枯れてなお

応募作品

谷田七重

小説

4,068文字

合評会・テーマ「不要不急」応募作です。川端康成の著作「化粧の天使たち」の中の『花』に「別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます。」というのがあるそうです。

 外で遊んでいる児童の帰宅をうながすため町内に流れる『夕焼け小焼け』のうら寂れたメロディを聞くと、今日も溝渕はふらふらと立ち上がって、玄関の古靴に足をねじ込んだ。
 今や『夕焼け小焼け』が流れようが流れまいが、そこら辺で子どもが遊んでいることなどなくなってしまった。あのちびっ子どものさえずりはどこへかくれちまったんだろう、と溝渕は足を引きずりながら思うものの、『夕焼け小焼け』を合図に外へ出るおれはじゃあ何か、妖怪じみたじじいかもな、と自嘲しながら右手に握ったウイスキーの小瓶の残りを夕日にちゃぷちゃぷ透かしてみた。
 その三階建ての立派な家は、溝渕の悪い足でも三分もあればたどり着ける、まあ散歩コースなんで、とでも何とでも言い訳できる距離にあった。だってほら、自粛つづきで運動不足になっちゃうじゃないですか、こんな老いぼれにも、近所の散歩くらいゆるして頂きたいものですね。――こんなもっともらしい言い訳を考えてはいるものの、彼の口にはすでにアルコールの臭気がこもっていて、なおかつ手を突っ込んだズボンのポケットは不自然に膨らんでいるので、おそらく何らかの酒瓶をかくしているのだろう、と相手に容易に推測がつく風体の溝渕だ。
 そんなくたびれた老人がたそがれ時に自分たちの幸福な、少なくとも周囲には幸福そうに見えるであろう家の軒先に咲かせた花に顔を近づけ、うっとりしているところを見たら若奥さんは肝をつぶし、その夜にでも顔をしかめながら義父に報告するかもしれない。あの、あかね荘にひとりでお住いのおじいさん、あの方が、うちのお花の匂いを嗅いでたんです。
 溝渕だって、自分とそう歳も変わらないであろうあの偉そうなじじいにとっ捕まって叱責されたくなんかない。溝渕がこの町に越してきたのは、もう十年以上前になる。あかね荘の階段を降りたところで、道を歩いてきた老夫婦と鉢合わせになった。気にせず通り過ぎようとした彼になんと夫人は会釈をしてくれて、その淑やかさに頭がぼっとなった瞬間に、その旦那の低い声がすべてを台無しにした。借家人ごときに挨拶なんてするな。
 クソ意地の悪いじじいめ、と溝渕はいつまでも根に持っていたものの数年後には老夫婦の家は立派に改築され、住宅メーカーのCМのコピーにあったような「夢よ、もう一階」みたいな三階建ての、この辺ではいちばん立派な家になり、息子家族も越してきて、若奥さんはガーデニングに精を出し、色とりどりの花に飾られるまでになった。
 片や溝渕にはこの十年あまり、何の変化もなかった。少しずつ増えて愛らしく咲きこぼれる花々の前を通るたびに、自分がしおしおと枯れてモノクロームの世界の住人にでもなったかのように感じた。おれはもうこのままくしゃくしゃに朽ちていくしかないんだろうかと思っていた、もうあきらめてしまっていた、久しぶりにひねったラジオからの天啓を聞くまでは。
「ふようふきゅうのがいしゅつはひかえましょう」
 もうたまに聞くラジオだけが世情との交信窓口、というありさまになって久しい溝渕は一瞬当惑した。ふようふきゅう、ふようふきゅう、と口の中でもごもご繰り返しているうち、胸の奥底ではにかむように、ためらいながら一輪の花が咲いた。酔芙蓉。
「お花の中でもとりわけ大好きなのは酔芙蓉なの」
 千鶴子がたしかにそう言ったことを思い出して、千鶴子の八重歯がのぞく笑顔とその頬のえくぼまで思い出して、もう溝渕の中では酔芙蓉と千鶴子――どちらも見えなくなってからずいぶん経つ――がマーブル模様を描きながら渾然となり、またふたたび記憶の渦の底へ沈んでいこうとするのをとっさにすくいあげようとして、彼はひとりの部屋で声に出して言ってみた。ふよう、芙蓉、酔芙蓉。ふようふきゅう、芙蓉不朽。
 ――芙蓉は枯れない、枯らしてはいけない、千鶴子の笑顔が朽ちるなんてことがあっていいはずがない、咲きつづけるべきだ、いや咲きつづけてほしい、できれば、……できればまた、おれの目の届くところで。というよりも、おれがここに、まだここに生きているという事実を包みこむように、認めるように、咲いていてほしい。見つけに行く、きっと見つけに行く、そうして今度こそ、おればっかりじゃなくおまえも酒を呑んでくれよな。
 そのまま家を飛び出してあてもなく歩いたあげくへとへとに疲れ果てて家路をたどっていた溝渕は、あの憎いじじいの家の軒先をちらと見た。夕暮れに酔芙蓉がほの赤くなっていたのだった。
 
