国民の皆様にユートピアを給付いたします

応募作品

松下能太郎

小説

4,138文字

合評会2020年5月応募作品。作中では総理の名前を伏せ字にしています。

……お? なんやワァーワァー騒がしいの。なんじゃろか。どっから聞こえてきよんじゃろか。んん? おっ? よう聞きゃあ、どうもなんかの歓声らしいの。じゃが、声しか聞こえんわ。

ここは一体どこなんじゃ。まっくれぇ所じゃ。なんも見えんけぇ、なんも分からんが。ここは六畳一間のワシの部屋と違うんか? 天気がええんに外に出んとずっと部屋におったはずぞ? そうじゃ。今は世の中がえらい大変なことになっとるんで、ずっと部屋におらないかんいうてな、総理の××××が言うとったわ。日本はどんどん悪くなっていってよ、会合しとりゃあ警官に取っ捕まってよ、食料もどんどん底をついて盗人が増えてよ、しゃあないけぇつって、とうとう配給制度が復活したんじゃな。平和なご時世やったんに、戦争時代に逆戻りやがな、そうワシ思ったんじゃ。そうじゃ。日課の散歩もできんわ、気晴らしのパチンコも打てんわ、テレビはなんも映らんようなるわ、ワシにゃあ趣味なんぞなんもないけぇの、ほんま暇での、ずっと部屋におったんじゃ。ワシみてぇな年寄りは、配給のメシも玄関前の専用のカゴに配達されるけぇ、もうずっと部屋におるしかないんじゃ。なんやわけも分からんまんま、突然ブタ箱にぶち込まれたみてぇでよ、ほんま参るわい。

そう不満を漏らしながらの、ワシャずっと部屋におったんじゃ。それで部屋で。ワシァ部屋で。んん? 部屋で?

はて? ついさっきまでワシァ部屋で何をしとったんじゃろか。

こりゃいかん。さっぱり思い出せんわ。近頃はモノ忘れがヒドーなっていよいよ困るわい。

んん? ちょっと待て。さっきまでは気づかなんだが、なんや奥の方から光が漏れておる。で、さっきから鳴り止まん歓声は、その光の方から聞こえてきよるようじゃ。

このまんま、まっくれぇとこにずっとおってもしゃあないけぇ、ワシァあの光を目指して歩いていったんじゃ。

数分歩いてようやく光の中に入り込めた。その途端、あの歓声が爆ぜるように鳴り響いたんじゃ。

なんじゃい、ここは!

そこは明らかにワシの部屋とは違っとった。

辺りを見渡しゃあ、すぐに陸上競技場いうことが分かった。目の前に陸上トラックがあるけぇ、一目瞭然じゃった。

競技場には何万人もの観客がズラーッとひしめき合っての、音という音がそこらじゅうから聞こえてきよる。それにワシの目の前をユニフォーム着た外人が何人も横切りよる。あっちの方じゃ国旗をマントみてぇにバサーッと広げて観客に向かって手を振りよる。見渡しゃあ、いろんな国旗がそこらじゅうにあるのが目に入る。

なんやこりゃあ、オリンピックか?

じゃが、オリンピックは今年やったか? 延期するいうてなかったか? いや、オジャンになったと違うかったかの。

いかん。いよいよボケてしもうて、よう覚えとらんわ。

それはそうと、次のレースが始まるようじゃな。ワシャいまの状況をまったく把握しとらんが、そんでもまあ、又とねぇ機会やし、ちょっくら見物しようか思おての、観客席に向かって歩いとったんじゃ。

そん時、辺りが一瞬パッと暗くなった。かと思えばすぐにまた明るくなっての。気づいたらワシ、いつの間にやらトラックのスタート位置に立っとった。今まさにレースが始まるいうトラックによ。

んん? どういうことぞ?

