードに、僕が斬首を受ける時刻が書かれていた。楽屋みたいなものだ。ひげ剃りから整髪料、僕のお気に入りの香水まで置いてあった。上司が番組の運営者に伝えておいてくれたのだろう。

 ケータリングとして置かれていた缶コーヒーで口を潤してから、僕は先ほどのカプセルを取り出した。カプセルを分解し、中にあった粉薬を口に放り込む。舌の上に広がった強烈な化学の苦みに憶えがあった。

「ぺっ、ぺっ……これMDMAバツだ。三万もしないぞ。騙されてやんの」

 僕はオレンジの粉を床に吐き出し、気持ち悪い口の中を缶コーヒーで洗った。

 

 

 

 

【公開処刑:おしまい】

 

2020年5月18日公開

作品集『短編集【キミノフォビア】』第2話 (全12話)

© 2020 倉椅

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