 人目を忍ぶあいびきほど、甘やかに酔わせるものはない。
 千鶴子とはかつて正真正銘の恋人同士だったし、溝渕は未婚のまま歳を重ねて重ねすぎてしまったので、こんなあやしいときめきははじめてだった。遠い学生時代に読んだきりのシェイクスピアのロミオにでもなったような、胸の奥で明るむ炎に若返ったような気持ちだ。そしてジュリエットは、夕映えの西日の中に頬を染めておれを待っている、仇敵のすみかの軒先で。そこでおれは膝を折り、頭を垂れ、ざんげする。……ざんげ? おれが? 何を? 
 ――生き恥かな、と思ったりしながら、溝渕は昼前に目を覚ますともうコップにウイスキーをなみなみと注ぎ、タバコに火をつける。ほかにどんな生活があったというんだ、どんな生き方があったというんだ、教えてくれよ。見えない敵を挑発しながら、見えない悪意の結晶として、彼は一途にあのじじいだけを憎み、恨み、そして羨んでもいた。なかば所有物として、おれのジュリエットを、酔芙蓉を愛でることのできる、あのじじいを。
 だからこそ、そいつを欺いて人目をはばかりながら重ねる千鶴子の化身との逢瀬は、罪のない罪のあじけなさにまさる罰の予感によりいっそうかぐわしかった。まるで自分が殉教者にでもなるのを信じているかのように、溝渕は自分があのじじいに打たれるところを想像して、むしろうっとりすることさえあった。
 ――夏から秋にかけて朝は白い花を咲かせ、夕刻にはほの紅くなる酔芙蓉だけをたのしみに外出するのはなるほど不要不急ではないにしても、とにかく溝渕の頭の中では「芙蓉不朽」という四文字に変換されていて、もはやそれが昔からあった四文字熟語であったかのように思い込んでいる彼は、ほとんど徘徊老人だった。まあお酒に酔ってるみたいとはいっても、かならずうちの前に足を止めて、お花をいとおしげに見つめて、手も頬も触れるか触れないかってくらいのところで私の育てたお花を可愛がってくれる人っていうのはなかなかいないよね、だってさ、お義父さんなんて、お庭に目もくれないじゃない? お義母さんは褒めてくれるけど、私、あのおじいさんに何かできないかなあ。
 