横にはズラーッといろんな国の選手がスタート位置に並んでおる。そんで走る直前の格好で待機しとんのじゃ。
「set」いう声に合わせて選手が一斉に腰を上げた。こうグイッとな。そうしとらんのはワシだけじゃ。そんでさっきまであんだけうるさかった歓声が止まったんじゃ。ほんま死んだみてぇにピタッとな。

困惑しとるワシをよそに、いきなり発砲音が鳴った。それと共に選手が勢いよく走り出したんじゃ。ほんなら歓声がまた息を吹き返しての、ワシァ突っ立ったまんまじゃったが、ハッと気づいて、「こりゃいかん!」思おての、数秒遅れてスタートを切ったんじゃ。

どんくらい走りゃあゴールに行き着くのか分からんかったが、手足を目一杯振り上げての、無我夢中で走ったんじゃ。ほんなら前を走る選手との距離がグングン縮んでいった。なんやよう分からんが、今のワシはなぜか神がかりに速いんじゃ。そんであれよあれよという間に一人抜き、また一人抜きしたんじゃ。

気づきゃあ、ワシの前を走るのはついに一人だけとなった。一位の選手を追い越すまであともう少しのとこだったんじゃがな、結局ワシは二位でゴールしたんじゃ。

立ち止まった途端、急に息が苦しくなった。走っとった分の疲れがそこで一気に出たんじゃな。じゃがそれは嫌な疲れじゃのうて、スカッとするような心地ええ疲れじゃった。

そん時、何人もの記者がドドドーッと詰め寄ってきての、そんなかの一人がマイクを突き出してきよって、「決勝進出おめでとうございます!」と言うてきた。

記者らの声はワシの耳にしっかりと聞こえてきよるんで、夢とは到底思えん。じゃが夢なら夢でそれでもええわ。こりゃええ夢じゃけぇ、いつまでもさめて欲しないんじゃ。

その後、記者の一人に立食パーティーが行われるいう一級ホテルの大広間に連れていかれた。その若い女の記者がいうに、これはワシ含め決勝進出者の日本人選手を祝うものなんじゃと。

並べられた料理がえらい豪勢での、配給の飯とは雲泥の差じゃ。しかもこれがどれもまたうめぇんじゃ。近頃は食が細なったはずのワシの胃袋じゃったが、なぜかこの日は底なしでの、手当たり次第ガツガツと食い散らかしたんじゃ。
「決勝進出おめでとうございます」と、ワシが夢中で食っとる最中に誰かが話しかけてきよった。誰じゃと振り向くと、総理じゃった。
「まあ一つ」いうての、総理自らがなみなみに注がれたワイングラスを差し出してきたんじゃ。その隣で夫人が微笑んでおる。

それから総理がワシの生い立ちやらなんやらあれこれと聞いてきよった。なんやテレビじゃそんな感じを受けんかったが、えらい腰の低い人じゃった。それに思いのほか聞き上手での、ええ感じの相槌の打ち方なんでワシァすっかり気分ようなって、総理相手にどうでもええ身の上話をようけ話してしもうたんじゃ。

途中ワシばかりが喋っちゃ申しわけない思うての、今度はワシが総理のことをあれこれと聞いたんじゃ。

総理は聞き上手だけじゃのうて、話し上手でもあったんじゃな。そん時に、テレビでのあのマトを射ん喋りは、あえてそうしとんじゃいうことが分かった。普段の喋りはナントカいう噺家みてぇにうめえんじゃ。

ワシァ昔から政治に疎くての、どっかの党を支持しとるわけでもないが、こうやって面と向かって話を聞きゃあ、日本の未来を託された総理の重責、国民を想う気持ち、大胆かつ柔軟な政策、それに伴う批判の数々、それでも苦労を顔に出さぬプロ意識、テレビじゃ伝わらん総理の芯の強さみてぇなもんを感じたんじゃ。

テレビが映りよった頃は、街なかの通行人やら評論家やらの誰もが総理を批判しよった。総理のやることなすこと全部を批判しよった。それを聞いてワシもウンウン頷いとった。じゃがそれは間違いじゃった。ワシは総理の苦労をまるで知らんかった。総理の国民を想う気持ちをまるっきり理解しとらんかった。