 涼風の立つようになったある日の夕暮れ、いつもどおり酔芙蓉――それはジュリエットであり何より千鶴子だった――に無心で顔を近づけて脳みそがからっぽになった溝渕の耳に、いきなり、あの、という控えめな、怯えも含んでいるような女の声が聞こえた。目を上げると、小さな手がこちらに訴状でも押し付けるようになにかの紙を差し出していた。
「あの、良かったらこれ、どうぞ」
 小さな手は、折りたたまれた紙きれをとにかく受け取れ、とでもいうようにぐいぐい迫ってくる。目を上げると、その手の持ち主は、なんと男の子だ。その両肩に手を置いた若奥さんが、すこし不安そうにこちらを見ている。ふたりとも、白いマスクをつけている。
「絵です、この子が描いた絵。もう今年は酔芙蓉も終わりにしようかなって思ってて、だから、その、……絵だけでも受け取っていただきたくて」
 男の子は目を落としてむっつりと黙ったまま手を差し出している。若奥さんの瞳はおどおどしている。溝渕は自分がマスク、それも白いマスクをつけていないことが急にうしろめたくなった。むき出しの口で何か言葉を返すことすらおこがましいように感じた。でもかろうじて男の子からふるえる手で紙を受け取り、立ち上がるとくらくらめまいがするのを感じながら、若奥さんにただ小さく、どうも、とだけ言って逃げるように、とはいってもすでに酔っていたのでなかば千鳥足で、あかね荘へと帰っていった。
 
 夜闇にまぎれながら大量の酒瓶を捨てに行くのが溝渕の習い性となっていて、その日も大きい袋の中でがちゃがちゃ音を立てる瓶たちに時おり舌打ちを鳴らしながらゴミ捨て場へ向かった。夜はめっきり肌寒くなったので、今の時期には早すぎるようなジャンパーを肩に引っかけて、ぶらりぶらりがしゃんがしゃんと歩いていた。
 先客がいた。――あのくそじじいだ。でかい酒瓶を大量に捨てていやがる。なあんだ、偉そうにしてたってお前だって同類じゃねえか。
 溝渕は挑むような足取りでじじいの隣に立つと、酒瓶をぽんぽんがしゃがしゃ投げた。じじいは怪訝そうな目でこちらをちらと見た、その顔には、どんな時でもみずからの潔白を証明したがるような、白いマスク。
「おたくのお孫さんね、絵、上手じゃないですか。ちょっと感じ入っちゃいましたね、お花の絵」
 じじいは一瞬ぽかんとした目を上げたものの、その目にはすぐに憎悪の色が光った。
「お前が真也のなんの絵を見たっていうんだ? お花の絵? そんなものあいつが描くわけないだろう」
「え、ご存知ないんですか。芙蓉ですよ、酔芙蓉の絵」
 溝渕の挑発に、じじいははたと当惑したようだった。
「ふよう? すいふよう?……」
 思わず噴き出してしまった溝渕の胸ぐらにじじいが掴みかかりそうで、それをかわすように溝渕はくるりと背を向けて歩き出そうとした、がじじいに肩をつかまれそうになって溝渕は走り出した、相手が追いすがるような気配を感じながら。
 ――何といっても老人どうしの追っかけっこだ、ぜいぜいはあはあ、苦しげな息づかいで、走るフォームもちぐはぐなままで、ふたりは駆けていく。息苦しさにあえぎながら、溝渕は祈るように思った。千鶴子、笑ってくれよ、無様なおれを笑ってくれよ。……でも思い至ったのだった、その肖像はあの男の子、「真也」くんが描いてくれて、いつまでも自分に微笑みかけてくれることに。

2020年5月6日公開

© 2020 谷田七重

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"枯れてなお"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2020-05-21 23:06

    良作。ジジイvs. ジジイの生活格差対決に笑ってしまう一方で、妄想激しきアル中老人溝渕の「生き恥」への言及はそれまでの長い不遇の人生を示唆していて悲哀が感じられる。笑い飛ばすかのように見えて、かなり慈愛がこもっている。私も今後、まるで人生を諦めたかのようにマスクを付けずに街を徘徊する高齢者たちに対して慈しみの念を抱かずにはいられないだろう。

  • 投稿者 | 2020-05-22 21:46

    どこか寂しい初老の老人にも胸を焦がす様な思い出があり、それが一つの花から再燃された様子がとても美しく思いました。またそれが自分には手に入れられない、自分に無い物を一杯持っている嫌味な老人の物と言うところにも哀愁を感じました。