総理のことをなんも知らんのに、全部知ったふうな口で総理を悪くいうんはようないぞ。一回話してみぃ。ほんならこの人こそ真の総理にふさわしい人じゃいうことがとくと分かるけぇ。皆は仕組まれたデマに印象操作されすぎなんじゃ。ワシみてぇにあくまでも中立の立場から物事を見ないかんぞ。

それからもワシァもっともっと総理と話したかったが、時間も時間じゃけぇつって総理は夫人と共に、ワシは若い女の記者と共に、それぞれホテルの一室に入ったんじゃ。

その記者とワシはベッドの上に横並びで座っての、引き続きワインを飲み交わしたんじゃ。記者から聞く総理の英断の数々を肴にしての。

ええ気分じゃ。まったくええ気分じゃ。

ふいにワシはこの女の名を知らんことに気づいての、尋ねてみりゃあ、女は名を「夏目」と言うた。
「ほう夏目か。夏目いうオナゴは皆ベッピンさんじゃと昔から相場が決まっとんのじゃ」と言うと女は静かに微笑み、そんでワシの手にそっとその細い手を添えてきよったんじゃ。

それからは話が早かった。ワシと夏目が素っ裸になるんにそう時間はかからんかった。ワシのイチモツは鉄を流し込まれたみてぇにガチガチに硬くなった。久方ぶりじゃった。この万能感じみた感覚は。失った若さを取り戻したようじゃ。ワシァ感動のあまりしばらくは動けんかった。夏目がたまりかねて「早く」と急かす。「お、おう」。

ワシが腰を動かすたんびに、夏目がアンアンときれぎれの声を漏らす。汗が夏目の真っ白い肌の上に落ち、何度も落ちた。ワシァ息を切らせながら何度も腰を動かしたんじゃ。

ワシはいま、ビンビンに生きておる!

ああ、この爽やかな気持ちをなんに例えたらええんじゃ!

そん時、ワシがまっすぐに思い浮かべたんは、総理の名じゃった。
「××××がおるけぇ! 明日は明るい! ××××がおるけぇ! 明日は明るい!」、ワシァ腰を動かしながら何度も叫んだ。そう叫ばずにはおれんかった。自然と涙があふれてきよった。

いつしか夏目のアンアンいう声もワシと同じ文言になっての、「××××がいるから! 明日は明るい!」と叫び始めたんじゃ。夏目もボロボロ泣いておった。

そんでワシら二人、泣きながら一緒に果てたんじゃ。

行為を終え、清々しい気分のまんま、ワシが夏目の頬を伝う涙を拭おうとしたそん時、辺りがパッと暗くなった。そんでしばらくしたら、なんや白い光の線がボヤーッと浮かび上がってきよった。目を凝らすとそいつは文字じゃった。

それを読んだ途端、ワシャそれまで忘れとった記憶をすっかり思い出した。そんですぐに自分の顔を覆っとったナントカいう装置を取り外したんじゃ。ほんなら六畳一間のワシの部屋が目の前に映った。やっぱワシャずっと部屋におったんじゃな。

それまでの出来事は全部作り物じゃった。当然夏目はどこにもおらなんだ。じゃが、それに落胆はせんかった。代わりに笑いがフツフツと込み上げてきよった。しまいにゃあ、堪え切れんようになっての。

ハハハハッ! 総理もなかなか小粋なことをやりよるわい!

2020年5月4日公開

© 2020 松下能太郎

これはの応募作品です。
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"国民の皆様にユートピアを給付いたします"へのコメント 11

  • 投稿者 | 2020-05-21 23:03

    前回の「なつめさん」で情感豊かに描かれた甘酸っぱい子ども時代を粉々に破壊するかのような今回の夏目さんと老人のからみ。とても面白い。そして作者は本当にひどい奴に違いない。方言のリアルな語り口に引き込まれ、思わず私も血迷って××総理に喝采を送りたくなってしまう。星五つ!