  • 投稿者 | 2020-05-23 01:02

    私も溝渕ののようなおじいちゃんになるんだろうなあ。昼間っから酒ばかり飲んで、周囲の人にどう思われてるのか気にしないようにしているつもりなのに、どこかで気にしていて、他にどんな人生があったのだろうかと考えるも答えなんて出ない。昔の恋人に思いを馳せるときにこういう出会いがあれ少しは救われるのになあ。良かったです。

  • 投稿者 | 2020-05-23 14:08

    「不要不急」の聞き間違え、芙蓉への妄想が秀逸です。それに「酔芙蓉」に「千鶴子」ネーミングがすでに川端康成の世界のようです。それに『山の音』に登場するような花造りを愛する可憐な嫁と小さな男の子。
    ラストがまた良いです。昔の逢瀬を思い酔芙蓉に耽溺する「溝渕」が、どうやら家族には愛されていない家主のじいさんに心の豊かさ奥行きにおいては勝利したと喜び、わざわざ優越感を見せびらかす。この一筋縄ではいかなさっぷりがたまりません。

  • 投稿者 | 2020-05-23 22:25

    モノクロームの世界の中で「芙蓉」だけが彩を持っている。なんて、残酷な魔法であり、美しい呪いでもあるのでしょうか。そして、そのモノクロームの世界の持ち主は傍目からどう映るのか……。
    若奥様の手入れした庭と真也くんの絵と同様にクソ爺のクソっぷりにもなんだかんだいって、生気という点では救われている気がしないでもないのか、また少しおかしみを感じます。

    「別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます」

    凄いセリフですね。ユーミンの真珠のピアスもそうですが……やっぱり、呪いなんでしょうか?(笑)

  • 投稿者 | 2020-05-23 22:46

    溝渕の心象風景が印象的です。酒瓶とともに日々を投げ捨てていたはずが、「ふようふきゅう」の報を受けて酔芙蓉と千鶴子の記憶がもたげ、捨てていたはずの毎日が最後は真也の絵へと収束していく。「ふようふきゅうのがいしゅつ」が溝渕にとってはある意味、「夢よ、もう一階(回)」ということになったのでしょうか。

  • 投稿者 | 2020-05-23 23:45

    「右手に握ったウイスキーの小瓶の残りを夕日にちゃぷちゃぷ透かしてみた」という一文を読んで、僕の中に溝渕の見ている世界と彼の抱えているであろうもの寂しさがありありと浮かんできました。最後の溝渕と相手の男性のやりとり、老人が二人で追いかけっこ状態になっているのが少しコミカルで面白かったです。

  • 投稿者 | 2020-05-23 23:55

    ふわふわ話が色んな所に飛んでいくところに酩酊してる感じが出ててよかったです。

  • 投稿者 | 2020-05-24 03:21

    憶測ですが、「朝は白い花を咲かせ、夕刻にはほの紅くなる酔芙蓉」のところでは、二人の男それぞれに合わせて表情を変える千鶴子をあらわしているように思いました。ラストはお互いの憎悪がぶつかった末の展開でしたが、その後はなんやかんやあって二人がいっしょにお酒を酌み交わしている姿を思い浮かべました。

  • 編集者 | 2020-05-24 17:40

    小学校の理科の授業以来、花について考えたことがほとんどなかったので、俺も植物についてもっとよく考えなければ良い老人になれないだろう。それにしてもコロナ騒ぎをここまで風流に仕立て上げるのは素晴らしい。

  • 投稿者 | 2020-05-25 19:32

    なんでか、ちょっとじじいかっこよく思えちゃいました。孤独だろうが酔っ払っていようが、じじいになっても一生懸命平凡な今を生きているところに好感を持ちました。面白かったです。やはり、キザな奴よりこの手の人物にこそ、ウィスキーは似合う気がします。

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