  • 投稿者 | 2020-05-22 02:51

    着地点が全く見えないまま読み進めていたら最後にああそう言うことか、と。VR体験してみたいなあ。マスクなどいらないからVR装置を配給してください。思想統制機能をOFFできるやつを。

  • 投稿者 | 2020-05-22 19:36

    最初の段落から、読み手としても「……お?」と首を傾げながら読みました。笑
    耄碌したお爺さんの妄想譚かと思って読んでいたら、まさかのオチ。嫌味のない爽やかな皮肉といった感じで笑ってしまいました。
    ただ、テーマの「不要不急」からは少しかけ離れたお話だったかもしれないです。

  • 投稿者 | 2020-05-22 21:28

    方言を使ったお話で、とてもテンポ良く読み進められました。想像もしていなかった展開に途中くすりと笑えるところがあり、先を楽しみにして読むことができました。

  • 投稿者 | 2020-05-23 13:48

    アイディアや仕掛け自体は珍しくもないと思うのですが、語り口の軽妙さで読まされますね。本当にこれが配布されたら全国津々浦々ユートピア状態になって、総理を崇拝する善男善女が続出することでしょう。Juan.B氏にも似た劇薬味のスパイスが利いた良作です。

  • 投稿者 | 2020-05-23 22:38

    以前とは違う夏目さんが出てきて、今回はまあ、馬鹿馬鹿しい話に都合のいい美女で……いろんな女性像に同じ名前が付けられる吾妻ひでお現象に吹き出してしまいました。しかし、この馬鹿馬鹿しさというのもなかなか侮れないもので、威張り腐った後には新喜劇のオチよろしく情けなく道化っぽく振舞って笑いをさそって……なあんばいで西で支持を確固たるものにしている政党もあるくらいです。平成以降、いいか悪いかは別として、吉本的笑いが日本で天下をとったといわれたりもしますが、やくざな暴力物よりも、アホな道化よりも、あの文化圏で一番忌み嫌われているのはスカシた奴。今の風潮を考えるに、なかなかユートピアを配る手法、支持を取り付けるのには有効です。

  • 投稿者 | 2020-05-23 23:48

    「不要不急」というよりも、自粛要請に対する給付という題目が全面に出た作品。ユートピアに小躍りする老人の一人称が小気味よく感じられます。
    外出自粛、休業要請にの代わりに国民に給付されたユートピアは選挙対策であることは言わずもがなですね。このような、かつてない、最大規模の、前例のない、思い切った、大胆な政策を勝手に税金でやってしまう総理大臣には早急に退場していただきましょう。

  • 投稿者 | 2020-05-23 23:52

    え?えええー?と思ったら最後にしっかりオチて笑いました。おもしろかったです

  • 投稿者 | 2020-05-23 23:57

    今はマスクの在庫も増えてきてますし、マスクよりもこの物語にでてくるナントカいう装置をもらった方が嬉しいですね。もちろん個人の思想に影響するような効果はつけないで欲しいですが。近い将来、こんな風に観ている映像を現実だと勘違いしてしまうようなリアルなVR機器が出てくるのでしょうか。そうなると、若い人はともかく現実の世界で体を動かすことが難しくなってきた高齢者の方には、家を出なくても色々な体験ができるようになっていい脳の刺激にかもしれませんね。なんてことを読後に考えてしまいました。

  • 編集者 | 2020-05-24 17:31

    夏目さんと見て心がざわついたが、そういう事だったのか。諸星大二郎も「夢みる機械」で描いていたのを思い出した。
    やはり人類のユートピアは世界にではなく脳内にしか出来ないのだろうか。俺がVRで夢を見たらどうなるんだろうか。…しかしその間もコロナは何の対処もされないのだろうなあ

  • 投稿者 | 2020-05-25 19:41

    夢落ちの時代は終わり、これからはVR落ちの時代なのかもしれないなあと思いました。外出自粛をしていようが、色々なことを見て体験できる時代であることがわかりました。じじい、めちゃくちゃな感じで良かったです。

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